18 文明
得体の知れない物を吸収した直後ということもあり、何気ないそのスライムの仕草も俺の不安を掻き立てる。
「大丈夫か?」
そう言ってしゃがんだままスライムに近づくと、そいつらは突然ぴょーんと跳ね、その場をくるくると回り始めた。
なんだ? なんとなく、昨日魔物を倒した後にスライムたちがぴょんぴょん跳ねて喜んでいた時の動きと似ているような気がした。
悪いようには見えないし、とりあえずは安心してもいい……のか?
そんな俺の心配を他所に、スライムたちは体力が有り余った子供のように大地を蹴って跳び回る。3匹ともそうやっているのを見ると、まるで踊っているかのようだ。
そんなスライムたちを観察していると、赤色のスライムが思いついたかのように踊りの輪から外れ、少し離れたところに置いていた魔物の死体の方にぴょこぴょこと向かっていった。
それを見た残りの黄色と緑色のスライムも、赤に続くように死体の方へ向かう。
なんだなんだ? と俺も立ち上がりついていくと、赤スライムは死体から3メートルほどのところで立ち止まり、体をぷるんと震わせた。
それがどうにも俺には、どこか自慢げというか、悪戯っぽいというか、その顔? が俺に『見てろよ~』と言っているような気がして、何かが起こるのを期待せずにはいられなかった。
こういうふうに、スライムが自発的に何かをする時は基本的に俺はただの観測者なので(昨日の石を飲み込む時のような危険を感じる時は除く)、特に何も口出しをせず静かに場の行く末を見守る。
……湧き水がため池に流れる音と、果樹の葉が風に揺れかさかさと鳴るのが聞こえてくる。それ以外は何もなく、スライムたちは物音一つ立てずにその場にじっとしていた。
そんな長閑なこの荒れ地での日常に溶け込むように、俺もじっとしてスライムを見ている。
すると、ふいに空気を吸い込む、もしくは布同士を擦り合わせたような、そんな異質な音が耳に入ってきた。
「え゛っ!」
同時に、赤スライムの周りの空間がぼんやりと光り、すぐ前に炎が流れ込むかのような小さな渦、もしくは奔流のようなものが突如として現れた。
――これは!
すぐに思い浮かんだのは昨日のこと。あの魔物が使っていた魔法のことだ。
「嘘でしょ……」
一瞬の緊張の後、スライムから吐き出された炎の塊が、地面に横たわる魔物の死体を一気に飲み込んだ。
「おおおー!」
魔法だ!
炎は僅か数秒で空へと掻き消えていったが、それは確かに魔法が生み出したものだった。
確かにこいつらだって魔物だし、この世界に魔法があるのも実証済みだし、こうやって魔法が使えてもおかしくはない。
この世界に連れてこられたあの日から、ずっと苦楽を共にしてきたこいつらが俺と同じように魔法を使えることがわかり、なぜか俺は自分のことのようにそれが嬉しかった。
俺は赤スライムに駆け寄り、両手で持ち上げる。
「すごいなお前! 偉いぞ!」
よくやったと言わんばかりに、手のひらで胴上げのように赤スライムを上下させると――突然、身をすくめるほどの風が吹きつけ、ズズズと地鳴りのような音が聞こえてきた。
突風が捲り上げた土埃が風に流れていくのを待ってから、顔を守るように覆っていた腕を下げそちらを見ると、そこには俺と同じくらいの大きさのボコボコとした石柱が立っていた。
ハッとして下を見ると、そこにはぷっくりと偉そうに胸を突き出した黄色と緑色のスライム。
これ、お前らが――そう喉から出そうになった言葉を、ぐっと飲み込む。こうやって俺に魔法を見せてくれたのに、疑うような、確かめるような言葉は吐きたくなかった。
俺は黄と緑のスライムもひょいひょいと掴み、計3匹のスライムを両手で抱える。
「よーし、お前ら偉いぞ! すごいぞ! 天才スライム!」
よっと声を掛けながら、3匹を抱えた腕を体ごとぐおんぐおんと揺らす。
抱えたその感触から『ん、こいつらまた大きくなってないか?』なんてことを思いながら、楽しそうに自分から揺れに合わせて体をブンブン傾けるスライムたちと、しばらくそうして遊んでいたのだった。
◆◆◆
スライムたちをたっぷりと褒め称えた後、俺は魔物の死体の処理に戻った。
もっとスライムの魔法を見せてもらいたかったが、生ものを放置していたからな。冷蔵設備のないこの環境が恨めしい。
相変わらず木製のナイフでの解体は大変――というよりお手上げ状態で、植物魔法をフルに使った力技で、皮を引きちぎるようにして肉から剝がすことになった。
その結果、赤スライムの炎で炙られ少し焦げた臭いのする皮は、ところどころ裂けて、肉も脂もかなりくっついてしまい、生皮としては最悪な状態になってしまった。
これはもう仕方がない。
とりあえずは肉を食らう。
これを今の第一目標とすることにした。
