第弐話:人攫い
光の漏れる部屋に向かって暗い廊下を歩いていく。
足音を殺す。息を殺す。だが心臓の音だけが、やけに響いていた。
近づくと、そこから男たちの声が聞こえてきた。
「今回は大量だったな!」
「ああ、酒が美味いぜ!」
正確にはわからないが、ざっと20人はいそうだった。
「ボス、さっきの女、上物っすよ。売る前に、……一口、いいっすか?」
しずくが追いかけてきた男の1人を見つけた。その男がボスと呼ばれている人と話していた。
「今までと同じだ。処女ならやめろ。値が張るからな。そうでないなら好きにすればいいが、傷だけはつけるな。やはり価値が下がる」
今度は別の意味で吐き気がしてきたのを、ギリギリのところで堪える。もう少し情報を集めなくては。
「次の船はいつ来るんでしたっけ」
「3日後の夜だ。それまでに積めるよう準備をしておけ」
3日後。これをセキヤミ殿に伝えればまだ間に合うかも……。
そう思った瞬間、背筋をなぞるような冷たい呼気が触れた気がした。
「そこで何をしてる?」
背後から声がした瞬間、しずくは心臓が飛び出るかと思うほど驚き、思わず声を上げた。
後ろにいた男に蹴り飛ばされ扉の中に入ってしまった。
もちろんそれで体勢を崩すしずくではなく、受け身を取ってすぐに立ち上がった。が———。
「あはは……。見つかってしまったでござる」
注意力が足らなかったな、と反省した。
「ボス、妙な女がこそこそしてましたぜ」
緑の外套に身を包んだ男———『ボス』と呼ばれたそいつが歩み出る。
「何をしにきた?」
そして、しずくに顔を近づけながら訊いてきた。
「女性が連れ去られていくのを見たゆえな。放ってなどおけぬでござろう?」
「そうか」
ヒュオ。
空を切る音がなったかと思うと、二人の男が自分の死も理解できぬうちに倒れた。胸にはボスと呼ばれた男が投げたナイフが突き刺さっている。
しずくがここまで追いかけて来た二人だ。
「その余計なおせっかいで貴様は身を滅ぼすことになる。……だが、ふむ」
そいつに、ぐいっと顎を持ち上げられる。
「よく見れば上玉じゃないか。それに」
鼻で深く息を吸った音が聞こえた。
「処女の匂いだな。貴様も高く売れる」
「……気色が悪い」
しずくが、パンっ、と手を弾いた。
一瞬、空気が凍り、音が消えた。
「貴様!」
それにイラっとした男が今度は平手打ちをしようとした。
しかし———。
「な、がっ、う、腕が……」
しずくが誰にも反応できぬ速度で、その手首を斬り落とした。
「今なら回復魔法を受ければ治せるでござろう?」
チンっ、と鞘に刀を納めながらしずくは言った。
「まだ助かるでござる。投降すれば、情けをかけてやらんこともない」
「ちぃ。女は黙って、奴隷になっておけばいいものを! こいつを捕まえろ!」
ボスが命令すると、周りの男たちが一斉に飛びかかる。
右から殴られたその軌道を腕で軽くそらし、裏拳を顔に叩き込んだ。吹き飛ばされた男の背中が壁に激突し、鈍い音を響かせる。
反対から回し蹴りが飛んできたのをしゃがんで足払いをかけ、転んだ反動で上がった足を掴み一番近くにきていた敵に投げ同時にダウンさせる。
次の的にサーベルをふりおろされるが、それを軽く後ろに下がることで避け、さらにその峰を踏みつけた。
そこを起点に後ろ回し蹴りを叩き込み、サーベルの持ち主を吹き飛ばした。
チャ……。
背後から銃を構える音を聞き、咄嗟に気力を腕に流し込み、強化した。
そして放たれた火線が、指で撫でられたように弾道の流れを変え、肩や脛へ跳ねた。
そうしながら近づいていき銃を持っていた手を弾き、見事な足技でその敵を踏み倒した。
人攫いの集団たちはたった一人の少女によっていとも簡単に、刀も抜かず無力化されてしまったのだった。
「う、嘘だ……」
その一連の流れを見ていたボスは驚愕し、そう呟いた。
「さっさと観念して、お縄につくでござるよ」
しずくの声は静かで、男にはそれがかえって恐ろしく見えた。




