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前編

 映画『マトリックス』で、人類は機械が見せる夢《仮想現実》の中で飼われている。身体は発電のための電池として繭に繋がれ、眠ったまま生を終える。


 スマートフォンの中に広がるソーシャルゲームの世界は、このマトリックスに似ていると、ぼくは思う。魅力的な夢でユーザーを繋ぎ止め、システムを稼働させるための課金という名のエネルギーを吸い上げる構造だ。


 買い切り型のゲームや、紙の本を好むぼくのような人間からすれば、それは悪意に満ちたシステムに見える。だが、マーケットで生き残っているものには、支持されるだけの正しさがある。自分の好みと市場の勝敗を混同するほど、ぼくは馬鹿じゃない。


 そう、ソーシャルゲームは、皆がネットに繋がるスマホを持つ時代に適応した、まぎれもない『新しいゲーム』の姿なのだ。

 そして、この『新しさ』の波は、ぼくが愛する文学の世界にも押し寄せていた。


 ぼくが愛読してきたような紙の本は、残念ながらマーケットで敗北しつつある。作家になってそれでご飯を食べていくという夢は、もはや幻想だ。


 だが、『文章を書いて稼ぐ』という市場そのものが死んだわけではない。むしろ、ゲームと同じように、この時代に完璧に適応した『新しい文学』の形が生まれ、熱狂的な支持者を集めているという話を聞いた。

 それはホットトピックを扱うWEBライターという仕事。ブログの月額支払サブスクリプションサービスと共に成立したビジネスだ。


 話題は、奢り奢られなどの男女論、電車の女性専用車両は男性差別だ、現代社会で男は差別されている、などの記事……。

 要するに、月1000円払って女の悪口を読みたい男向けWEBライターは儲かるのだそうだ。


 本当か? と思った人は検索してみてほしい。ゴッドハンド、肉まん小僧、ポッポちゃん……彼らの名をSNSで見かけたことがあるという人は多いのではないだろうか。


 彼らは週1〜2回程度、手を変え品を変え、女の悪口記事を書き、それで金を儲けている。

 狂った時代だと思う。

 

 ぼくは、本を読むという行為は他人に考えてもらうことだと思っている。その意味で、新たな視点を得るために、インフルエンサーの記事を買うというのは理解できる。

 

 しかし、異性の悪口を読むためだけに、毎月金を払うというのは……こういう言い方をしていいものかはわからないが、情けない生き方だなと思う。夢《現実逃避》を見るために酒に溺れる、のにも似てるだろうか。


 とはいえ、そんな感傷的な見方はビジネスの邪魔になるだけだ。

 重要なのは、読者の目を引く題材を選び、ニーズにあった文章を書くという事実。それが支持され、月々定額のサブスクリプション契約まで獲得しているという結果だ。

 これは記事だけでなく作者への信頼がなければ起きないことだ。

 だから彼らの記事こそが、時代に適合した『新しい文学』の姿なのだ。……多分。


 彼らの記事を本気にして深刻な女性不信になる読者が増えたり、記事の内容を話題に出して周囲から孤立する読者がどれほど増えたとしても。

 ニーズを満たし、売れて、経済を回しているのなら正しいのだ。


 さて、成功者に習うのが成功への近道だ。

 そんなわけでぼくもそのホットトピックのWEBライターへと参入してみることにした。立ち上げるのは、複数ライターによる合同ブログだ。

 とは言え、同志を募るようなことはしない。すべて一人でやる。まずは商売敵のブログをサブスクリプション契約した。契約することで膨大な量の過去記事も読み放題になる。ありがたいことだ。


 記事を選んで、AIに貼り付け。

 英訳した後、和訳。そのあと校正してもらって一丁あがり。

 原文と並べてみると、意味は同じだが、言い回しが違った記事ができた。


 ひとまず、各先輩ライターごとに100記事ずつバックナンバーを作った。

 記事をまとめている時に思ったが、どのライターもキャラが立っている。それぞれバズったネットニュースを話題に、記事を書くのだが、反応する箇所、語る視点がそれぞれ違うのだ。

