3.運命の出会いかも?
(このままじっとしていても仕方ないわ。私はもう一度、生き直すの。それに、やっぱりマリーズに会いたい……)
「ニナ、今日はクレマン伯爵家に行くわ! 先触れをお願い」
馬車に揺られ、窓から見える人々の何気ない日常をぼんやりと眺めていた。
「お嬢様、もうすぐクレマン家に到着いたします」
視線を移すと、疎遠になるまでよく訪れていたクレマン家の門が見えた。
「あら、約束は明日だったわよね? 先触れまで送って、急にどうしたの?」
(マリーズのいつもの落ち着いた声……)
懐かしさで鼻先がツンとした。
「明日?」
「あら、忘れたの? あなたが行きたいって言い出したのよ。ほら、令嬢たちの間で密かに流行ってる……もうっ、ロマンス小説を読みたいのでしょう?」
「あっ! お父様たちに内緒で買おうって……街の書店に行くのだったわ。ええっと、名前が……」
「『ハート・ストア』よ。こういうのは勢いが肝心だわ。今から行きましょう!」
「今から? 急だけど、そうね! でも……この格好でも大丈夫かしら?」
「だめよ、貴族って分かるわ。平民風の服を用意してるから着替えましょう。護衛は……」
「マリーズ、護衛連れの平民なんていないわ……」
(しっかりしてるようで少し抜けてる所が可愛いのよね。ふふっ、私とマリーズを足して一人前だって、お父様にも言われてたわ)
「ノエルが許してくれるかしら。離れた所で待つように言うわね」
案の定、マリーズの護衛騎士ノエルは反対したが、根負けして離れた場所で待ってくれることになった。
ノエルは平民出身ながらクレマン伯爵の信頼も厚く、マリーズが12歳の頃から護衛を任されている。
年も5つしか違わず、私たちはどこか兄のように慕っていた。
◇
「キャーッ、『ハート・ストア』に入ったわ! マリーズ、見て! 恥ずかしくてタイトルも口に出せないわ」
「ユージェニーったら、それを買いに来たのよ。そんなに興奮してどうするの」
「アハハ……ねぇ、ノエルって最近また格好良くなったわね」
「そんな事ばかり言うから、おじ様が心配するのよ。ドット公爵様といい、本当に面食いね。男は顔だけじゃないのよ」
「もう、ジョセ……ドット公爵様の事はいいの。だけど、顔以外でどうしたら好きになるの?」
「呆れた……ちゃんと人を好きになったことがないだなんて。幼馴染として心配だわ。しっかりロマンス小説で恋を勉強しなきゃね」
「えっ? マリーズ、好きになった人いるの? 聞いてないわ! 誰? 格好良い? 今も好き?」
「し、しつこい! 私だって人を好きになるわよ……片想いだけど。私の話はいいの! それより、ドット公爵様の事は諦めたの? あんなに追いかけ回し、んっ……慕ってたのに」
「ん? まぁ、いいわ。とにかく……ぜんぜん相手にされてないし、冷めちゃったの」
「そう、それならいいけど。ユージェニーなら素敵な人が現れるわよ」
(私も運命の人と出会えるのかしら……)
お喋りしながらロマンス小説を買い込んだ私たちは、自分たちで持つには重すぎることに気づいた。
「ユージェニー、お店で少し待っていてくれる? ノエルを呼んで来るわね」
「ええ、ありがとう」
まだ夢を見ているような気持ちで、マリーズの後ろ姿に手を伸ばした。
(本当に時間が巻き戻ったのね)
少し外の空気を吸おうと店の外に出た。
「あれ? サレット侯爵令嬢ではありませんか? そんな平民の姿で……」
なんとなく気味の悪い若い男が、私をニヤニヤと舐めるように見ている。
(服装は貴族のようだけど、誰かしら? 私、マリーズほど詳しくないから)
ここにマリーズがいてくれたら、素行が悪いと噂のこの令息も上手くあしらってくれただろう。
