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21.深まる謎

 ノエルは気配を消し、私が指差す方を本の隙間からそっと覗いた。


 「あれは……泣きボクロのある、栗色の髪のべっぴんさん?」


 貴族令嬢というには質素な身なりだが、白い小さな襟の付いた濃紺のワンピース姿はとても清楚で、図書館の風景に溶け込んでいる。


 それは、普段は男性の関心を惹くであろう容姿を、巧みに目立たなくさせているように感じた。


 「特徴から言うとそうなるわね。だって、そんな人、そうそういないでしょう?」


 「まぁ、そうですね。偶然とはいえ、こんな所で出会うとは……いや、貴族の密会なら最適でしょうね」


 ノエルが勘ぐるのも無理はない。


 そこにはもう一人、マントのフードを目深にかぶる背の高い人物がいたのだ。


 「相手の方は男性のようね。ロ、ロベル様かしら……」


 「どうでしょう? あれでは相手の顔は見えませんね。私が回り込んで確認しましょうか?」


 私たちは彼らと本棚2つ隔ててはいたが、コソコソと話していたからだろうか、男がフードをほんの少しだけ持ち上げ、こちらに鋭い視線を送った。


 (ハッ! どうして……?)


 私は衝撃で体が凍りついた。


 ――その瞬間。


 ノエルが素早く私の頭を下げたかと思うと、彼らの視線を避けるように中腰のまま私を抱え、隣の書庫に移動した。


 「ノ、ノエル……急に私を荷物のように運んだりして、びっくりするじゃない! ただでさえ心臓が止まるかと思ったのに」


 「申し訳ありません。ですが、あのままだと、男の方に気づかれるところでしたよ」


 「……ありがとう、お陰で助かったわ。と、とにかく古文書探しは改めるとして、まずはここから離れるのがよさそうね」


 マリーズを見つけると事情を話して、すぐに帝国図書館を後にした。


 私たちは疲れた脳を休めるために、いつものティー・ルーム『ブロン』へ向かった。


 ここは上流階級用の個室があり、自由を謳歌する令嬢たちにとって使い勝手がいいという理由で人気の店なのだ。


 「そのユージェニーとノエルが見た女性は何者なのかしら? 帝国図書館にいたということは貴族なのよね」


 「お嬢様、そうとも限りませんよ。例えば、貴族家の使いの者や……コホンッ、これは悪い例ですが、高位貴族の愛人などは印章付きの委任状を見せれば入れますから」


 「それなら、私たちの見た女性が、貴族もしくは貴族と関わりがあることは間違いないわね。素性が知りたいわ」


 「ユージェニー、それはただの興味本位? それともロベル様への腹いせ? もしかして、相手の方はロベル様だったのかしら?」


 「腹いせだなんて……た、ただの興味本位よ。ロベル様が二股をかけようとしていたのか、彼女から乗り換えようとしていたのか……共謀して騙そうとしていたのか。ううん、それよりもっと大事な理由があるの……」


 「分かったわ、未練じゃないのね。まだ、ロベル様が何か仕掛けてくる可能性もあるし、調べておいて損はないかも」


 「では、お嬢様、ユージェニー様、私が帝都図書館の受付で、女性と男性の入館記録を調べて来ましょう」


 「ノエル、お願いね。ユージェニー、相手の方のお顔は見えなかったの?」


 私は先ほどの動揺がよみがえったせいで、ソーサーに置こうとしたティーカップの手元が狂い、ガチャンと音を立てた。


 「もう、分かりやすいんだから……見たのね。そんな一瞬で分かったということは、身近な方だったの?」


 「身近……ではないわ。あの方は――ジョセフ……ドット公爵様だった」


 マリーズとノエルはよほど予想外だったのか、驚きのあまり言葉を失っている。


 「み、見間違いではないの?」


 「私は長い間……ドット公爵様しか見ていなかったのよ」


 (間違えるはずもないわ。私を見下すような冷たい眼差し……狂おしいほど美しい赤い瞳を)


 再び、三人に沈黙が流れた。


 「マリーズ、私、なんだか嫌な予感がするの」


 「そうね。まずは、あの女性の素性を調べることから始める必要があるわね」


 ◇


 ノエルが帝国図書館で調べてくれた情報では、確かにドット公爵家の名前での入館記録は存在したが、ジョセフではないドット家の騎士の名前が記載されていた。


 そして、女性の方は入退館記録から一人の名前に絞られたのだが……。


 (ダルボン家だなんて……一体、どういうこと? ナタリー……? ダルボン家の印章付きの木札を持ってたというのだから、間違いはないのでしょうけれど。ダルボン家にそんな令嬢は存在しないわ。侍女なのかしら?)


 貴族たちは身分を証明する品として、家紋を刻印された小さな木札を持ち歩いている。


 上流貴族ともなると、木札ではなく貴婦人は指輪やペンダントなど、紳士は懐中時計や指輪などの装飾品にするのがステータスだった。


 もちろん特別な技術を持つ皇宮まで出向いて作成を依頼し、家門ごとに厳重に管理されているものなので偽造するのは難しい。


 「ユージェニー、ずいぶん難しい顔をしているね。夜更かしは美容に悪いのではないのかな?」


 アベル様が()()()騎士団での仕事を終えて、音を立てないようにそろっと寝室に入ってきた。


 「おかえりなさい。ちょっと考え事をしていたの……って、今日もずいぶんお仕事熱心ですこと。放蕩息子と聞いていたのに、本当にお仕事ですの?」


 私はベッドから起き上がり、なぜか苛立ちをぶつけるように少し意地悪くたずねた。


 (最近、『影狼』の任務が忙しくて、どうしても帰りが遅くなるんだよなぁ。だから、結婚すると動きにくくなるって、陛下にも申し上げたのにさ。まったく、レディが完全に怪しんでいるじゃないか)


 アベル様が笑顔で黙った数秒、必死に言い訳を考えているような気がした――これは、私の女の勘なのだけれど。


 「あら、妻にも言えないお仕事だなんて。辺境伯騎士団のお仕事はずいぶん秘密主義なのですわね」


 拗ねたようにベッドに倒れ込むと、頭からすっぽり布団をかぶった。


 「アハハ……えっと、ほら辺境伯騎士団といっても、出張部隊が皇室騎士団に居候させてもらっているような身だろ。だから、雑用を色々頼まれてしまうんだよ」


 (いやー、自分で言っていてなんだけど、この言い訳は苦しいぞ)


 その言葉を聞いて、私は素早くベッドから身を起こし布団を払いのけた。


 「えっ? そうなの? 私、そんなこと知らなくて……辺境伯騎士団といっても小さな部隊だと大変なのね。てっきり、アベル様は形だけのお勤めだと思い込んでいたから……ごめんなさい」


 (嘘だろ!? 納得しちゃったよ。どれだけ素直なんだよ!)


 「いやー、分かってくれたならいいんだよ。明日は早く帰るようにするから。おやすみ、ユージェニー」


 アベル様はろうそくの灯りをふっと消すと、私に布団を丁寧に掛けてから隣で横になった。


 (明日は何があっても、ぜったいに早く帰るからな! ルディのやつに全部押し付けてでも、僕は帰るぞ!)

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感想へのお返事は控えさせて頂きますが、大切に読ませていただきます。

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