10 陣
「ここは……昨日俺が目覚めたところだよな」
スライムたちに促されるままぴょんぴょんと跳ねる彼らに付いていくと、俺が最初に転移してきた荒れ地に戻ってきていた。
荒れ地から川まで行く時は、植物魔法でモーセのように森を割りながら進んでいたが、逆に戻る時はすでにできている細い森のトンネルを進むだけなので、ずいぶんと早く感じられた。体感では1時間もかかってないくらいだ。
「ここになんかあるのか?」
そう聞いてみるが、スライムたちはお構いなしでさらに荒野を進んでいく。昨日は這うようにしか移動できなかったのに、1日でずいぶんと元気になったもんだ。
この荒れ地は森と違い、開放感があって風も強いが、日差しを遮るものが何も無いので結構暑い。地面からの照り返しもきついしな。
こんなところにいたらスライムでなくても干からびてしまうだろうに、昨日俺はここでこいつらと出会った。どうしてこんなところにスライムがいたのか、どのようにして生を繋いでいたのか、スライムに対する興味は尽きない。
「おっ」
そんなことを考えながらスライムを追いかけていると、ピタッと彼らの動きが止まった。
「……ここか」
連れてこられたところは、こいつらと最初に出会った場所だった。
なぜこのだだっ広い荒野でその場所をピンポイントで当てられるのかというと、昨日も見た”不自然に湿っている地面”があったからだ。
昨日の雨の影響はほとんどないのか、少なくとも見た目は乾燥してるように見える荒野の中、一部だけ円状に濡れて色が濃くなっている。
「うーん、もしかして」
スライムたちを見る。
すると彼らもこちらを見るような仕草を返し、しばらくしてからその濡れた場所でパッタンパッタンとジャンプをし始めた。
「なるほどねぇ……」
なんとなくスライムのやりたいことを把握した俺は、急いで森に戻る。日本にいた頃の俺は無力なただの一般人だったが、今は”力”がある。タダで貰った能力とはいえ、自分の手で行動を起こせるというのは存外に嬉しいものだった。
異世界にきてから明らかに強化された肉体をフル活用し、森に行ってまたここに戻ってくるまでを走ってこなす。
「よーし、お前ら危ないからどいてろよー」
そうスライムたちに声をかけ、植物魔法の力によって俺の頭上でふよふよと浮いている先端の尖った大きな丸太を、思い切り地面に打ち付けた。
ドンッ、と体に響くような音が鼓膜と地面を振動させる。
丸太を退けて見てみると、地面が少し抉れていた。
「あんまり効率的じゃないな」
そうは思いながらも、何度か丸太を繰り返し打ち付ける。その度に振動が地面を伝って足までやってきて、スライムたちはそれに合わせてぴょんと小さく跳ねる。
相変わらず、俺のイメージ通りに植物を操作できるこの魔法はチート性能だ。
丸太の先端が潰れたら、植物魔法で再度加工を施してまた打ち付ける。適宜ほぐれた土を取り除きながらそれを繰り返していると、気づけばかなりの深さになっていた。だいたい俺がすっぽり入るくらいの深さはあるだろう。
これほど穴を1人で掘るのは、日本にいたころの俺ではどう考えても無理だったので、まさに植物魔法の面目躍如といえる。本来は大仕事である穴に溜まった土を取り除く作業も、木の端材を籠状にしてそれを植物魔法で動かせば肉体的な疲労はほぼゼロに等しい。そのおかげで休憩もなしに延々と作業ができた。
「ん?」
それくらいまで掘った頃、地面を叩く音が突然変わった。
丸太の先でコンコンと叩いてみると、今までの層より明らかに硬そうな音がする。
岩盤の層が出てきたのか? とも思ったが、こんなに浅いところに岩盤層が出てくることはあるのだろうか。
ここの地面の湿りに関しては、地下水が関係しているのではないかと思っていた。
湧き水となるポイントがなんらかの影響で埋まった後、こうやって地面が湿っぽくなるという現象は日本でも聞いたことがある。それに、ここに地下水があり表層まで影響が出ているのだとしたら、スライムたちが今まで干からびずに過ごせていた理由とも繋がると思ったからだ。
ただ、こんな硬そうな岩盤層を越えて水が浸み出してくることなんてあるのだろうか。
日本にいた頃、内政チート好きが高じて色々な土木作業や建築、とにかく異世界で使えそうな知識を色々調べていた時期があった。
当然領運営には欠かせない井戸掘りについても調べたことがあったのだが、その中ではこうやって僅か数メートルで地下水がでてくるというケースもいくらか見られた。
ただ、岩盤層の上に地下水があるならともかく、この程度の深さで岩盤自体をぶち抜かなければ地下水が出てこないなんてことがあるのだろうか。
もしそうだとしたら、どうやって水は地上まで浸み出てきたんだ? そもそもこの考えが間違ってる?
