第捌話:はい。だから、あなたが好きなのです。
セキヤミが言葉を選ぶように続ける。
「簡単に言っていいことではありませんが、その気持ち、少しだけわかります。私の父は洗脳教育を行う人で、それが嫌で幼い頃家出をしました。幸い官僚になることができ、今はこうして生活できていますが……」
セキヤミははじめてそのことを口にした。
「私も、あの時家出していなかったらどうなっていたのだろうと考えてしまうこともありますし」
「いやいやいやいや、セキヤミ殿の方がよっぽど重くないでござるか?!」
聞いていたしずくがついツッコんでしまう。
「え? そうでしょうか」
セキヤミが本気で疑問の表情を浮かべている。
「そうでござるよ! 少なくとも拙者は、母と暮らした時期はとても楽しい時間でござった。……でもセキヤミ殿はつらい時期も多かったのでござろう? それと比べられては……」
「……しずく殿は本当にお優しいです。きっとお母様が素敵な方だったのでしょうね」
優しい笑みを浮かべながら言った。
「ですがしずく殿。私は、幸不幸の形というのは他人と比べるべきものではない、と思っています」
そう言ってしずくの手を取った。少ししずくの心臓が速く鼓動を打ち始める。
「お母様を亡くされたのはつい最近の事なのでしょう? 身を切るような思いをしていること。それは変わらない事実のはずだ。…………つらい時はつらいと、泣いてもいいのですよ」
しかしセキヤミは変わらず真っすぐとした瞳でしずくを見つめながらそういった。
少し言葉を考えしずくは返事をした。
「その言葉は……、嬉しい。でも拙者は夢を叶えるまでは立ち止まらないと、そう約束したでござるから……」
(馬鹿だなぁ、拙者は。こういう時くらい、人に甘えたらいいのに)
と思いつつ、心のなかは温かかった。
「……はい。そんな格好いいしずく殿だから、私はしずく殿のことが好きになってしまったのです」
「ひゃ? へ?!」
不意打ちにしずくは混乱し、変な声を出した。
心臓の音で火の音も水の音も聞こえなくなっていた。
「だからこそ、どうしても涙を流したいときには、その隣にいてあげられるような、そんな気を許せる相手になりたいのです」
「…………っ?!」
セキヤミは熱意のままにグイと顔をしずくに近づけた。
「私は本当にしずく殿の事を愛しています。自分の夢なんて考えたこともなかった。だから夢に向かい努力するあなたの背が眩しく見えたのです」
黒いまっすぐとしずくを見つめてくるその瞳から、しずくは目が離せなかった。
「あなたを隣で支えたい。いつしか私もそんな夢をみるようになりました」
機関車のような音を立てる心臓が痛いほどに感じた。
「せ、拙者……」
「どうか……、私と……」
セキヤミはさらに顔を近づける。
顔がこんなにも近いというのに息が上がってしまっていた。そして二人の唇が近づいていく———。




