35.兄妹
「ユージェニー、どうしてその事をすぐに言わなかったのだ?」
お父様が額に手をやり、頭を振りながら呆れたように言う。
「それは……気も動転していたし、『セクレ』が魔物のオークションに関係しているなんて思わなかったから……。ただ遊びに来ていたのだとばかり」
「おじ様、ドット公爵様が魔物のオークションなどという恐ろしいことに関係しているのでしょうか?」
マリーズが落ち着いた様子で尋ねる。
「どう関係しているかはわからんが、無関係でもないだろう。……ナタリー嬢とお会いするのは初めてだ。あなたの知っていることを話してもらえるかな?」
お父様の問いに、決めかねたようにナタリーが視線をさまよわせると、アベル様は静かに促した。
「はい……。その前に……、ユージェニーお嬢様にお伝えしなければならないお話があります」
皆の視線が一斉に集まる中、ナタリーはそっと私を見ている。
その目には、どこか申し訳なさがにじんでいた。
「何を聞かされても私は大丈夫よ。……それで、あなたを嫌いになったりなんて、しないわ」
ナタリーが膝の上の手をぎゅっと握りしめ、言葉を選びながらゆっくりと話し始めた。
「私は……ダルボン家の私生児なのです。家門には認められていない子どもですが。ロベル様は、私と同じ両親を持つ兄なのです」
「えっ? ロベル様がお兄様……? 待って……どういうこと?」
耳を疑う事実に、私の知っているロベル様がガラガラと音を立てて崩れていく。
お父様、マリーズとノエルも驚きで目を見開き、固唾を呑んで話の行方を見守っている。
「母はダルボン男爵家の侍女で、お父様の愛人の一人でした。結局、母は生まれたばかりの私と追い出されてしまいましたが、兄は……後継者の控えとして残されたのです。異母兄が病弱だという理由で」
「どうして、ロベル様はあなたが困窮している時、手を差し伸べてくださらなかったの? なぜ、娼婦になんて……あっ、ごめんなさい」
心に浮かぶ疑念を消し去りたくて、思わず口にしてしまった私は、慌てて口を押さえた。
「お嬢様、いいんです。私のことは皆さんご存じでしょう? 兄の存在は知っていましたが、住む世界が違い過ぎます。それに、結局、兄も男爵家では弱い立場なのです。力のない者にできることなどありません」
(私の思い過ごしではなかったのね……)
私は、時折、ロベル様に感じていた階級への劣等感や権力への渇望を確信した。
そして、私に近づいた動機も――きっと。
(そうよ。悪名高いわがまま令嬢に、何の企みもなく好意を持つはずないじゃない)
「アハハ……」
乾いた笑い声が、勝手に私の口から漏れ出た。
「ユージェニー……」
同時にアベル様とマリーズが私の名を呼んだ。
アベル様の力を込めて握る手から――、マリーズの優しく肩をさする手から――、私を慰めるような温もりが伝わってきた。
スーッと一筋、私の頬を伝い流れ落ちる涙を拭きもせず、震える声を絞り出した。
「ねぇ、ナタリー……私は、いつからあなたたち兄妹に騙されていたの?」
「最初から全部です」
ガシャンッ!
