第漆話:故郷の村へ
「しずく! やっと見つけたよ!」
ライの村からデモル京に帰還し、宿に戻ろうとしていたしずくはそう声をかけられ、困惑した。
「ガミ殿……?」
しずくは一瞬目を疑った。そこにいるはずのない人物がいたからだ。
———しずくの村で漁をしていた年長の男だ。
「こ、こんなところで何を……」
「あんたを呼びに来たんだ。ウミさん……、しずくのお母さんの容態が急変して、いつまでもつか分からない状態なんだよ」
「?!」
しずくは宿に戻り簡単な支度だけを終え、ロビーにいたナミネにその旨を伝えデモル京を飛び出した。
押しては返す波の音、空で輪を描く海鳥の声。
ちらちら光る海面と、体をつつむ潮風。
水平線の近くに時折、海洋鉄道が消えていくのがかすか見える。
そんなエメラルドグリーンの海が果てなく続いていた。
ルリタナ村。しずくの故郷だ。
師匠が建築様式をみて「沖縄みたい」と言っていたのを思い出す。
あの日から実に2年ぶり。
一瞬、その懐かしい光景に目を奪われてしまったが、急いで自分の実家があった場所へ向かった。
「おお、しずく! よかった間に合ったか! ほれ! 早く!」
長老に促されて家に入った。
懐かしい香りと空気。それに包まれながら歩き、ウミの寝室へと向かった。
「母上、ただいま帰ったでござる」
「……しずく?」
「うむ。そうでござるよ」
ウミはもとから病弱だったが、今はさらにやつれて見えた。
その枕元の椅子にしずくは静かに座った。
「大丈夫でござるか?」
「大丈夫だよ。それよりもしずくはどうなんだ? 世界一の武士になれたのか? あんたの子どもの頃からの夢だろう?」
「…………、いえ、まだでござる」
一瞬空気が止まった。
「なら、なんで帰ってきたの?」
「そ、それは! 母上が危篤だと聞いて!」
「私はね! いつまでもこの村に縛られている———自分で自分を縛ってしまっているしずく、お前が、ちゃんと未来を向けるように、夢を追いかけられるように、お前を弟子にとってくれないかと、あの方に頼んだんだ。それなのに、それが達成できる前にここに帰ってくるようじゃ、あの方に顔向けできないじゃないか」
起き上がりながらそこまで一気に言った時、2度ウミは咳き込んだ。
「だ、大丈夫でござるか?!」
「大丈夫だよこれくらい」
そう言って布団の中に戻ったウミが天井を眺めながら続けた。
「はぁ……。優しいね本当に。ここまで生き延びられたのも、あの時のあんたのおかげなのかね」
「? それはどういう……」
波の音が部屋の中に鈍く響いていた。
「……だが、まあ良い機会かもしれないね。しずく、お前に言っておかなくちゃいけないことがある」
「……なんでござるか?」
「これはあの人、お前の師匠にだけ伝えていたことなんだが……、しずくお前はね」
ウミは、凪の海のように静かな声で言った。
「———私の本当の娘じゃないんだよ」