 

 彼らがどんな生い立ち、背景を持ってその人格になったのかは気になったが、自己紹介として彼ら自身の歴史を語るような記事は見つけられなかった。


 そこで各ライターの自己紹介記事として、ネットに落ちている先輩ライター達に関する有象無象の噂をつなぎ合わせたものをAIに書いてもらった。これでいいだろう。


 そして最後、このニセモノライターのネーミングだ。

 満たさなければいけない条件は、一目で誰のパロディかわかること。

 ゴッドハンドは……ゼウスハンドでいいか。

 肉まん小僧はあんまんジジイ。ポッポちゃんはシスターポッポ。


 そんなノリでぼくは架空のWEBライターによる女叩きブログを作ったのだった。

 サブスク代金はライバルの半分、月500円とした。

 要するにぼくはお得なコピー品を作ったのだ。

 こっちは三人分読めて、しかも半額だ。六倍のコスパで勝負となる。宣伝がうまくいけば、勝てそうだというのが、始めてみるまでのぼくの読みだった。


 先輩ライターが記事を書けば、同じ日の夜にはぼくのブログでも記事をあげた。

 記事の速報性は勝てない分、三倍の更新頻度でカバーだ。


 成果はぼちぼち。

 はじめの月は十五人、それ以降は月三十人程度のペースで読者が増えていった。

 偉大なる先輩方のTwitterに、ぼくのブログのURLが貼られた時などは一晩で百人の契約を得ることもできた。


 Twitterでは訴訟などの言葉が並んでいたが、ほどなくして消えた。騒げば騒ぐほど、ぼくのブログに客を取られると思ったのだろう。先輩方のTwitterではぼくのブログの話題は禁止とされた。

 

 彼らのTwitterが静かになって一ヶ月ほど経った頃、ブログに設置していた問い合わせフォームに、一通のメッセージが届いた。差出人は「〇〇法律事務所 弁護士 △△」と名乗っていた。


『貴殿が運営するウェブサイトにおける著作権侵害及び不正競争防止法違反行為に関する通知書兼警告書』


 堅苦しいタイトルの後には、ゴッドハンド、肉まん小僧、ポッポちゃんの三名から依頼を受けた、とある。

 

 ぼくが彼らの記事を「翻案」していること、彼らの著名なペンネームに類似した名称を用いて読者を「混同惹起」させていることを指摘し、即時のサイト閉鎖と、これまでに得た収益に慰謝料を加えた損害賠償金の支払いを求める、と書かれていた。


「まずは脅しからって感じか」


 ぼくは鼻で笑った。緊張が解けると共に、周囲の音が戻ってきた。隣の部屋から、テレビのけたたましい笑い声と、それに合わせたような大声が聞こえてくる。今日も順調に仕上がっているらしい。

 ぼくはそのメールを無視し、ゴミ箱に放り込んだ。


 弁護士からの警告を無視してさらに一ヶ月。今度は自宅のポストに、見慣れない封筒が届いていた。契約しているインターネットプロバイダからのものだった。


 中身は『発信者情報開示に係る意見照会書』という書類だった。

 裁判所から、ぼくのブログに関するIPアドレスの持ち主、つまり氏名と住所を開示せよという命令が出たので、開示に同意するか否かの意見を聞きたい、という内容だった。請求者の欄には、あの三人と代理人弁護士の名が記されている。


 彼らは水面下で、着々と法的手続きを進めていたのだ。

 ぼくは書類の「開示に同意しない」という欄に力強くチェックを入れ、理由として「当該ブログの表現は憲法で保障された表現の自由に該当し、権利侵害の明白性は存在しないため」と、どこかのサイトで見た受け売りの文句を書き殴った。

 

 それから二ヶ月ほど経った頃、平日の昼間に家のチャイムが鳴った。ドアを開けると、郵便局員が赤い縁取りの、物々しい封筒を手に立っていた。


「裁判所からの特別送達です。こちらにサインかご捺印をお願いします」


「特別送達」その言葉の響きに心臓が凍りついた。ポストに投函されるような生易しいものではない。本人に直接手渡し、受け取ったことを証明させる、法的に極めて重要な郵便物だ。


