第弐話:セキヤミの訪問
その日も依頼を待つために酒場に向かおうと思った、その時だった。
「しずくちゃん。お客さんが来てるよ」
トテトテと廊下を駆けてきたエミが部屋にやってきて、そう告げた。
「客人? 拙者にでござるか?」
自分への訪問者など珍しく、そう訊き返した。
「うん。黒い着物のメガネの背が高いイケメンの人。お兄ちゃんと一緒にいた覚えがあるけど」
「師匠と?」
一人っ子のエミは兄が欲しいと言っていて、しずくの師匠のことを「お兄ちゃん」と呼んで懐いていた。
「確か政府の人じゃなかったかな。ほら祭りの日の浴衣くれた人」
「ああ、セキヤミ殿でござるな」
聞くだけで、脳裏に彼の姿が浮かぶほど印象深い人だ。
他にその特徴に合致する知り合いはいない。あちらから訪ねてくるなんて、どうしたんだろう。と不思議に思う。
「しずくちゃんのカレシ?」
「違うでござるが」
しずくは、なぜそうなるのか、とツッコミそうになったがやめておいた。
「何か重要な用事かもしれぬな。通してもらってもよいでござるか?」
「なーんだ。わかった」
またトテトテとエミが駆けていく音が聞こえた。
(……都の女の子はそういう話をするのが普通なのでござろうか……)
しずくの住んでいた村には同世代の子がいなかった。かなり歳の離れた上下の子はいたのだが。
故に恋バナのような子どもや思春期らしい会話などしてこなかった。
「しずく殿。突然申し訳ございません」
セキヤミが部屋に入ってくる。
「いえいえ、まだ出かける前で良かったでござるよ」
座るように促しながら言った。
それにしても、お偉方から”殿”とつけて呼ばれるのはまだ慣れないなと、くすぐったく思った。
しずくは全ての人にその敬称をつけてしまう癖がある。それに対してセキヤミが、「なら私は対等でいたいので」としずくにだけ「しずく殿」と呼ぶようになったのだ。
「して、本日はどのような要件で? 例の事件と何か関係が?」
まあそのうち慣れるだろうと本題に入ることにした。
「いえ、今日は個人的な依頼をさせていただくことはできないかと思いまして」
なんだろう、と首をかしげつつ、メモを取り出す。
「数日後、リトラルトより我が国に賓客がお越しになるのですよ。そのためここデモル京からデシマ駅港との間の、護衛をお願いできないかと」
「?」
その依頼にしずくは違和感を覚えた。
「セキヤミ殿は礼ノ司の派閥ではなかったでござろうか?」
この国の代理天皇の人数に合わせて、政府には5つのポストがある。
外交や行政の最終取りまとめ役を担うのが、政ノ司派閥。
軍や治安維持担当が、戒ノ司派閥。
財務や貿易などを担当するのが、産ノ司派閥。
祭事や霊術を駆使した魔法的な防衛も担当するのが、礼ノ司派閥。
そして、歴史や技術の保護、教育に関する事を取りまとめるのが、知ノ司派閥。
セキヤミは礼ノ司派閥に属している。がそういった仕事は政ノ司の仕事のはずだ。
「ええ、一応は、ただ、政ノ司から少し気に入られているようでして、実は移籍も提案はされているのです。ほら私は平民の出でしょう? 保守派が多い、礼ノ司派の人たちからは、あまりよく思われてはいないので、それもいいかなとは思っているのです。しかし、一番サボれるのが礼ノ司なもので……。とこんなことはしずく殿に言うことではありませんでしたね」
とにかく政ノ司にも恩は売っておきたいらしい。
しかしまだ違和感は残る。
「デシマ駅港は確かに遠い地ではあるでござるが、貴賓ということになれば竜車での旅でござるよな?」
竜車は比較的人に懐きやすい種の恐獣に引かせる車のことだ。恐獣がいるだけで魔獣や悪人、厄除けになる。
「はい。ですが、何も起きないとは言い切れないでしょう?」
「でもそれなら政府お抱えの武士がいるのでござろう? 拙者を雇う費用を政府が出したのでござるか?」
「彼らよりもしずく殿の方が信用できる。しずく殿を選ぶのは私の勝手な理由ですから、あなたを雇う費用は、私の……個人的な財布から賄うつもりですよ」
「?」
であるなら尚更……。
「何故わざわざそんなことを……」
「それだけ、しずく殿のことを信頼しているということですよ」
「それはありがたいのでござるが……」
どう返せばよいのか、言葉を探していたその時。
「ばかーーーー!」
ドン! と部屋の引き戸が開けられた。襖が揺れ、淡い光が部屋に流れ込んだ。
エミだ。しずくは驚いて声を出してしまった。




