第弐話:紫の玉
「ちぃ! 仕方ない!」
そう言って人攫い集団のボスはテニスボール大の紫色の玉を取り出し、手の中で握り潰す。それが、ぱんと音を立てて砕けた。
すると玉から出てきた紫色の煙が蛇のように蠢き、男の体を這い回った。まるで魂そのものを塗り替えていくように……。
「ん? なにを……」
突如、煙の中から人影が飛び出してきて、しずくに拳を突き出す。
それを左腕で受け止めようとするのだが———。
「っ!!」
鈍い痛みと、ボキッ、という嫌な音が体に響く。
しずくは飛び退き、間合いを取った。その人影は、あの人攫いのボスだった。何故か、先ほど斬り落とした手が直っている。
追撃が飛んでくる。それを全てギリギリのところで避けていく。
(なんでござる?! 急に強く……!?)
反撃しようとすると、それに気付かれ防がれる。
筋力、頑丈さ、スピード、反応速度……、総合的な戦闘能力が数段上がっている。
「痛!」
左手でも刀を抜こうとするが、力が入らない。
(こりゃ、骨が逝ってるでござるかな……)
とにかく、片腕でどうにかするしかない。両利きであることは不幸中の幸いか……。痛みで汗が滲む頬を、そのまま無表情に保った。
再度突き出された手を上に流し、背負い投げの要領で組み倒した。
そして心臓部に手を当てる。
「洗浄!」
人が持つ魂の色。それを司る二つの言葉———魂源と呼ばれるもの。そしてそれを自身の気力に付与することで、気力の消費を代償に固有の能力が生まれる。これを闘気力と呼ぶ。闘気力を自在に扱える者は数少ない。
彼女の場合は『洗浄・川流』の二つ。どちらも強力だが、消費気力が他の人より数倍激しいというデメリットを持っている。また、しずく自身が気力の放出が不得手なので、遠距離戦には使えない。
今使った『洗浄』は闘気力として使うと、電力、体力、魔力、気力、呪いといった不可視のエネルギーを洗い流すことができる。
それで先ほどの紫色の煙の影響を洗い流せないか、と試してみたのだが……。
「う"っ……!」
横腹部に鈍痛を覚え、体が吹き飛ぶ。膝蹴りを入れられたようだ。
どうやら『洗浄』の効果が無かったらしい。
「拙者の実力不足で洗浄が届かなかったか……」
もしくはあの煙は、生物の形そのものを変革させてしまうもので、もう洗い流すことができないか、のどちらかだ。
「仕方あるまい」
しずくはため息をつきながら刀を抜いた。
「そのようなものに頼った、己の弱さを呪って逝くことでござるな」
もう一つの魂源『川流』を使った。速度や動きといった流れを変革する能力だ。
その超スピードでボスに近づく。
風の軌跡が一瞬だけ遅れて追いかけ、しずくの残像が残る。次の瞬間、時間が追いついた。
一息のうちに、しずくの刀が人攫いのボスの体を断ち切った。




