22.信じたい? 信じられない?
「おや? アベル君、どうやら今日は夕食に間に合ったようだね」
このところ帰りの遅いアベル様に、お父様がチクリと釘を刺す。
「お義父様こそ多忙の身、お帰りも遅いと聞いていますが……僕が帰るときに限って食卓にいらっしゃる気がしますね」
「ハハッ、娘が一人寂しく食事をしていると聞いて、気を揉むのは当たり前だろう。娘を守る役目は君に譲ったはずなのだが……それとも、夫婦水入らずの時間を私が邪魔してしまったのかな?」
(どうして二人は顔を合わせるとこうなのかしら?)
「お父様もアベル様も、ご自分の仕事に集中なさって下さい。私はもう子どもではありません。毎日、朝食で顔を合わせていますし、私はそれで十分ですわ」
そんなやり取りもあり、アベル様は早く帰られるようになったのだけれど……。
屋敷の者が寝静まる頃、私の眠りを確かめると、アベル様はたびたび屋敷を抜け出すようになった。
(今夜もどこかへ行くつもりね)
私が気づいているとも知らず、寝室のドアをそっと閉めアベル様は行ってしまった。
(もうこれで何度目かしら……やっぱり放蕩息子で女性好きという噂は本当だったの?)
◇
今日は、マリーズが古文書について話があると言い、『ブロン』で会うことになっていた。
いつものように一番日当たりの良い個室へ案内されて中に入ると、すでにマリーズが笑顔で待っている。
「ユージェニー、今日はいいお天気ね。窓を開けてもらったのだけれど、その方が気持ちいいでしょう?」
マリーズのチョコレート色の髪が、室内に差し込む柔らかな日差しを受けて、艶やかな絹糸のように光をまとっている。
(マリーズの髪がキラキラして、きれい……)
「ええ」
「なんだか浮かない顔ね」
席に座ると、開け放たれた窓から外の噴水の音がかすかに聞こえ、ふわりと風が頬を撫でた。
「気持ちいい……」
思わず私は呟いた。
けれど、アベル様の不審な行動に囚われている私の気持ちは晴れず、気づけばマリーズに心の鬱憤をさらけ出していた。
「ちょ、ちょっと、待って、ユージェニー。頭が追いつかないわ。早く帰るようになった夫が、夜な夜な外出するようになり、あなたは女性との逢引きを疑っているのね?」
「だって、おかしいじゃない! 皆が寝静まったのを見計らって、たびたび外出する夫なんて」
「まぁ、少し落ち着いて……朝には隣で寝ているのなら、夜の街の巡回とか、騎士団のお仕事かもしれないでしょう?」
「そんなのこじつけだわ。やっぱり、アベル様は噂通りの人だったのよ……」
「ユージェニー、社交界の噂なんていい加減なものだと、あなたも知っているでしょう? それに、ロベル様はともかく、アベル様はまだ分からないじゃない」
「コソコソしているのがその証拠だわ。みんなして私には本当の顔を見せないなんて……私のことを都合の良いかもにしか思っていないのよ!」
ドレスをぐしゃぐしゃと握りしめた私に、マリーズは少し困ったような顔をして近づくと、ドレスと私の手を引き離した。
「ドレスが皺になるわ。ねぇ、決めつけるのは良くないと思うの。まずはアベル様に素直に聞いてみるのはどう? あなたたち夫婦でしょう?」
「でも、火のない所に煙は立たぬと言うじゃない。こうなったら、絶対に尻尾を掴んで離婚するわ!」
マリーズが呆れ顔で私の肩をポンポンと叩く。
「チャンスもあげないの?」
「何も聞かない――これは、チャンスをあげているのよ。アベル様が浮気もしないで本当に一途なら、私も負けを認めるわ」
「うーん、チャンスをあげたことになるのかしら? それに、夫婦は勝ち負けじゃないと思うけど……」
もう私の耳にマリーズの声は届いていなかった。
「マリーズ、協力してちょうだい。お父様にバレないように調べなきゃ。ノエルの助けも借りるわね」
「それは良いけど、危険なマネはしちゃダメよ。でも……アベル様の浮気を見つけても傷つかない?」
「どうして私が傷つくの?」
「んー、二人のやり取りを聞いてたら、相性が良さそうだから……」
「そんなこと……アベル様は私に一目惚れしたように言うけれど、もう信じられないわ」
(ユージェニー、あなたがそれを言ってしまったら元も子もない……なんて今は言えないわね。それこそ火に油を注いでしまうもの)
「でも、私の目には、ロベル様よりアベル様と過ごすあなたの方が、自然で素直に振舞っているように映ったのだけれど」
「そんなの、私がアベル様のことをどうでもいい人だと思っているからだわ」
私が鼻息荒く息巻いた。
「ユージェニーったら、本当にそうなのかしら……。古文書のことだけれど、それどころではなさそうね。また改めてにしましょう」
◇
マリーズに胸のつかえを吐き出しすっきりした私は、屋敷に戻るとすぐにニナを呼んだ。
「ニナ! ちょっと耳を貸してちょうだい」
カクカクシカジカ。
「お、お嬢様、それは……アベル様の行動を見張るということでしょうか?」
「ちょっと大きな声を出さないで。アベル様の怪しい行動を見たら教えて欲しいの」
「お嬢様とアベル様は仲がおよろしいのに、なぜそのような……」
「ニナ、今は理由を聞かないで。お願いよ」
「……わ、分かりました」
少し不安そうなニナを尻目に、なぜか私は意気揚々として、すでに鬼の首を取ったような気分だった。
それほど、アベル様を懲らしめたいという気持ちが大きく膨らんでいたのだ。
(絶対、浮気しているに決まっているわ! ロマンス小説の放蕩息子はみんなそうだもの)
鼻歌を歌いながら廊下を歩いていると、騎士団から戻ったアベル様と鉢合わせた。
「あら、今お戻りなの? 出迎えもせずに、ごめんなさい」
「いつ戻るなんて分からないんだから、気にしないで。……それより、なんだか嬉しそうだね」
「うふふ、分かる? アベル様、せいぜい気をつけて下さいね」
(なんだ、この不敵な笑みは? また、くだらない事を企んでいるんじゃないだろうな)
「気をつけるって何をかな? ああ、騎士団では怪我をしないように、できるだけ気をつけているよ。ハハッ、でも嬉しいよ、僕の心配をしてくれるなんて」
「ええ、アベル様の化けの皮がはがれないか、心配していますの。どうか、調子に乗り過ぎて火傷などしませんように」
(化けの皮? 火傷? ハァー、誰から何を吹き込まれたのやら。やっぱり……このお嬢様はろくなことを考えないようだ)
「アハハ、怪我は怪我でも、そちらの怪我ですか。ふーむ、僕はユージェニーが思うより品行方正ですよ」
「その言葉! 肝に銘じて下さいね」
私はビシッとアベル様を指をさし、決めポーズをして颯爽と立ち去ってやった。
「あっ、ユージェニー、食堂は反対だよ! そっちは玄関だ。夕食を一緒にするんじゃないのかい? って、ぜんぜん聞いていないな。せっかく早く帰って来たのにさ」
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