あくまで素人が興味本位で調べた程度の知識なので確証はないのだが、どうにも腑に落ちない。
「うーん」
ま、どういう原理なのかはわからないし、ここが異世界である以上地球の知識が通じる保証もない。この岩盤や地下水が”普通”でないという可能性もあるし、今は深くは考えないでおこう。
そう思いなおし、ひとまず丸太を打ち付けて岩盤を掘れるか試してみる。今までより一段と甲高い衝撃音が荒野に響くが、その結果は岩盤の勝ち。丸太の先端は裂けるように割れてしまった。
「これ以上掘るのは無理だな」
裂けた部分を切断し、少し短くなった丸太の先をまた尖らせる。一度地下の状態をちゃんと確認するために、今まで掘った穴を深くするのではなく、丸太で横を削って広げていくことにした。
幅の狭い穴に入るのは怖いからな……。地質によっては地面の鉱物と酸素が反応し、酸欠になって倒れるなんてこともあるらしい。こんなところで倒れたら当然助けてくれる人もいないし、一発で終わりだ。
ある程度空気が循環するであろう広さになったら、滑るようにして穴の底に降りていく。木の端材で小さな板を作り、パタパタと仰いで気持ち程度のエアレーションも施す。
穴の底に降り立つと、足元の感触からこの岩盤層の硬さが伝わってきた。
「すごいな」
手でさっと土を除けると、まるで日本でみる打ちっぱなしのコンクリートのように、均一で綺麗な石の面が現れた。ぱっと見人工物のようにも思えるが、本当にこれは自然にできたものなのだろうか。
「おっ!?」
そうやって砂を除けながら石の面を広げていると、砂に隠れていた文字のようなものが見えてきた。
慌ててその周りを綺麗にしていくと、少なくとも俺の知らない言語で描かれた魔法陣のようなものが露わになる。
「なんだこれ……」
この世界で初めて見る、人間の文化の痕跡。
直径は50センチくらいと小さく、謎の文字列で円が描かれており、中心部分には何もないシンプルなものだった。
「魔法陣、だよな?」
ちょっと前までは魔法なんて漫画やゲームの中だけの話だったのに、この世界にきてからは植物魔法にお世話になりっぱなしというのもあって、むしろ今ではだいぶ魔法というものを近くに感じている。
現代日本ではスマホが手放せなかったように、異世界生活ではもう植物魔法が手放せない。
なので魔法陣という概念もすっと受け入れることができた。
いつかはわからないが、いくらか昔に、ここに魔法陣を書き記した人がいたんだ。
あまりに抵抗なく理解できたせいか、俺はなぜここに魔法陣があるのかとか、なんのために魔法陣があるのかとか、そんな難しいことを考えるよりも先に興味本位でその魔法陣に触れてしまった。
俺が唯一知ってる魔法の使い方。頭の中で”イメージ”する。
そう何かを”イメージ”しようとした瞬間、魔法陣を構成する文字が輝き、目を開いていられないほどの光を発する。
「うわっ、ちょ――」
あまりの眩しさに腕で目を隠すが、それでも溢れ出る光を体で感じるほどそれは強く輝く。しかも地面までガタガタと振動し、地鳴りのようなものまで聞こえてくる始末。
俺は突然のことにパニックになりながらも、『うわー、やっちまったな』と心のどこかで冷静になってる自分もいることに気づく。
とりあえず逃げよう! と慌てて立ち上がり穴の外にでようとしたが、足元から硬い殻が割れるような嫌な音がし、次の瞬間――爆発のような衝撃が体を貫いた。




