第伍話:過去からの手紙
その場所へ行くには、デモル京より少し西にある大陸を大きく分断する大河を渡らなくてはいけない。
デモル京から北西の獣人族の里、そこから南東に向かうこと2、3日、セキヤミの言っていた廃村に着いた。
「……静かなところでござるな……」
風に揺れる建材のきしむ音。草の匂い。虫の声。
正直なところ、ここに何か手掛かりがあるとは思えない。
とは言いつつ探せるところは探してみよう。
そう思い、廃墟を一つ一つ調べていった。
そして……。
「む? 本の中に何か……、え?」
廃墟の一つに残されていた日記らしい何か。そこに小さな手紙のようなものが挟まっていた。それだけが比較的新しく、紙は綺麗に保たれている。
それを見た瞬間、風が止んだ気がした。紙にそっと触れた指先が震えた。胸の奥で、忘れられない声が甦る。
———しずくへ———
そこにはそう書かれていた。
(間違いない。これは師匠の筆跡だ)
元々この世界の人間ではない師匠はこの世界の文字を書こうとすると独特な筆跡になってしまう。それがそっくりそのままだった。
しずくの指先が震えた。その筆跡を見ただけで、胸の奥がきゅっと痛んだ。
———しずくへ
しずくがここに来ることがないよう願っている。それはつまり何かの因果かまた、ジンマ教団について調べなくてはいけない状況下に置かれている、ということだから。
しかし、もしそうなった時、しずくに何か手がかりを与えることができれば、と思いこの手紙をここに残す。少なくとも20年は紙が劣化しないで保たれるよう魔法もかけておいた。役に立ててもらえれば幸いだ。
まずは日記のこの手紙が挟まっていたページを読んでくれ———
しずくは手紙に言われた通りに日記を読み始めた。
『あの女が子どもを川に流したらしい。姉が生贄ではなくなったゆえ、次はその対象が妹に移ってしまう、そのことを危惧したんだろう。私はいつものように木槌を湖に投げ入れ、本部に入った。「今月の生贄がいなくなってしまったではないか。ジンマ様はとてもお怒りだぞ」。大神官様は怒りを抑えながら、私にそう申され———』
ページはそこで終わっていた。
次のページにいく前に、一旦師匠の手紙に目を戻す。
———俺たちは、ナミネの案内でジンマ教団本部を襲撃し、壊滅させた———
その日の前後のことはよく覚えている。
師匠の調べた結果、デモル京にいたジンマ教団のスパイがナミネであったこと。
しかし本当はジンマ教団員としての別人格、が悪事を働いていただけであったこと。
師匠の仲間の能力でナミネの中からその人格を消し、その直後師匠たちがジンマ教団本部を襲撃したこと。
……あの日のしずくは14歳とまだ幼く、それに連れて行ってもらえなかったこと。
そんな記憶の匂いを、文字を読みながら思い出していた。
———だが、俺たちはこの日記に書かれているような、木槌を湖に投げ入れる、などということはしなかった。当時から本部の場所が移っていただけ、というだけの可能性もあるが、どうにも気掛かりだった。俺がこの世界を離れるその時まで、これに関わることはなかった。つまり、まだ何かが残っている可能性がある。敵の本当の本部はその”湖”の下にある可能性がある、ということだ———
遠くで鳥の声が聞こえた。
少し行を空けて文章はさらに続いている。
———できれば、これが杞憂で終わり、お前がこの手紙を読まず、平穏に過ごしてくれる事を願っている。が、もしもの時はしずくの力になってくれることを願う———
「なるほど……。そんなことが……。む?」
裏にまだ続きがあることに気が付く。
———追伸。
この場所について他に色々調べたが、この日記の記載以外に有益な情報はほとんどなかった。さらに調べてもいいが、他を当たってもいいと思う。この世界、お前に任せたからな———
手紙はそんなところで終わっていた。少しだけ心の奥底が滲んだような気がした。
「……師匠……」
その手紙と日記を持って、しずくはその場所を離れた。




