19 魔物肉
パチパチと焚火が燃える。
木でX状の台を2つ作り、その上に魔物肉を刺した棒を乗せて遠火で肉を焼く。
ポタッと脂が垂れると、その度にジュッと炎が燃え上がり煙が昇る。
俺は風上に座しているというのに、それでも肉の焼ける香ばしい匂いが鼻まで届き、すきっ腹を刺激する。
「うまそう……」
――見た目、100点。
今日は朝イチで魔物を回収に行き、その流れで解体までやり切った。
なので朝飯を食う時間もなく、今の俺はまさに飢えた獣のような状態だった。
それを耐え、木の台に乗っている棒の端を持って、くるりと一度回転させる。
もし俺が日本にいた頃、野生生物に寄生する寄生虫の動画を見ていなかったら、今頃この肉をひっつかんでガブリと嚙みついていたことだろう。
あの時に見た衝撃的な映像は俺の今の自制心の礎となってくれている。というかジビエじゃなくても生肉は元から抵抗あるタイプだったしな。全然食えはするけど。
それに今回食べるのは、そもそも食べられるのかもわからない魔物の肉だ。見た目こそ猪っぽかったので忌避感はあまりないが、口にするのに恐怖心が全くないといえば嘘になる。
なのでじっくりじっくり、ちゃんと中まで火が通るように加熱する。
少なくとも地球では加熱は万能殺菌術だった。
料理はもちろん、道具の消毒なんかにも熱湯は使われる。
厳密に言うと加熱だけでは死なない菌もあるにはあるが、様々な洗剤や消毒液が売られている中で、未だに加熱殺菌が使われているのがその信頼性を証明している。
だから俺は我慢するのだ。
焦げないように、遠火でじっくり。
ただでさえこういう調理法は、鉄板やフライパンでダイレクトに熱を伝えるものに比べて時間がかかる。この肉はだいたい300gぐらいの塊肉。厚みはそれほどないが、普通オーブンでも30分くらいはかかるだろう。
それを考えれば、多少加熱しすぎで味が悪くなるとしても、安全を考慮して長めに加熱したい。
また俺は棒を回転させて肉をひっくり返し、滴る脂が煙と変わるのを眺める。
赤スライムは飽きたのか、とっくにため池の方に戻っていった。
「……次は鉄板用意しよ」
ぐぅと締め付けるお腹をさすり、数十分前の自分の愚かさを悔いる。
鉄板はさすがに無理だけど、いい感じの形の物を探せば石で代用できるはずだ。それこそ黄スライムの土魔法でどうにかならないかな。
そう、スライムたちは今朝、魔物から出てきた謎の石を吸収して魔法が使えるようになった。
こうやって肉が焼けるのを待っている間、俺は当然そのことについても考えていた。
ここからは俺の仮定がだいぶ入る。と前置きしたうえで、まずあの魔物の体内から出てきた謎の石。これはもう魔石といっていいだろう。
魔石ってなんだ? と聞かれたら、自分でもびっくりするくらい明確な答えを持っていないのだが、こういうファンタジー世界では定番のものだ。
俺は植物魔法を使うが、魔力とかマナとかMPとか、そういったものを感じられたことはまだないので、魔石を”魔力の籠った石”と評するのはかなり無責任な気はする。
だが、スライムが活用している時点で俺の知らない何かしらのエネルギーを含んでいるのは確かなので、広義にそれを魔力と呼ぶのなら、あの謎の石を魔石と呼ぶのも不自然ではない。
まぁ別に性質を明らかにして世に知らしめようなんて気は毛ほども無いのだから、俺が『魔石っぽいと思った』というふわっとした理由でそう呼んでもいいだろう。
その魔石をスライムが体内に取り入れることで、魔石から魔力(仮称)を取り出し、スライムたちは魔法が使えるようになったと、そういう流れだ。
うん。
こうやって並べると、まるで”スライムは魔石を吸収することで魔法をラーニングする”かのように思えるが、それはちょっと違う。
なぜなら3匹のスライムはそれぞれ違う魔法を使っていたからだ。
赤のスライムは火の魔法、黄のスライムは土の魔法、緑のスライムは風の魔法。これらももう便宜上火魔法、土魔法、風魔法と呼んでしまうが、あの猪っぽい魔物が使っていた魔法は火魔法だったのに対し、黄と緑のスライムはどちらも違う魔法が使えるようになっていた。
