21 スコールの日
「相変わらず、すっげぇ雨だな」
新しく建てた東屋に、雨粒が強烈に叩きつけて騒がしいほどの音を立てる。
この東屋はスコール時にも火を使えるように、そしてわざわざ家に戻らなくてもちょっと休憩できるようにと建てたもので、強い風によって横から入ってくる雨の分も考慮してかなり大きく作られている。
壁を作ったほうがいい気もするのだが、長い時間火を使うので閉塞的なのは怖いし、何よりもでかい壁があると視界が通らないというのが嫌だった。
俺の拠点があるこの荒れ地は、普通に考えたら生き物が生息するのに適していないのだが、地下水のおかげで水には困らないし植物魔法のおかげで緑も生やせるしで、俺にとってはデメリットはほとんどない。
むしろ1、2キロほどのだだっ広い荒野が広がっているというのは、先に敵を発見しやすいという明確なメリットがある。
「外壁を作って堅牢な拠点を作るのが一番いいんだろうけどなぁ」
現状俺一人だと持て余すし、作業時間もため池工事以上に取られるだろうし、なかなか踏ん切りがつかない状況だった。
東屋の中にある、木で作られた無駄に装飾の凝った椅子に座り、逆にとても簡素な、『こいつ飽きたな』というのが一瞬でわかる丸形のカフェテーブルに肘をつく。
スライムたちもさすがにスコールに晒されるのは嫌なのか、3匹ともこのテーブルの上に乗り、じっと外を眺めている。
「お前ら……また大きくなったな」
まぁ、今日はそうなるだけの理由があったからしょうがないか。
あの猪っぽい魔物との初めての戦いを越えてから10日ほどが経った。
あの時に自分の足らなさと、この世界の本当の意味での弱肉強食というルールを思い知った。
それ以前はため池関連の工事か、森を探索するかで1日が終わっていたが、最近は起きてからは体を鍛えたり木刀を振り回したりと、トレーニングに費やし、作業等は昼以降にまわしている。
トレーニングといっても自己流で、ただがむしゃらにやってるので効果のほどはわからないが、不思議なもので少しずつ動きは良くなっていってる気がする。まぁ元が経験0だから最初の伸び幅の分だろうな。
他に変わったことといえば、この大きな東屋と、家に併設した小さな倉庫くらいだ。
ぼんやりと外を眺める。
スコールによる強い風によって、果実を実らせる木はザワザワと揺れ、水門を閉めたため池からは水がぱしゃぱしゃと溢れ苔を喜ばせている。
そんな景色から東屋の中に目をやると、そこには煙をもくもくと上げる土色のドラム缶のようなものがいくつか並んでいた。
何を隠そう、これらは燻製と炭を作る設備だ。
東屋を作った一番の理由でもある。
炭はよくある作り方と同じで、酸素を遮断して加熱することで木材を炭化させている。
黄スライムに頼んで作ってもらった、土製の小さいドラム缶のような容器に木材を詰め、小さな穴を開けて焚火にしばらく突っ込んでおく。
時間が経ったらその穴をしっかりと塞いで冷めるまで放置。これだけだ。
適した木材の種類とかあるのだろうが、幸いこの森にある木でも十分使える木炭になってくれた。
木炭があれば安定して長持ちする熱源として使えるし、部屋の臭いや湿気対策、果ては農業や鍛冶にまで、幅広く活躍してくれる。まぁ農業は今のとこ魔法で間に合ってるし、鍛冶に関しては手の付けようがないといった感じだが、それでも便利なのは間違いない。
それにこの風が強い地域では、風に煽られやすい焚火よりも炭火の方が圧倒的に使いやすい。
特に料理ではそれが顕著で、木炭を使った方が焦げにくいのに中までしっかり火が通りやすく、風味も良くなる。当初は石を鉄板変わりにしようかとも思っていたが、炭火焼きの方が楽だし料理の出来もいいので、そっちはまだ試していない。
煙がでないというのも利点だ。
風で散りやすいとはいえ、煙が昇るのは悪目立ちする。結局炭を作るのに煙は出てしまうが、炭は一度に大量に作れるし、長期間使える。燻製に関しては、立ち上るほどの煙ではないのでセーフだ。
そう、その燻製を作るのにも炭は必要だ。
燻製といっても味は付いておらず、焦げ臭い乾燥肉といった感じなのだが、これは肉をおいしくするためではなく保存を効かせるための燻製なのでしょうがない。
贅沢は言わないから塩だけでもあればよかったんだけどな……。
塩さえあれば脱水も殺菌も出来て保存食として一気にレベルがあがる。塩分も調理する前にしっかり抜けば、今食べている物よりはおいしくなるだろう。
