19.終わる恋もある
「心に引っ掛かっていること?」
「ええ。一度、ロベル様と街へ出かけたことがあったでしょう? ニナのお土産を買うために、露店へ案内してくださったのだけれど……」
「そう言えば、あなた、気にしていたわね。泣きボクロのある、栗色の髪のべっぴんさん」
「マリーズ、覚えていたの? そうよ、店主のおじいちゃまがはっきりそう言ったの」
(今、話した方がいいのかしら? セレナさんから聞いた、ロベル様に他に女性がいるかもという話……)
急に難しい表情をしているマリーズに、ノエルがそっと小声で何かを伝えている。
「お嬢様、そのお話はユージェニー様がご自分の目と耳で確かめられた方がよろしいかと」
「そうね」
二人の相談ごとが済んだのか、マリーズが私の目を見ながら尋ねた。
「それで、ユージェニーはどうしたいの?」
「店主のおじいちゃまにお話を聞きたいわ。私の知らないロベル様のことを知る手がかりになるかもしれないから。マリーズも一緒だと頼もしいな……なんて」
「そんなの一緒に行くに決まってるでしょう。あなたを一人で行かせたら、何が起こるか分からないわ」
「では、お嬢様方、今からご出発されますか?」
私たちは息ぴったりに声を合わせた。
「さすが、ノエル!」
――こうして私たちは、少し日常とは違った冒険に行くようなドキドキを抱え、その露店へ向かった。
向かう馬車の中はマリーズと二人きり。
ノエルは馬で馬車と並走している。
「ユージェニー、ぼんやりして。知るのが怖い?」
「えっ……あっ、ぼんやりしていたのは別のことを思い出していたの」
「別のこと? 忙しい人ねぇ」
「えへへ、アベル様から『ラピスラズリの杯』にまつわる神話を聞いて、なんだか頭から離れなくて」
私はマリーズに神話を聞かせた……アベル様ほど情感たっぷりとはいかなかったけれど。
「美しくも悲しいお話ね。それもこの国の建国と繋がっているというのも神秘的なのだけれど、気持ちの良い国づくりではないわね」
(私の時間が巻き戻ったのも、何か杯の力が働いたのよ。ジョセフとの結婚は回避できたけれど、もし……今世でも杯の力のことをジョセフが知ったら、また必ず手に入れようとするわ)
「ユージェニー、顔色が悪いようだけど、不安なら行くのをやめてもいいのよ」
「違うの……大丈夫よ」
過去と今世――ジョセフと杯、神話のことを考えているうちに、何か大事なことを見落としているような気がして、嫌な予感がしたのだ。
(正直、泣きボクロさんのことは、どうでもよくなってきたのだけれど……いいえ、ちゃんと自分で決着をつけないと)
「そのわりに表情が硬いままよ。心配しなくても、何もまだ起こっていないわ。ロベル様とお付き合いしていたわけでもないでしょう?」
「え? ええ、たとえ恋の始まりをお互い感じていたとしても、今の私は結婚をした身。政略結婚が恋愛結婚より愛が無い? でも、まだ私は不幸になっていないわ」
「そうよ。ロベル様がまるでこの結婚が不幸せのように仰ったようだけど、私もユージェニーが不幸になるとは思っていないわ。むしろ、心から祝福しているのよ」
「ありがとう。マリーズのおかげで、少しずつ心の整理がついてきたみたい」
「あなたには私がいる。フィリップおじ様も……それにアベル様もね。ねぇ、なんだか露店に着く前に答え出ていないかしら?」
「だめ。ちゃんと一度ついた火は自分で消さないと。これでも私自分のことは分かっているの。また、揺さぶられたりしたら――」
「火がつくのよね。ユージェニーは根っからの恋愛体質だわ」
「そう言うマリーズだって、分からないわよ。まだ知らないだけで……ね」
私たちは『ウフフフ』と悪女を演じるように、悪戯っぽく笑った。
◇
コンコン。
ノエルが馬車の窓を軽くノックする。
「お嬢様、ユージェニー様、露店の近くに着きました」
私とマリーズは用意していたマントを身につけると、ノエルを従えて露店へ向かった。
しばし客が立ち去るのを待って、私は店主のおじいちゃまに緊張気味に声をかけた。
「あ、あの……」
「いらっしゃい! 何をお探しかな? おっ、このブローチなぞ、お嬢さんの青紫の瞳に似合いそうじゃよ」
おじいちゃまが、花をかたどった青紫色のブローチを私の瞳に近づけた。
「あら、本当だわ。おじいちゃま、この花は矢車菊かしら? ユージェニーの瞳の色と似ているわよ」
「そう? 鏡がないわ。……って、私たちお買い物に来たわけじゃないのよ! 私のこと覚えていらっしゃらない?」
私は深くかぶったフードを軽くずらした。
「その赤い髪……一度、ロベルの旦那と来たお嬢さんかい?」
「ええ、そうよ。おじいちゃまにロベル様のことで聞きたいことがあるの」
おじいちゃまは、私たちが貴族と気づいたのか身構えている。
「そう警戒しないでくれ、ほんの少し話を聞くだけだ。迷惑は掛けないと約束しよう。これは商売の邪魔をしたお詫びとして、受け取ってくれ」
慣れた様子でノエルが金貨を一枚、おじいちゃまの懐に滑り込ませた。
「あ、ありがとよ。お嬢さんらは悪い人には見えねぇ。それで、ワシに何が聞きたいんです?」
「ロベル様は私以外の女性を、何人もこのお店に連れて来ているのでしょう?」
何人も……これは私のハッタリだ。
おじいちゃまは「やれやれ」という表情を浮かべ、話し始めた。
「ロベルの旦那は、定期的に街を見回ってくれて……弱い者が困っていたら助けてくれるんです。それにあの容姿だぁ、言い寄る女性も多くてな……」
「それで、色々な女性をこのお店に連れてきて口説いているの?」
「まさか、女性たちには一度も靡いてはおらんよ。ただ……いや、その……」
「私のことは気にしないで続けて下さい」
「一人だけ、親密そうに見えた女性がいましてねぇ。それに……とても大切に思っているように感じて……よく覚えていたんですよ」
その時の感情を説明することは難しいけれど、とにかく言葉を失った私に代わって、マリーズが口を開いた。
「それを知っていたから、おじいちゃまはわざとユージェニーを連れて来たロベル様に、揺さぶるようなことを仰ったのね」
マリーズは私の手をそっと握った。
「これ以上は、お聞きすることもなさそうね。ユージェニー、もういいかしら?」
「……そうね。おじいちゃま、お話くださってありがとうございました」
私は会釈をし、くるりと背を向けて歩き出した。
「あっ、お嬢さん、その女性なんだが……」
ノエルがおじいちゃまの前に立ちはだかり、その言葉の先を遮った。
「ユージェニー、行きましょう」
「ええ」
決して、私は後ろを振り返らなかった。
――その時の私は、泣きボクロさんとは会うことはないと思っていたのだけれど。
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