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9.忍び寄る過去

 (ロベル様への不安は、色々と早く進み過ぎたからだわ。そんな経験……したことがないもの。マリーズの言う通り、ゆっくり答えを探せばいいのよね)


 それに、互いに軽率な行動をして不本意な噂が立てば、社交界での立場に影響があることぐらい、私が一番よく分かっている。


 (そんなことは望んでいないわ。それに、今はラージュ男爵令嬢への謝罪に専念しなきゃ。せっかくマリーズが私のためにお茶会を開いてくれるのだもの)


 お茶会が近づくにつれマリーズとの準備に忙しくなり、自然とロベル様と会う機会も少なくなっていった。


 (会えないのは寂しいような、どこかホッとするような……)


 

 ――「お嬢様、宝石店から注文のお品がご用意できたと連絡がございました」


 「良かったぁ! ダン、さっそく今から宝石店へ行くわ。気晴らしに私も何か買おうかしら。ニナも一緒に行きましょう」


 (ラージュ男爵令嬢へのお詫びの品が間に合わないかとハラハラしたけれど、これで安心ね)


 せっかく上機嫌で宝石店を訪れたのに……。


 「サレット侯爵令嬢、もう私を追いかけ回さないはずでは?」


 (ジョセフ!?)


 「ドット公爵様、お会いしたのは偶然ですわ。それでは、ごきげんよう。ニナ、あちらに行きましょう」


 「……残念だが、今日は貸し切りだぞ」


 「そのようなはずは……店へは注文品を取りに行くと連絡しましたし」

 

 ニナも後ろでウンウンと頷いている。


 「今しがた私が貸し切った」


 店のオーナーが縮こまって成り行きを見守っている。


 (何の嫌がらせよ! これでは受け取りどころではないわね)


 「……分かりました。私が出直すようにいたしますわ」


 「その必要はない。何か勘違いしているようだな。皇宮の時のように私との時間を誰かに邪魔されたくないだろ? さぁ、好きなものを選ぶといい」


 (えっ? なんですって? 聞き間違いかしら?)


 「聞き間違いではないぞ」


 私は無意識に片耳に手を添えていた。


 「聞き間違いでは……ない」


 (こわ……怖すぎますわ! 今まで嫌ってた女に急に優しくするなんて。頭がどうかしてますわ)


 緊張のせいで嫌な汗がじんわり額に浮かび、息苦しささえ感じてきた。


 「どうした? 顔色が悪いぞ」


 (それは……あなたのせいです)


 「せっかくですが、私は公爵様からご好意をいただく立場にありませんわ」


 「以前の令嬢なら飛び上がるほど喜んだはずではないか? ああ、立場を気にしているのか? なかなか可愛いところもあるようだな、ハハハ。よし、オーナー、この店で最高級のルビーのイヤリングを持って来い」


 (何のつもり? 嫌がらせ? まさか高額な宝石を買わせる気!?)


 オーナーが持って来たイヤリングは、雫型の美しいルビーの周りをグルっとダイヤが囲っている。


 あまりにも美しい輝きに、思わず前のめりになって見入ってしまった。


 (なんて鮮やかな赤なの……本当に最高級のルビーだわ!)


 「どうやら気に入ったようだな。オーナー、それを買おう。サレット侯爵家に届けるように」


 (ハッ!)


 「このような高価な物は頂けませんわ!」


 ジョセフは不敵な笑みを浮かべて、何も言わず店を出て行ってしまった。


 あまりにも信じられないジョセフの振る舞いに、ただただ呆然としていた。


 ◇

 

 翌日――今、まさに宝石店で思わず見入ってしまったルビーのイヤリングが目の前にある。


 朝一番に宝石店から届けられたらしい。

 