俺のやり方では保存期間、味ともに下の下。肉を食らうという本来は幸せなことが、タンパク質を取るためだけの義務に成り下がってしまう。
それでも俺が今いる現状を考えれば、たとえ一週間でも肉がもってくれるのは助かる。肉のストックがあると安心感もあって精神的にもいいしな。
ちなみに今燻製している肉は、あの猪っぽい魔物ではない。
なんと昨日、また魔物がやってきたのだ。
そいつは猪の魔物とは姿は違ったが、同じ四足歩行で脚が短く、サイズもちょっと小さめの毛の生えたカバとかカピバラみたいな見た目の魔物だった。
一度戦闘を経験したこともあってか、今度は余裕をもってそいつに対処することができた。強さも猪の方が上だったように思う。
もしかしたら最近やっているトレーニングも関係あるかもしれないが……あんまり調子に乗るのは止めとこう。謙虚なくらいが丁度いい。
魔物を倒したということで、今日は朝から魔物の解体作業をしていた。さすがにトレーニングよりもこっちのほうが重要だ。
2回目なので各工程の流れはスムーズだったのだが、いかんせん工程ひとつごとに時間はかかる。やはり切れる刃物が欲しいな……。この世界の冶金技術はどれくらいのものなのだろうか。
さすがに錬鉄レベルってことはないだろう。鋳鉄か、鋼鉄か、それとも魔法要素が加わってもっとすごい物まであるのか。そしてどの程度生活に利用されているのか。人間社会を見るのが楽しみだ。
ちなみに我が領(自称)では黄スライムの土魔法による土? 石? 製の物が最先端である。
皿や箸なんかは木材でもいいが、鍋やコップなどの中に水を溜める物に関しては土魔法の方がいい。それにこれがなかなかクオリティが高い。
俺が一度木材で形を作り、それを黄スライムに見せて覚えてもらい、土魔法で再現してもらうという工程を踏むことで、まるで3Dプリンターのように作りたいものを生み出してもらえる。
強度に関しても、最初のうちはすぐ欠けたり強い衝撃が加わるとひびが入ったりしていたのだが、俺が植物に対してやる硬化処理と似たようなことを黄スライムもできるようになったので、今は問題ない。
なかなか大変ではあったのだが、俺が硬化の魔法の時にイメージしていることをあれやこれやと黄スライムに伝えたところ、数時間の試行錯誤の末に見事習得してくれた。うちのスライム、偉すぎる。
もちろん水を入れたらそれが泥水になるなんてこともなく、鍋もコップも焼き物と同じような感覚で使うことができる。
ちなみにナイフも作ってもらった。これもなかなか良かったのだが、やはり日本で手に入るような刃物ほどの切れ味はなく、血と脂ですぐダメになるので、だったら俺が作った木製ナイフを都度交換しながら使っていった方が煩わしさがなかった。
なので結局、今は木製ナイフで頑張っている。俺の技術もだが、いずれは道具もレベルアップさせたいな。
「お、そろそろか」
東屋の屋根を打ち付ける雨粒の音が弱くなり、強く吹いている風も通常運転に戻る。
ほんと、始まるのも急だが終わるのも急だ。
雲の切れ間から淡い光が差し込む。もうあと2、3時間もすれば日が沈むのだろう。
日本で雨が降る時のような曇りの薄暗さはなく、このスコール特有の日と影の陰影はどこか神秘的な物を感じる。
たしかこうやってスコールが起きるのって元の世界だと熱帯地域だよな。ここらの植生も日本で見る物とは違うし、この辺りは地球の熱帯と同じような気候なのだろうか。
あの世界の知識がどこまでこの世界で通じるのかはわからないが、もしそうだとしたら少しは生活の役にも立てられるかもしれないな。
そうやって、目の前で変わりゆく景色を眺めながら1日の終わりを遠くに感じていると、目の前のテーブルに乗っている3匹のスライムのうちの1匹、緑色のスライムが突然震えだした。
「ん、どした」
と、俺も今日はもうオフモードだったので、気怠げにスライムに声を掛ける。
しかしそのスライムの震えが止まる様子はない。
さすがに気になった俺は、顔をそちらに向け、スライムを視界の中心に据える。
「……おい?」
……様子がおかしい。
テーブルについていた肘を下ろし、緑スライムに向き合う。
そいつは一心不乱にぷるっ……ぷるっ……と鼓動するように、一定のリズムで振動を繰り返していた。
すみません!これ以前の話でルビをちゃんと振れていなかったところを修正しました!