お父様が怒りに任せて投げつけたティーカップがナタリーの頬をかすめ、大きな音を立てて床で砕け散った。
「旦那様!」
ダンが、今にも飛びかかりそうな勢いのお父様に駆け寄った。
「お父様、話の続きを聞きましょう。ごめんなさいね、ナタリー」
私は虚ろな瞳のまま、ナタリーの口から語られる真実に静かに耳を傾けた。
「兄とは偶然『セクレ』で再会しました。客としてではなく……娼館の新しいボスとして」
私たちの衝撃とは裏腹に、アベル様とルディ様は眉一つ動かさない。
「煩い小蝿どころか、恐ろしいハイエナだったとはな……。アベル君、知っていながら今まで私にも黙っていたのか?」
お父様は額に深い皺を寄せ、強い怒りを滲ませている。
「誤解のないように言いますが、そのことを知っていたとしても、陛下の任務に関わることです。言えると思いますか? それに、僕は守れると思っていました。宰相も暗にドット公爵から守るよう……」
そこまで言うと、アベル様はハッとして不意に私の顔を見た。
(どういうこと? まるで……)
答えを探し当てようとしている私の思考を止めるように、マリーズが口を挟んだ。
「そのことは、また後ではっきりさせましょうか。ナタリー、私とユージェニーが知りたいのは、あなたの役目よ。帝都図書館でドット公爵といるのを見たわ。それに古文書を探したり……今回も。何を企んでいるの?」
「帝都図書館でドット公爵と? 古文書? 一体、何の話なんだ?」
今度はアベル様が厳しい視線をナタリーに向けた。
「どうやら、俺たちはこのレディに色々と翻弄されているようだね。レディ、君の境遇には同情するが、自分の利益を求めるあまり、欲張りすぎているんじゃないかい?」
ルディ様が冷ややかに言い放った。
「……はい、ルディ様の仰る通りです。別々に育ったというのに血は争えない、私たちは自分が幸せになるために、お金、権力、名誉を欲していました。私は、兄に再会した時、機会が与えられたと思ったのです」
――ナタリーは、コップの水が溢れ出すように、滔々と話し始めた。
母は、自分の遠い故郷で作られているペンダントを、兄妹の証として私たちに身につけさせていました。
ある時、『セクレ』で私と同じペンダントを持つ男、兄であるロベル様と再会したのです。
兄は私の不幸に涙し、私も兄に会えた喜びに涙しました。
でも、すっかり荒んでいた私たちは、互いを利益の道具としてしか見ていなかったのです。
兄は男爵家での立場が弱く、皇室騎士団の副団長という地位にも満足していませんでした。
経緯は分かりませんが、『セクレ』のボスとして娼館を牛耳る仕事をすることで、騎士では手にできないほどのお金を手にし、娼館での貴族の弱みを握ってなんとか這い上がろうとしていました。
片や私も、どこかの貴族の正妻か愛人に納まろうと企んでいました。
そして、兄は仕組んだことで、偶然にも娼館では決して望めないような高位貴族と縁を結べたのです……ユージェニーお嬢様という、帝国でも指折りのご令嬢と。
私は日頃、兄から『セクレ』の脅威となる人物を探すよう言い付けられていましたが、時を同じくして、娼婦としての勘が働いたアベル様に近づきました……。
でも、あろうことか、いつしかアベル様を恋しく思うようになってしまったのです。
ユージェニー様は、純粋な恋を望んでいる。
アベル様は、ドット公爵様と『セクレ』の情報を望んでいる。
その願いを叶えるのは簡単なこと。
こうして、私たち兄妹はそれぞれに獲物を定めたのです。
――「そう、分かったわ。ドット公爵様に近づいたのは、アベル様のため?」
私の涙は、もう完全に乾いていた。
「はい。アベル様の娼館での様子を注意深く観察して、何が知りたいのか気づいていました。それに、兄からも誘惑するように言われていたので、客として来ていたドット公爵様に近づきました」
(ナタリーの勘は……最初から恋に落ちていたから働いたのだわ。そして、今は……愛しているのね)
「ナタリー、それなら、なぜ帝都図書館でドット公爵様と会っていたの?」
「それは……彼もまた、私になびかない男性の一人でした。帝都図書館に出入りしていると知り、兄の手を借り後をつけると、『蒼杯秘録』という古文書を探していて。そこで、持っていると偽り取引を持ち掛けました」
「取引だなんて……。なんて危ない橋を渡ったの?」
「ふふふ、娼館に乗り込んだユージェニーお嬢様ほどではありませんよ。私も……ユージェニーお嬢様と仲の良い友人になりたかったです。もう、叶いませんが」
ナタリーがどこか寂し気な、優しい目をして微笑んだ。
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