24.予想が当たっても嬉しくないこと
いよいよ金曜日の朝が来た。
いつものようにお父様とアベル様の三人で朝食を共にしている。
「ユージェニー、今夜はクレマン家で過ごすのか?」
「ええ、お父様、久しぶりのお泊りで楽しみにしているの」
「しかし、マリーズと出歩くのはともかく外泊とはな。独身の令嬢とは立場が違うのだぞ」
「お義父様、僕は一向に構いませんよ。むしろ、妻が楽しく過ごしている方が幸せですから」
(よくもまぁ、どの口が言うのかしら? 今日の外出に都合が良いと思っているくせに!)
「私は、心の広いアベル様と結婚したことを感謝しなければいけませんわね」
そろそろクレマン家に向かおうと部屋を出ると、アベル様が扉の前に立っている。
「あら? どうしたのです?」
「いや……急に外泊すると言い出したから」
(変に勘が働くのね)
「マリーズに悩みがあるみたいで。ほら、年頃ですもの。縁談とか色々あるでしょう?」
「ああ、確かにクレマン家ともなれば引く手あまただろうね。マリーズ嬢も清楚な美人だし、僕も何人か密かに慕っている令息を知っているよ」
清楚な美人……その言葉に反応して、キッとアベル様を睨んだ。
「ん? まさか、嫉妬しているのかい? 僕は……ユージェニーが一番美しいと思っているよ」
「嫉妬ではありませんわ!」
自分でもなぜ反応したのか分からない……。
(きっと、他の女性にばかり興味を持つ男性への嫌悪感ね)
「も、もう行かなきゃ。アベル様の今日のご予定は?」
「僕は……訓練もないし、ずっと屋敷にいますよ」
(まぁ、平然と嘘をつくのね)
「ユージェニー、夜はクレマン家から出ないように」
「えっ? どういうことかしら?」
「そのままの意味だよ。夜は危ないからね」
(わざわざ部屋に来てまで言うなんて、絶対何かあるわね)
私はアベル様への疑念で頭がいっぱいになった。
◇
ノエルがサレット家の近くで、アベル様の外出を見張ってくれている。
私とマリーズはクレマン家でノエルからの連絡を待った。
「ユージェニー、本当に後悔しない?」
「後悔は……しないわ」
「なら、何も言わないわ。こんな時に言う話でもないのだけれど、どうしても泣きボクロさんのことが引っかかるのよ。結婚式の日、ロベル様が求婚状を送ったはずだと言ったのよね?」
「ええ、そうよ。それがどうしたの?」
「整理してみたの。泣きボクロさんは謎が多いけれど、ロベル様、ドット公爵様――あなたに関わる人ばかりと接点があるわ。偶然にしては、出来すぎていると思わない?」
「……言われてみれば」
「ダルボン家の木札を持っていた彼女は、ロベル様の協力者と考えるのが自然だわ。恋人関係なら尚更ね。あなたとの結婚を強く望んでいたロベル様にとって、急に興味を示し始めたドット公爵様は脅威に感じたはずよ」
「それで、恋人を使ってドット公爵様を牽制した……? そんなことをさせてまで地位や名誉が欲しいなんて。剣の腕ひとつで副団長を掴んだ方がどうして……」
「ユージェニー、甘すぎるわ、逆よ。ロベル様は、副団長までは実力だけで掴めた。だけど、もっと高みを目指していたら? そこに血統という大きな壁が立ちはだかっていたとしたら?」
マリーズの言葉が、いやに真実味があるように聞こえる。
「すべては憶測だけれど、今までの状況で私も分かっているわ。ロベル様は私を見ているのではなくて、私の持っているものを見ているって」
「ねぇ、フィリップおじ様が求婚状を知らせなかったのは、ロベル様の恋人の存在を知っていたからじゃない?」
「……辻褄は合うわね。でも、もう私は結婚したのだから、ロベル様が恋人にまだドット公爵様を誘惑させる理由なんてあるかしら? それに、そもそも恋人が協力するかしら?」
「それもそうね……でも、まだ何かが引っかかるの。誰かにとっての利益……。ああ、ますます分からなくなったわね。でも、何かしらの複雑な思惑が絡み合っているように思えてならないわ」
私とマリーズはますます謎が深まるばかりで黙り込んだ。
(マリーズの言う通り、ロベル様や泣きボクロさんのことも気になるけれど、今はアベル様の不可解な行動を調べることに集中しよう)
私の夫はアベル様なのだから。
(夫の不貞を問い詰めるのは妻の役目。離婚はその後よ……)
コンコン、と窓を突く白い鳩が現れた。
マリーズが窓を開け、鳩の足に括り付けられた伝言を読んでいる。
「ノエルからだわ。ユージェニー、いよいよ出発よ!」
――ノエルから言われた場所で馬車を止め、マリーズと息を潜め待った。
「マリーズ……なんだか、ちょっとドキドキするわね」
「私もよ……不謹慎だけど、少しワクワクしているの」
私たちはピクニックに行く子供のように、なぜか気持ちがはしゃいでいた。
「ユージェニー様、アベル様がおられる場所にご案内します」
突然、暗闇からノエルが現れた。
「きゃっ、ノ、ノエル? 分かったわ」
私たちはノエルに言われた通り、装飾のないシンプルな装いをしている。
馬車を下りて歩き出すと、私たちの姿は見事に街に溶け込んでいた。
「あそこです」
ノエルが指さした先は、小さな酒場だった。
「あそこにアベル様が?」
「はい、ユージェニー様……中に入りますか?」
「ちょっと、ノエル、危険だわ。ユージェニー、だめよ、外で待ちましょう」
「……ノエル、私、あの酒場に入りたいわ」
ノエルは静かにうなずいた。
「ですが、お連れできるのはユージェニー様だけです。お二人を連れては目立ちすぎます」
「でも、マリーズが……」
「お嬢様は馬車でお待ちください。クレマン家の騎士に馬車を見張らせていますので」
「そうね、酒場に若い女性二人を伴うのは目立つわね。今回はノエルの言う通りにするわ」
そうして私は、ノエルとその小さな酒場に入った。
ノエルは私が目立たないように、小柄な男性用のマントを用意してくれていた。
顔を隠すようにフードを被り店内に入ると、男たちが陽気にお酒を楽しんでいる。
すぐに元気な女性が席に案内してくれた。
「いかがわしいお店ではなさそうね。アベル様はどこにいるの?」
「あちらのカウンターに座っています」
運ばれてきた料理を食べながら、カウンターに目を向けた。
アベルもマントで顔を隠し、静かにお酒を飲んでいる。
「あれがアベル様なの? ひとりね……。あら、このシチューおいしいわ」
「シチューが名物だそうですよ。確かに、お一人ですね。アベル様は息抜きに来ているだけではないですか?」
「こんな遅い時間にこっそり?」
「まぁ、立場を考えると面倒も多いでしょうし、誰にも邪魔されたくないのでしょう」
「ちょっと……ノエル! まるで私が面倒な人みたいじゃない」
ノエルは少し肩をすくめて、両手を軽く広げた。
「あっ、それどういう意味よ!」
「シッ、ユージェニー様、お静かに」
ノエルを見ると、目線だけで店に入って来たばかりの女性を追っている。
私も同じように、マントのフードを被り顔を隠した女性の行動を目で追った。
キョロキョロしながら誰かを探しているようだけれど……。
相手を見つけたのか、一瞬で女性の顔が可憐な花のように綻んだ。
女性が嬉しそうに駆け寄った人は……アベル様だった。
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