14 魔物と魔物
拠点から森までのちょうど中間あたりまできたところで、水路沿いを跳ねていたスライムたちは突然プニンと止まった。
「おっと」
前にいるスライムを蹴飛ばしてしまわないよう、なんとか踏みとどまる。
例の謎の物体の方を見ると、なんとなく形がわかるくらいには近くまできていた。
「魔物か……?」
灰色っぽい四足歩行の生き物で、脚は短く胴は丸っこい。想像するならば豚とか猪とか、そういった類の生き物だ。
それがトコトコと、水路に沿ってまっすぐ俺らの拠点に向かってきている。
……目的は何なんだ。水か? まさか俺たち?
たまたまこっちに向かって散歩いるだけなんてことはないだろう。野生の生き物がそう無警戒に他種族のテリトリーに入ってくるとは思えない。
いや、ただの野生生物だったら追い払えばいいだけだ。今考えるべきは最悪の事態。
あれが敵対生物、魔物の場合だ。
そこではっとする。
――俺、何も持たずにここまで来ちゃった。
「ばかばかばか!」
何してんだ俺は!
植物魔法がなければ俺なんて異世界転移バフでちょっと体が強いだけのただの人間だ。
俺らと敵対するモノとどう戦っていくかは、これまでに何度も考えたことがあった。だがそれは全て植物魔法ありきでの話だ。
格闘技経験もほとんどない、ましてや命を懸けた戦いなんかとは無縁の世界で生きてきた生身の俺に何ができるっていうんだ。
拠点から出るなら、用心して木の棒の一本でも持ってくるべきだった……!
あー、俺の馬鹿野郎! なんだかんだでこの世界で今までのんびり過ごせてたから平和ボケが加速してしまったんじゃないのか!?
そうやって焦っていると、遠くに見える灰色の丸がどこかサワサワと忙しくなった。
もしかして、こっちに向かって走ってきてる……?
慌てて服やポケットをごそごそと探る。この際小枝でもなんでもいい、なんか使える物ないか!?
「おっ」
すると、スウェットの右ポケットにコロコロした物が入っているのに気づいた。
「これは……」
手に取ると、それはさっき食べ損ねた赤黒い果実。
バッと前を見ると、もう灰色のそれは300メートルくらい先の距離まで来ていた。
もう拠点に戻る時間もない。
俺は果実から種子を取り出し、急いで地面にその種子を埋めようとする。
「くそっ」
だがこの土地の地面は固く、急がなきゃという焦りもあってなかなか上手く穴を開けられない。
ええい、なんとかなるだろ! と、浅く凹んだだけの穴に種子を入れ、膝をついたまま両手をかざしてその種子が大きく育つ姿をイメージする。
「急げ……急げ……!」
遠くから、豚の悲鳴のような甲高い唸り声が聞こえてきた。
丸太や角材を振り回す時と違って、種子を発芽させ、1本の木にまで成長させるのには時間がかかる。といっても10秒もあれば済むのだが、そのたったの10秒が今はとてつもなく長く感じる。
それにこの赤黒い実が成る木は大きくても3メートルくらいまでしか成長しない低木だ。木の幹も細いので、使える程度には大きく育つのを待つ必要がある。
ドドドという地面を蹴る連続音が聞こえてくる。
イメージに集中しながらも、焦りが胸の奥で膨らんでいく。
にょきにょきと木は伸びていき、枝が分かれ、その枝に葉がついていく。
木が俺の背くらいにまで育ち、もういいかと顔を上げると、俺らの目の前、木を挟んだその先に一匹の獣が佇んでいた。
「っ――」
思わず息を呑む。
暗い灰色と深い緑が混じったような体毛を持つ、高さでも1メートル、全長はその倍はあるだろう猪のような生物。小さな牙と大きな鼻を持ち、おそらくだけど、目はない。少なくとも俺にはそう見える。
大型犬を超えるそのサイズは、でっぷりと太った腹のせいでより大きく、威圧的に感じる。
――本能的にこう思った。
「無理です」
それと同時に、猪の口元が赤く光ったかと思うと、そいつの顔の前で大きな火の玉が生まれる。
――やっばい。
アクションゲームをしていると、初見の敵相手でも攻撃の予兆みたいなものを感じて反射的に回避行動をしてしまうことがある。
今の俺はまさにそれで、頭で考えるよりも先に目の前の成長した枝を掴み、植物魔法で枝を切断すると同時に横に飛ばし、それを掴んだ俺の体ごと身を放り投げた。
横っ飛びの最中、目の端に映る、ぴょんと跳ねて見事に攻撃を躱すスライム。
その一瞬後、俺が生やした木を飲み込んで火球がそばを通り過ぎた。
「アッチィ!」
遅れてやってきた熱風から身を捩るようにして逃げ、急いで立ち上がる。
手に持っていた枝は握ったところが折れてしまった。これでも親指くらいの太さはある枝なのでそれなりに頑丈なのだろうが、異世界に来てから強化された俺の握力と、火事場の馬鹿力が合わさってこの通りだ。
俺は急いで折れた部分を捨て、余った部分の枝の先端を尖らせて槍のようにする。長さは50センチほど。短槍というにしてもちょっと短すぎるが、素人が使うならこれくらいのほうがいいだろう。今は贅沢を言ってられないしな。
合わせて硬化の処理もする。手元の木材に対して硬くなるようイメージするだけなのだが、これが結構効果がある。
そしてこの間、僅か数秒。伊達にこれまでため池工事で植物魔法を使ってきたわけじゃない。種から成長させるのはまだ時間がかかるが、こうやって木を加工したり振り回したりするのは今まで俺が散々やってきたことだ。
出来立ての短槍を構えて、あの猪を見る。
……さっきは避けるのに必死だったけど、そういえば普通に魔法つかってたよな。
ということは魔物でいいんだよな? もう魔物ということにする。
口から黒煙を漂わせながらフンと鼻息を鳴らすと、その魔物は俺に向かって突っ込んできた。
その速度はかなりのものだが、集中して見れば躱せないほどでもない。
「ほっ!」
不格好ながらも、タイミングを計って突進を避ける。
さっきはこの相手を見て”無理”だと悟ったが、こうやって一度二度と相手の攻撃を捌くと、どこかいけるかもしれないという希望が湧いてくる。
とはいってもそれは勝てる勝てないの話ではなく、この瞬間瞬間で対応すればなんとかその場を凌げるという消極的なものだ。
「え゛っ!」
なんてことを考えていると、俺の横を通り過ぎて行った魔物が急ターンしてまたこちらに向かってきた。
体勢が悪く、さっきのように回避することはできない。
俺は瞬時に、体を使って避けるのではなく手に持った木を植物魔法で動かし、それによって体を放り出すことを考える。火球を避けた時と同じやり方だ。
しかし今回は魔物の動きに気づくのが遅かったので、躱すだけの猶予があるか怪しい。
――頼む!
と、半ば祈るように植物魔法を使おうとしたその時――。
バチーンと、分厚いゴム板を打ち付けたかのような破裂音があたりに響き渡った。