その後も、苦戦しながら魔物の死体を部分肉に分けていく。赤黒い身がちょっとグロテスクではあったが、この時点ではもう完全に食材だったので、昨日感じた吐き気はなかった。
肉の方が皮よりは切断しやすいが、それでも切り分けていくのは難しい。可食部とその他を分ける頃には、太陽はてっぺんを越えていた。
「ふぅ~」
腰に手をやり、天を仰ぐ。
頭や残った骨の部分を森に埋め、ついでに近くの水路で体に付いた汚れを洗い流してから、ようやく人心地がついた。
お世辞にも上手く解体できたとは言えず、骨に肉が残っていたり、取り切れなかった部位があったりと、いただきますの精神で育った日本人としては悔いが残る結果ではあるが、ひとまず2日かかった魔物の処理もこれでお終いだ。
反省点は沢山あるが、それよりもまずは肉。これにつきる。
俺は苔の生えているゾーンから少し距離を取り、そこに森で回収していた乾燥した枝の束を置く。
あの森はジャングルのように鬱蒼としているが、だからといって枯れた木や落ち葉が無い訳ではない。むしろ密集しすぎた生命が高頻度で循環しているのか、そういう終わりゆく命もまた多くみられる。
スコールの影響でどうしても雨に晒されてしまうので、どこでも取り放題とはいかないが、木の陰や低木の周りなど、場所を選べばこうして燃料に向いた枝が手に入るのだ。
森から取ってきた丸太を使ってもいいのかもしれないが、乾燥していない丸太から取った薪がちゃんと燃えてくれるのかわからないので、今回はやめておいた。
俺が建てた小さな家に使っている木材は、魔法で硬化処理をしているので、生木が乾燥していくにつれて割れるとか反るとかそういったトラブルはない、もしくは軽微だと思ってはいるが、硬化をしたからといって水分が抜けるわけではないだろうし、薪としては適しているかは微妙なところだった。
丸太を切っただけの椅子に座り、乾燥した枝を細く裂いていく。手作業なら時間がかかるだろうが、植物魔法があればあっという間だ。出来上がったそれは、触ると思った以上に軽く、ふわふわとしていて期待がもてた。
拾ってきた岩で組んだ簡単な風よけの内側に、今作った繊維質の木くずのような木材を置く。風よけがあっても飛んでいくので、小石でやんわりと固定しておいた。
「よし、火をつけるぞ!」
いよいよ異世界生活初の火起こしである。
今までは必要に迫られなかったので先延ばしにしていたが、やはり火が無ければ文明は始まらない。俺の異世界史において、今日は重要な日となるだろう。
……と、意気込んだところで、俺はすっくと立ち上がり、木陰で休んでいる赤スライムを捕まえてくる。
「ごめんけど、ここに火をつけてくれない?」
ぼーっと、されるがままだった赤スライムがゆっくり俺を見上げると、突然スイッチが入ったかのようにぴょんと俺の手から地面に飛び降りた。
「うおっ」
一瞬怒らせちゃったかなとも思ったが、すぐにそれが杞憂だったと分かった。なぜなら、赤スライムは俺が作った火口の前で、ピンと体を張ってやる気満々になっていたからである。
「ちょ、ちょっと待った。できるだけよわーい魔法で頼む。な?」
俺は焦って赤スライムにそうお願いする。頭に浮かんだのは、昨日魔物が放った火球が、低木とはいえ俺が急いで育てた木を粉砕し、燃やし尽くしたシーンだ。
あのレベルの威力でやられたら、火口も用意している枝も燃えカスになってしまう。
ちなみにこの赤スライムの炎を食らった魔物の死体だが、燃やされた時間が数秒だけなのもあってか、表面の毛が焼け焦げたくらいで済んでいた。まぁ水分たっぷりの生物を燃やすなんて普通は無理だしな。
赤スライムは一度俺の方を見た後、どこかしょんぼりした様子で、力なくぺっと炎を吐き出した。
たったそれだけでも繊維質になった木材に火をつけるのは十分で、俺は「ありがとう!」と礼を言い、すぐにその種火に枯れ枝を乗せ息を吹きかける。
するとすぐに火は燃え移り、しばらく風を送って火を育てていると、安定した焚火となった。
「おおー」
昨日までは、火起こしの際は植物魔法を使い、まいぎり式やゆみぎり式のように木の摩擦で火種を作ろうと思っていたのだが、ここにきてタイミング良く赤スライムの魔法が発現したので使わせてもらった。
――やっぱ魔法は便利だな。
俺の異世界生活は、植物魔法に大きく依存しているのでよくわかる。俺はもう魔法なしではこの先、生きてはいけないだろう。
赤スライムは焚火をじっと見たり、近づいてみたりとなにかと興味津々な様子だ。
危ないだろ、とも思ったが、そもそも炎を扱うスライムに注意するのは釈迦に説法か。焚火を蹴散らすとかしない限りは好きにさせよう。
そもそもこのスライムが起こしてくれた火だしな。
こうして、俺は異世界生活1か月弱にしてようやく、火という文明を起こす上で重要な力を手に入れたのだった。




