13 点
「はぁ~、今日も収穫はなしか」
ため池の畔に作った6畳一間の小さい高床式の木造建築。それが今の俺の家と呼べるものだった。
枯れて水分の抜けたツタが敷かれている木製のベッドと、小さな丸型の机と椅子があるだけの簡素な内装だが、外に開いてつっかえ棒で支えるタイプの木窓は四方に付いているという不思議な家だった。家の中にいる時に全方位視認できないと不安でもどかしく、こんなヘンテコな家になってしまった。
最近は朝起きたら軽く運動をしてから半日ほど森や小川周辺の探索をし、昼過ぎ頃に帰ってきてメシ&水浴びという生活がルーティン化してきている。ルーティンといってもまだ3日目くらいだけどな。
人間の文化の痕跡は、ここの地下水を見つけた時の魔法陣っぽいものが最後でそれ以降一度も見つかっていない。
というか、この周辺のジャングルのように鬱蒼とした森からは、人間の気配が全く感じられない。獣道はたまに見つかるから生物はいるんだろうけど、それだけだ。
サバイバル生活で一番の問題となる、安全な水という課題はクリアできたし、植物魔法のおかげで住むところも確保できた。この荒れ地には生き物どころか虫もいないので、今のところは快適に生活できている。
とはいえまだまだ足りないものも多い。
3日間ここら周辺を探索した感じ、そう簡単には人間の文化と接触はできなさそうなので、ここで一度QOL向上に努めてもいいかもしれない。これは何も良い生活を送りたいからというだけではなく、人体に対する影響も考えてのことである。
特に心配なのが食について。
俺はここ1ヶ月弱、果物しか口にしてない。
……絶対やばいだろ。
ことタンパク質と塩分については、果物によっては含まれているものもあるが、それだけで成人男性の必要栄養量に足りてるとは思えない。日本で口にするものに比べ甘さはかなり控え目とはいえ、糖分のとりすぎにもならないかとそっちも心配だ。
とっくに飽きはきていたが、味は良いので不満こそそれほどないものの、やはり米と肉が食いたい。米は無理かもしれないが、だったら小麦でもいい。とにかく主食とタンパク質。そういう食事を欲している。
それにそろそろ火も使えるようになりたい。こちらは安全な水が見つかったことに加え、加熱するような食材がなかったこと、スコールが多く焚火が安定しないこと、家が木製なので家の側では火を使いたくないことなどから後回しにしていたが、他にも用途は考えられるので火おこしの方法を確立しておくのは重要だ。
長期間ここに住む可能性も出てきた今、特にその重要度は上がっていくだろう。
「とりあえずは火と肉か」
現代日本に生きていたらまずは出てこないような言葉に、太古の人類も同じようなことを考えていたんじゃないかとしみじみ思いを馳せる。
そういえばギリシャ神話で、プロメテウスが”神の火を盗み人類に与える”という話があった。そのおかげで人類の文明は発展したが、結局はそれが戦争に繋がり、なんやかんやあってプロメテウス自身も重い罰を受けるという流れだ。
つまり人類史において火というのは文明の起こりそのもの。獣と人とを分かつ重要なポイントで、それに倣うなら俺は未だに獣側ということだ。
……うん、それはなんか許せないな。
仮にもこの世界で一つの領の長になろうと志す者が、獣のように生活していただなんて、うちの(未来の)領の沽券に関わる。
「うし!」
今日の午後のやることが決まった。
ベッドから起き上がり、背中についたツタのくずを払ってからすぐ近くにある玄関に向かう。このツタの布団、意外と寝心地は悪くないんだけどこうやってポロポロくずが出てくるのが問題だな。
ちなみに玄関といっても出入口となる戸があるだけで、いわゆる日本の玄関のような靴を脱ぐスペースはない。うちの広さ的にそんなものつくる余裕はないし、なにより外から風に乗って土が入ってくるので、家の中とはいえ靴を脱いで過ごすのには適していない。まだため池回りの苔の上のほうが裸足向きだろう。
