23.不可解な外出
ニナからは目ぼしい情報もなく足踏み状態に、ふと、執事のダンなら何か知っているかもと思いついた。
(できるだけ自然を装って聞かないと、お父様に報告されてしまうわね)
「ダン、ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」
忙しそうに屋敷内を行き来しているダンを呼び止めた。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「ア、アベル様の仕事って……騎士としか知らなくて。ほら、妻なのに何も知らないのはいけないでしょう? アベル様がいつ、どこで、何をしていらっしゃるのか把握するのも妻の務めだと思うの」
ダンは私の顔をジッと見つめて、どこまで言うか悩んでいるように感じた。
「そうですね……。アベル様は、騎士としての訓練や街の警備をされていますよ。それから、時折、旦那様から執務を教わったりも……」
「ふーん、もうお父様から執務も教わったりしているのね」
「そうですね。何事も無ければ、いずれはサレット家の騎士団を率いて、執務に専念することになるでしょう」
「お父様のように重臣に登用される場合もあるわね」
「アベル様は、フィリップ様の後を継がれ侯爵家当主となられますから、その可能性は十分ございます」
「それなら、外出は街の警備かしら?」
「恐らく……」
「ダンはアベル様の外出をすべて把握しているの?」
「い、いえ、すべてを把握しているわけではありません」
一瞬、ダンの目が怪しく宙を泳いだのを見逃さなかった。
(ダン、隙あり!)
「お父様の右腕のあなたが、屋敷のすべてを把握していないなんてあるのかしら? 本当は何か知っているのではなくて?」
「何かとは……なんでしょう? それに、お嬢様、買い被り過ぎです。さすがにすべてを把握するなど、無理がありますからね」
「そうかしら? まぁ、もういいわ」
ダンは何かを隠している、直感的にそんな気がした。
(今は、アベル様の外出に何かあると分かっただけで十分よ)
これ以上、ダンを追及することは諦めた。
――しばらくして、やっとニナが何かを掴んだらしく、少し躊躇いがちに教えてくれた。
「お嬢様、最近……アベル様には決まった外出があるようですわ」
「それはいつなの?」
「必ず、金曜日の深夜0時頃にお一人で外出されます」
「皆が寝静まる頃ね……。屋敷に戻る時間は分かるかしら?」
「はい、朝方4時頃かと」
「ちょうど使用人たちが起き出す前の4時間……。それがアベル様と断言できる?」
「は、はい。私は、眠れない時に寮の部屋から外を眺めるのですが、ちょうど厩舎が見える位置で……」
「厩舎に入る人影が見えたのね。でも、寮と厩舎は離れているじゃない。顔までは見えないでしょう?」
「はい、不審者かと……急いで厩舎まで確かめに行ったのです。それで木陰からうかがっていたら、アベル様が馬に乗って出られるご様子でした」
「そう……」
「それから毎日同じような時間帯に、厩舎の出入りを窓から確認することにしました」
「毎週金曜日の同じ時間に厩舎から出る人影を見るようになったと」
「……はい、お嬢様がアベル様の外出を気にされていましたし、注意深く観察しました」
「呆れた。毎週、そんな時間に外出するなんて」
(もう間違いないわね)
「ありがとう、教えてくれて。でも、この事は他言無用よ。分かった?」
「もちろんでございます。お嬢様以外には話しておりません」
「それから、これからは不審者を見たら騎士に任せるのよ」
私の専属侍女になって長いニナの目を見れば、嘘をついていないと分かる。
(アベル様、せいぜい楽しむといいですわ。こうなったら、尾行でも何でもして、決定的な証拠を掴まなくちゃ!)
◇
「それで……ノエルの助けを借りたいの」
「ユージェニー、あなたねぇ、アベル様を尾行するだなんて」
マリーズとノエルが顔を見合わせて、困った顔をしている。
「この間は協力してくれるって言ったじゃない!」
「そうだけど、尾行だなんて危険だわ」
「だから、ノエルの助けを頼んでいるのよ」
「それなら、ノエルに尾行をお願いして私たちは報告を待ちましょう。あなたが行く必要はないでしょう?」
「私がこの目でちゃんと確かめたいの!」
時間が巻き戻る前、信じて疑わなかった……いえ、真実と向き合わなかった私のせいでお父様は命を落とし、私も死んだのだ。
(ジョセフとロベル様……彼らの黒い思惑に気づけなかったのは、私が自分にとって心地よい面しか見ようとしなかったからよ)
「どうしてもと言うなら、私も行くわ」
「えっ!?」
今度は私とノエルが、驚いて顔を見合わせた。
「お嬢様、いけません」
「ノエル、ユージェニーは良くて私がダメな理由はないはずよ」
「ちょ、ちょっと待って! そんな二人を言い争わせるつもりじゃないの」
「いいのよ、ユージェニーは気にしなくて。私の護衛騎士なんだから、私に従うべきでしょう」
「お言葉ですがお嬢様、私の主は旦那様です」
なぜかマリーズとノエルの間に不穏な空気が漂い始めた。
(なんだか、いつもの二人とは違う気がするわ。何かあったのかしら?)
「マリーズ、こんなことに巻き込もうとして、ごめんなさい。私が解決すべきことなのに」
「違うわ! 私たち親友なのよ。ユージェニーのことが心配で……」
「同じように……私もお嬢様のことが心配です」
「それは護衛騎士としてよね? でも、お父様の命令が私の護衛ならば、私の行き先に口を出すべきではないわ。あなたは、あくまでも私の護衛だけをすればいいのよ」
さっきから聞いていると、いつもとは違ってマリーズの言葉に棘がある。
ノエルにどこか苛立っているような……。
(本当に、どうしたのかしら? こんなに駄々っ子のようなマリーズは珍しいわね)
二人の主従関係を超えた仲の良さを見るにつけ、いつも思うことがあった。
マリーズのお父様、ケビンおじ様が平民のノエルを護衛騎士にしたのは、ずば抜けた剣の腕だけではないと。
年も近く飾らない性格のノエルなら、兄のような温かさでマリーズの寂しさを紛らわせてくれると、ケビンおじ様は考えたのだろう。
(私にもそんな護衛騎士が欲しかったな……)
私とマリーズは、早くにお母様を亡くしている。
その寂しさの共有が、私たちの絆をより深いものにしているのかもしれない……。
「まったく、もう、フウッ――何を言っても聞いていただけそうにありませんね。分かりました。お嬢様方、無理は禁物ですよ」
ノエルが降参とばかりに手を挙げると、私とマリーズは手を合わせ、少女のように小さく飛び跳ねて喜んだのだった。
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