つまり、スライム自身そもそも魔法を使えるのだが、必要な魔力が足りずに今までは制限されていた、もしくはしていたというのが正しい解釈だろう。
その足りない魔力が魔石によって補給され、その制限が解かれたというのが今回の一件の真相だ。
もうひとつ気になったのは、魔石を吸収した時にスライムの体が一回り大きくなっていたことだ。
これは異世界にきて二日目の朝。小さなしなびたスライムたちが苔をモニることで元気になったことや、ため池回りの苔を日々モニモニして体を大きくしていったことと繋がる。
苔をモニモニするのも、魔石を体内でしゅわしゅわさせるのも、魔力を補給するためで、おそらくスライムはこれらの行為を通して成長しているのだろう。
これは前からなんとなく思っていたことではあるが、今回の魔石の件をもって確信できたといってもいい。
これは俺が勝手に呼称している”スライム学”において大きな前進だった。
と、そんなことを考えていると再びぐぅ~と腹から豪快な音が鳴る。
焼ける肉の音と匂い、そして脂でてらてらと輝く黒褐色のそれを前に、空腹を耐えるのはもう限界だった。
「もういいよな」
半ば懇願するようにそういうと、俺はその遠火で炙られている塊肉が刺さった棒を手に取った。
「ふわぁ~」
目の前のそれは、今の俺にとっては宝石のよう。
スンと鼻を鳴らすと、肉の焼けた匂いの中にどこかスモークっぽい深みがあり、強烈な肉の存在感はくらくらと眩暈を覚えるほどだ。
「ンアッチィ!」
あまりに肉の事しか頭になかったため、棒を伝って垂れてくる肉汁に不意を突かれた。だが肉を落とすような愚行はしない。今この場では、俺の指よりも肉の方が位が上だった。
改めて棒の反対の方に持ち替え、じぐじぐと熱気立つ肉塊にふーふーと息を吹きかけ落ち着かせる。
「いただきます!」
心の中で両手を合わせてから、その肉にかぶりつき、ぐっと力を入れて嚙みちぎる。
「――!」
口の中で湯気でも出てるのかと思ってしまうくらい熱々のそれを、はふはふと転がしながら嚙みほどいていく。
お世辞にも柔らかい肉とはいえないが、力強く噛み締めるほどに肉の香りと旨味が口の中に広がっていき、水分こそ抜けて少しパサつきはあるものの肉汁は十分残っていて、それが肉の脂と混ざることで肉本来のパワフルな食味を脳に伝えてくる。
「ん~~~!」
たまらずもう一口。
口の端が汚れることなど気にもせずに、かぶりつく。
やはり血抜きが不十分だったのか、鉄っぽいえぐ味と独特の獣臭さはどうしても残るが、空腹のせいなのか元々俺の好みだからなのか、気にはなるが嫌というほどではない。
そんなことより肉が持つ素材の旨味のほうが強く、この野性味のせいか力が漲るようなパワーすら感じる。
やはり肉だ。人間、肉を食わなきゃやってられん。
ガツガツと、貪るように肉を食らう。
手元にあった300gほどの塊肉はあっという間になくなってしまった。
「ふぅ~」
脂のついた棒を焚火に放り込むと、ジュッと音を立ててまた煙が昇る。
「あー最高だ」
久しぶりの肉はかなりの満足感を与えてくれた。
それに、この世界でもこうやって肉を食えるとわかったのも大きい。
「満足満足」
お腹にぽんと手を乗せる。
「……満足、なんだけどなぁ」
肉は間違いなく美味かった。満足もいった。最高の食事だったことに嘘偽りはない。
異世界にきてからでも、二日目に見つけたあの果実を食らった時以来の感動があった。
ただ……。
「……塩、欲しいな」
どうしても塩分のことを思わずにはいられない。
肉がうまければうまいほど、塩の存在が恋しく感じる。
圧倒的塩分不足。
この異世界での生活の質はひとつあがったが、同時に新たな不満も見つかってしまった。
難儀なものだが、仕方ないか。
そういう不満や不便もこうやってひとつひとつ地道に解消していけばいいかと、こうこうと燃える焚火を見ながら思うのであった。