 震える手でサインをし、ずしりと重い封筒を受け取る。部屋に戻り、封を切る。中から現れたのは、ホチキスで留められた分厚い書類の束だった。一番上には『訴状』とある。


原告 ×× ××(ゴッドハンド)ほか二名被告 〇〇〇〇

 請求の趣旨、請求の原因……法律用語がびっしりと並んでいる。著作権法に基づき、ぼくが得た利益を損害額と推定し、それに弁護士費用を上乗せした金額――数百万という数字が目に飛び込んできた。

 不正競争防止法違反、そして、あのふざけて書いた架空の自己紹介記事に対する名誉毀損。考えうる限りの法的根拠で、ぼくは徹底的に追い詰められようとしていた。


 添付された『甲第1号証』から『甲第50号証』までの証拠書類には、彼らの元記事とぼくの記事を並べて類似箇所を赤線で示した比較対照表や、問題の自己紹介記事のプリントアウトまで含まれていた。


 逃げ場はない。ぼくの安易な金儲けは、冗談では済まされない段階に突入したのだ。



 ……やっとここまで、辿り着いた。

 ぼくは分厚い訴状の束を机に置いた。隣室からは、父のいびきと、安酒の匂いが漂ってくる。今日も昼から酒を煽り、スマホを握りしめたまま眠りに落ちたのだろう。ふすまの隙間から漏れる薄明かりは、彼が見ていた画面の光の名残だ。


 母さんが妹を連れて家を出て行ってから、父の世界はアルコールとスマートフォンの画面の中だけに閉じてしまった。食事は、高校生のぼくが作る夕食だけだ。


 これで。

 これで裁判になれば、父が保護者不適格となるだろうか?


 父は複数のアパートを所有しており、仕事をしなくても書類上保護者として問題ないことになっている。実際には昼から飲んだくれているのにも関わらずだ。


 アルコールに侵され、まともな会話が成立しなくなった父が、それでも嬉々として語るのは、この、離婚の遠因にもなった女の悪口ブログの受け売りだった。


 ネットのやくたいもないネタとして見ていた女の悪口ブログに父の思考は侵され、母さんは妹を連れて出ていった。父のそばに女を置いておくわけにはいかないからだ。

 

 ブログサービスに登録した出金口座も、先輩ブロガーのサブスク契約も、父の銀行口座やクレジットカードで登録した。

 当然、ウチに届いた手紙もすべて父宛てのものだ。


 ここまでは全部予想通り。

 ……でもここからは?


 たとえばこのまま裁判所に連絡をせず裁判に負けたとして。

 罰金徴収の強制執行の時など、どこかのタイミングで、ぼくのやったことは父にバレるだろう。いつまでも隠し通せるものでは無い。

 でもその頃にはぼくは父の下から去っているはずだ。


 裁判の控訴期限が過ぎたらすぐにぼくは離婚の時の弁護士に連絡する。

 父の裁判記録を見て貰えば、父の下から脱出出来るはずだ。


 真実に気づいた時、父はどうするだろう?

 冤罪を訴え、ぼくを告発する?

 それとも、ぼくのやったことに気づいた上で、沈黙を貫く?

 

 ぼくは、こんな状況になってもなお、父への期待を捨てきれない自分を嗤った。

 そんな知性が父に残っているとは思えない。

 父の出す答えはきっと、めんどくさいから酒を飲んで寝る、だ。


 アルコールの繭の中で眠り続ける父。彼をそこから救い出すことは、もう誰にもできない。

 ぼくは冷たい布団に身体を横たえ、隣室から聞こえる父のいびきに耳を澄ませた。


 手抜かりはないか?

 計画はすべて、この確実な敗北のためにあった。これは、たった一人で始めた戦争だ。

 ぼくが、ぼくの救世主ネオになるしかないのだ。


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