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25.さぁ、どうする?

 「ああ、どうして……ねぇ、ノエル……顔を隠すなら、最後まで隠して欲しいものよね。誰が夫に恋している女性の顔を見たいというの?」


 恋する女性は大胆だ。


 人の目を盗むように姿を隠して会いに来たくせに――愛しい人の姿を見つけた途端、覆っていたものを脱ぎ捨て、美しい笑顔で男の気を引こうとする。


 見せつけるように、堂々と。


 椅子から立ち上がろうとした私の腕をノエルが掴んだ。


 「ユージェニー様、まだです」


 喉の奥が締め付けられ、涙がにじむ瞳をノエルに向けたが、ノエルは手を離さなかった。


 「わ……かったわ」


 「お気づきではありませんか?」


 「な、何を? ノエル……もう帰りたいわ」


 「ユージェニー様、しっかりしてください。アベル様を問い詰めるのですよね? ここまで来て、尻尾を巻いて帰るつもりですか?」


 ノエルは私に厳しいことを言っているが、真剣な表情から味方でいてくれていることが分かる。


 (過去でもマリーズとノエルは私に寄り添ってくれていた……なのに、ジョセフとの結婚だけは二人の忠告に耳を貸さなかったの)


 「ちゃんと私の手で解決してみせるわ」


 「それでこそ、ユージェニー様です。あの女性、どこか見覚えはありませんか?」


 見たくはないが、楽しそうにアベル様と会話をしている女性の横顔をまじまじと眺めた。


 「えっ? 嘘でしょう……まさか」


 「はい、そのまさかです。髪色を染めて栗色からプラチナブロンドに変え、化粧で泣きボクロを隠しているのでしょう」


 アベル様の浮気相手は――泣きボクロさんだった。


 「一体、どうなっているの? あの女性は何者なの!」


 私は衝撃が大きすぎて、椅子の上で全身の力が抜けてしまい背もたれに身を預けた。


 すると、アベル様がおもむろに周りの様子をうかがい、彼女を連れて店の二階に続く小さな階段を上がって行った。


 「後を追いますか?」


 ノエルが真剣な目で私に問う。


 私は二階に上がる二人を見て、先ほどまで心に渦巻いていた怒りが急に虚しさに変わった。


 「いいえ……もういいわ。ありがとう、ノエル」


 静かに店を出て、馬車に戻った。


 「ユージェニー!」


 マリーズが心配そうに私を見ている。


 「マリーズ、やっぱり……アベル様は浮気していたみたい」


 「なんてこと……」


 ノエルから事情を聴いたマリーズは驚きで口元を手で押さえ、そして、私を強く抱きしめた。


 「マリーズ、私、すごく悲しいの……おかしいわよね」


 浮気の尻尾を捕まえてやる、と意気込んでいたはずなのに。


 (それなのに……ぜんぜん嬉しくないじゃない)

 

 「ユージェニー、夫に浮気されたら誰だって傷つくわ……」


 「でも、アベル様のこと好きじゃないのに、どうして……」


 「ユージェニー様……誰かに裏切られるのは辛いものですよ」


 「ノエルの言う通りよ。ユージェニーが悲しくなるのは自然なことなのよ」


 

 ――マリーズとノエルに慰められながらクレマン家に戻った。


 (彼女、すごく嬉しそうな笑顔だったわ。今ごろ二人は……)


 彼女を見るアベル様の優しい表情が頭から離れない。


 「ユージェニー、これからどうするの?」


 「もちろん、アベル様を問い詰めるわ」


 「白を切ったら?」


 「通用しないわ。この目で見たのだから」


 「あまり無理しないで……だって、あの女性は怪しすぎるもの。抱えきれないようなら、フィリップおじ様に相談するのよ。ああ、もう夜が明けそうね。少し眠った方がいいわ」


 窓の外にはきれいな朝焼けが広がっている。


 (今日は雨かしら……)


 ベッドに入った後の記憶は曖昧だけれど、ずっとマリーズが私の手を握ってくれたことは覚えていた。

 

 ◇


 「お帰り、ユージェニー。昨日は楽しかったかい?」


 「ええ、お父様」


 「どうした? 元気が無いようだが……」

 

 「マ、マリーズとはしゃぎすぎちゃったの」


 「やぁ、お帰りなさい、ユージェニー。寝不足なら少し眠ると良いよ」


 平然とアベル様が私に声をかけてきた。


 (よくも……他の女性と楽しんでいたくせに)


 私は返事もせず、早足に自室へ向かった。


 「ユージェニー?」


 アベル様が追いかけてくるのが分かる。


 「ユージェニー、何かあったのかい?」


 急に手首をつかまれてバランスを崩し、アベル様の胸に倒れ込んでしまった。


 「何もないわ!」


 アベル様を力いっぱい押し退けたがびくともしない。


 「ちょっと待って、僕には何もなかったように見えないな」


 「もう離してよ!」


 「お嬢様!?」


 そこへダンが慌ててやってきた。


 「アベル様、お嬢様はお疲れのようですので……」


 「僕は心配で……分かったよ。ユージェニー、また後でね」


 アベル様は納得していない顔つきだったが、ダンが間に入り、おとなしく立ち去ってくれた。


 「お嬢様、手首は大丈夫ですか? ニナに言って、少し冷やしましょう」


 「ええ……ニナにお茶もお願いして」


 アベル様に掴まれた箇所が薄っすら赤くなっている。


 ニナが来るまで静かにベッドに横たわった。


 「私……何がしたいのかしら。上手く取り繕ってあしらえばいいだけなのに」


 「お嬢様、お疲れでしょう。カモミールティーをご用意しましたよ」


 ニナがカップにお茶を注ぐと、ふわっとフローラルな香りが鼻をかすめる。


 その香りに誘われて、どんどん瞼が重くなってきた。


 「あら、お嬢様、眠ってしまわれたのね」


 ニナはそっと布団を掛け、静かに出て行った。


 ◇


 「ダン、昨日はクレマン家で何があった?」


 「クレマン家を見張らせていた騎士の話では、夜遅くにマリーズお嬢様と馬車でお出掛けになったと」


 「夜遅くだと? マリーズとどこへ行ったんだ?」


 「町外れの小さな酒場です。店には、お嬢様とクレマン家の騎士ノエル卿……お二人だけで入ったようです」


 「酒場だと! しかも男と二人で? どういうことだ?」


 ユージェニーの父フィリップは、驚きと怒りで持っていたペンをへし折った。


 「旦那様! そ、その……どうもアベル様の浮気を疑ったお嬢様が、マリーズお嬢様を頼られたようです」


 「ハァー、それでアベル卿は浮気していたのか?」


 「見張りの騎士もはっきり現場を見ていませんが、どうも女性と店の二階で朝まで居たようです」


 「あの小僧め! ユージェニー、もうそんなにアベル卿を慕っていたとは……元気がないはずだ」


 (先ほど、お嬢様とアベル様が揉めておられたのは伏せておくか……)


 「相手の女性は平民か?」


 「少なくとも貴族令嬢ではないでしょう。詳しくお調べしますか?」


 「ダン、任せたぞ」


 (契約結婚の……しかも婿養子の分際で浮気とはな。まぁ、いい、アベル卿のお手並み拝見といこうか)

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