そうしてギィと気になる音を立て、滑りのいまいちな引き戸を開ける。玄関が開き戸じゃないのには理由がある。開き戸も一応作れたが、戸を固定する構造が面倒だった上に蝶番周りの強度が落ちそうだったので、それなら作るのもメンテナンスも楽で強度もある引き戸でいいじゃん、となったからだ。
「ふぅ」
外は相変わらず太陽がじりじりと照り付ける。だが絶えず風が吹いているのと、湿気をあまり感じないので日本の夏ほどの苛烈さはない。
スコールがよく降るのにこんなにカラッとしているのは不思議だった。やはり風の影響が大きいのだろうか。
家が高床式なので、小さなステップを降りて我らがホームの荒れ地に立つ。
家の前には、木の管を通って腰のあたりまで持ち上げられた取水場があり、その取水場から溢れた水がため池に流れ込む仕組みになっている。
ちなみにこの取水場は、かなり家側に寄っているとはいえ、ため池外の陸地とは直接は繋がっていないので、木で短い桟橋を作ってアクセスできるようにしている。
不便と言えば不便だが、風情はあるのでよしとしよう。
「まずはメシだな」
今日も朝からスライムたちと森の探索をして、さっき帰ってきて一休みしていたところだった。
「まぁ、今日もフルーツなんだけどな」
人間との出会いは叶わなかったが、探索のおかげで果物のレパートリーが増えたのはせめてもの救いだ。
そうして、ため池の周りを囲むように植えている果樹のうちの1つに近づき、葡萄のように成った赤黒い実を採る。こいつを初めて食べた時はこの世で一番うまい食べ物なんじゃないかと思ったのだが、慣れてしまうとありがたみも薄れてしまう。人間はなんて欲深い生き物なんだ。
そうやって手に取ったいくつかの果実を取水場で洗おうとすると。
「あれ」
ため池にスライムたちが見えないことに気が付いた。
「あいつらどこいった?」
だいたいこの時間はため池の上にプカプカ浮いてるか、苔をモニモニしているか、木陰で休んでいるかのどれかなのだが、そうではないらしい。
ではどこに? と池の向こう側、つまりため池から森に繋がる水路が伸びている方に目をやると、そこで3匹のスライムがじっと固まっているのが目に入った。
「なにしてんだ?」
いつもとは違う行動が気になって、手元の果実をぽけっとに突っ込み、ため池の周りをてくてくと歩いていく。
すると、スライムたちに近づくにつれて、その様子がどこか異様な空気を纏っているように感じた。
「……なに、どしたの」
スライムの側まで行き、そうおそるおそる尋ねるが、スライムたちはじっと固まったまま。
いや、ただ固まっているのではない。
3匹のスライムの様子をよく観察すると、じっと”どこか1点を見つめている”ような気がした。
本当にスライムが”見ている”のかは判別できないのだが、意外にわかりやすい生き物なのか、たしかにこういうスライムの視線や目線を感じる瞬間は今まで多々あった。
スライムの目線は水路の先、森の方。
俺もそれに釣られるようにして、そっちに顔を向ける。
「んー……」
特に何かがあるというわけでは――いや、なんだあれ。
森の入り口の方。小さな黒っぽい点が見える。
これだけ離れていると空気の揺らぎもあってはっきりとはわからないが、少なくともあんな色の物体、森の入り口付近にはなかったはずだ。
一体なんだ……とその物体を注視していると、スライムたちがぴょんぴょんと跳ねてそっちの方に駆け始めた。
「お、おい!」
いきなりのことで驚いたが、スライムたちが向かって行く以上放ってはおけないだろう。
「くっそ……仕方ねぇなぁ!」
興味もあるが、どちらかというと不安の方が大きい。
それでも俺はスライムたちに後れを取らないよう、その後姿を追いかけていくのだった。