 「お嬢様! 起きて下さいまし! 今、宝石店の者が……」


 ニナに急かされ応接間へ向かうと、綺麗に包装された包みが置かれている。


 「嘘よね……」


 慌てて包みを開けると、メッセージカードとジュエリーケースが入っている。


 ジュエリーケースの中身は例のイヤリングだった。


 「お嬢様、これは……」


 一目で最高級と分かる宝飾品に、ダンも驚いている。


 「ユージェニー、これはどういうことだ?」


 背後からお父様のいぶかしがる声がした。


 「えっと……お断りしたのだけれど、ドット公爵様から……のようですわ」


 しどろもどろに答えながら、カードを読む。


 『これまでの私を反省し、サレット侯爵令嬢の愛を取り戻すために捧ぐ』


 そう一文が書かれていた。


 時間が巻き戻る前のジョセフの狡猾さを思い出し、カードを持つ手がぶるぶると震える。


 (何を企んでいるの? すでに私を、いえ、このサレット家を狙っている? 『ラピスラズリの杯』の力を……)


 「いつ知ったのかしら?」


 思わず呟いてしまった。


 「ん? なんのことだ?」


 「わ、私の誕生日をいつ知ったのかしら……アハハ」

 

 お父様の鋭い視線にどぎまぎしながら、下手な言い訳をする。


 「三ヶ月前に過ぎておりますが」


 冷静にダンが教えてくれた。


 (もうーっ、ダン!)


 「遅すぎるのではないか? それに、お前とドット公爵は恋仲でもないだろう。ちゃんと説明しなさい」


 「だから! 私にも理由は分からないの!」


 「旦那様、お嬢様の仰せの通りです……」


 ニナが小さな声で加勢してくれる。


 「ユージェニー、これは、とても大事なことなんだ」


 「そんなこと言われても、本当に分からないの」


 (過去の私なら喜んだでしょうけれど……)

 

 ひとまず心を落ち着けようと、大きく深呼吸した。


 「責めているんじゃないんだ。ユージェニーのことが心配なんだよ」


 「旦那様、この宝飾品はいかがいたしますか? もうすぐ皇后陛下の誕生祭です。その祝宴でお嬢様が身に付けていないとなれば……」


 「なるほど。それが公爵の狙いか」


 「どういうこと?」


 「公爵がお前を拒んでいたことは聞いていた。しかし、なぜか今はお前を手に入れようとしている」


 私は手にしていたカードをぐしゃっと握りつぶした。


 「ふんっ! 今さら嫌ってた女を手に入れたいだなんて呆れるわ。絶対嫌よ。でも、こんなイヤリングを付けたところで、陰口を言われるだけだわ」


 これまでも、ジョセフに合わせたドレスや宝石を身に付けたことはあった。


 (いつもジョセフから無視されていたわよ)


 「しかし皇帝陛下が主催の祝宴で、甥であるドット公爵の口からお前に贈ったと公言されれば状況は一変する」


 「そうですね、お嬢様は公爵様の好意を受け入れるしかありません」


 またもや冷静にダンが続けた。


 「そんな……送り返すことは……できないわね。相手は公爵様ですもの」


 その場にいる全員が沈黙した。


 「ダン、祝宴まで時間はどのくらいだ?」


 「二ヶ月ほどです」


 お父様は顎に手をやり、私の顔をジッと見つめてくる。


 (こういう時のお父様は、絶対に何か突拍子もないことを考えているのよね……)


 「お、お父様?」


 「アハハハ! この父に任せなさい。そのイヤリングは私が預かろう」


 「え、ええ、分かりましたわ」


 お父様はダンだけを残すと、私とニナを部屋から追い出した。


 「本当にドット公爵への気持ちは消え失せたようだな。しかし、面倒なことになった」


 「はい、旦那様。まだ内偵中で断定はできませんが、公爵様は世間での評判より、ずっと危険な方なのかもしれません」


 (ドット公爵の突然の不可解な行動。まさか、ヤツも同じように……)


 「こうなったら仕方ない。ダン、この手紙をブルボン家のタウンハウスへ送ってくれ。くれぐれも――」


 「内密に、でございますね」

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