でも、今までジョセフ以外の若い貴族に興味が無かった私は、この男が誰かも分からず笑顔で応じてしまった。
「そうですが、どちらかでお会いしたことが?」
「おや、夜会で踊ったこともお忘れですか? 宜しければ、馬車を待たせているので侯爵家までお送りしましょう」
「ありがとうございます。でも、クレマン伯爵令嬢の迎えを待っていますので」
「そうですか。ところで、令嬢の護衛はどちらに?」
「えっ、護衛ですか? クレマン伯爵令嬢の馬車で来たので、わが家の護衛は……」
(ノエルが一緒だから、私の護衛はクレマン家に置いてきたのよね。だって、このお店に来たって、お父様へ報告するに決まってるもの)
「いらっしゃらないのですね。しかし、このような店の前で……人目を引く格好で立っているなど、まるで平民の女が貴族の男を誘っているようですよ」
確かに、マリーズが用意したワンピースは既製品ということもあり、人より胸の豊かな私には少々窮屈だった。
男の目が急に爛々と輝き始めた。
「さそ……誘ってるだなんて! 失礼ですわ」
「まぁ、落ち着いて下さい。不用心な令嬢を守ろうとしているのです。さぁ、馬車でお送りしますから」
突然、男の顔から笑顔が消えたかと思うと、私の手首を強く掴み自分の馬車に連れ込もうとした。
「何をするのよ!」
「護衛も付けず、こんな所をうろついている方が悪いんだよ! お前みたいな性悪女でも、俺なんかが近寄ることさえできないご身分なんだよ! こんな絶好の機会を逃すわけないだろ」
その不穏な物言いに、『誘拐結婚』が頭をよぎった。
クズが上流貴族の令嬢を誘拐し、既成事実を作って無理やり結婚する汚い方法だ。
(まさか、『誘拐結婚』!? 今度こそ幸せな結婚を目指してるのに、クズに用はないのよ! それに……)
「ちょっと! 私と夜会で踊ったことないでしょう! この嘘つき!」
ヒールが折れるくらい蹴って抵抗しても、男の力には敵わない。
貴族の揉め事に首を突っ込む平民などいるわけもなく、人々は目を伏せて足早に去って行く。
(マリーズ、助けて!)
その時、ほとんど馬車に引きずり込まれていた私を誰かが後ろから覆いかぶさり、クズ令息を力いっぱい殴りつけた。
「レディに何をしている! おい、御者! 気を失っている主を屋敷に連れて帰れ! 文句があるなら、皇室騎士団副団長のロベル・ダルボンが相手してやると伝えろ!」
驚いた御者は、慌てて主を乗せた馬車を走らせた。
一瞬の出来事に頭がついていかない。
ただ、そのロベルという男の腕の中で、どうしようもなく胸がドキドキしていた。
「まさかサレット侯爵令嬢!? あっ、手首が……」
私の赤くなった手首を見て、ロベル卿は優しくハンカチを巻いてくれた。
「ユージェニー! どうしたの!?」
驚いた様子のマリーズと、鋭い視線をロベル卿に向けたノエルが駆け寄って来た。
マリーズに経緯を話すと、「どこのバカ息子よ!」と憤慨し、ノエルにその令息を見つけさせると息巻いている。
「本当にありがとうございます。ハンカチは必ずお返ししますわ……お礼もさせて下さい」
「帝都の治安を守るのも役目のひとつですから。どうかお気になさ……」
「いけませんわ!」
思わず袖を引っ張って食い下がると、苦笑いしながら応えてくれた。
「そう仰るなら、三日後の夜会で一曲お相手頂けますか?」
「まぁ! 喜んで!」
颯爽と立ち去るロベル卿の後ろ姿に、心がときめいている。
「私、運命の人に出会っちゃったかも」
「ユージェニー……」
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