14.離婚したいに決まってる
挙式を終え、気持ちがぐちゃぐちゃのまま教会を出ると、花やリボンで華やかに飾り立てられた『ウェディングキャリッジ』に否応なしに乗せられた。
「披露宴の夜会まで時間がありますが、一度、屋敷に戻って話し合いましょうか?」
ピンク髪の男……アベル……うぐぬぬぬっ、様が涼しい顔で話しかけてきた。
(どうして、そんなに冷静でいられるのよ! 私たち、挙式で初めて会ったのよ! こんなこと、ありえないでしょう? あっ、もしかして……)
「アベル……様、式場を間違えたのに言い出せず、成り行きで結婚してしまったのですね? サレット侯爵家が予行演習と公言すれば、式は無効にできますわ」
「レディの耳には、司祭様のお言葉は何一つ聞こえなかったようですね。それに――僕が花嫁を間違える間抜けに見えますか?」
私は穴が開くほどアベル様の顔を眺め、優しく微笑んだ。
「見えますわ……間抜けな新郎に」
「いや~、参ったな。聞いていたより、随分じゃじゃ馬のようですね」
「じゃ、じゃじゃ馬ですって? あ、あなた……なんて失礼な人なの……」
「ハハハ、通りで祝福してくれている人たちに、きちんと笑いかけながら手を振ってください。この馬車には二つの家紋がついているのですから。それに、レディは宰相のご令嬢ですよ」
「私だって立場くらいわきまえています!」
嬉し泣きならぬ悔し泣きで頬を濡らし、力なく手を振り返した。
「それより、この馬車は屋敷に向かっていますが、レディはそれで構いませんか?」
「屋敷? どこの屋敷ですの?」
アベル様がゆっくり手のひらを返し、私の方へ向けた。
「サレット侯爵家? あなた、まさか……婿養子なの!?」
「アハハハハッ、本当に宰相から何も聞かされていないのですね。ええ、そうですよ! 辺境伯家の次男ですので」
私は思わず叫び声を上げた。
「やだ、もう! 信じられないわ!」
屋敷に着くなり、アベル様の手を引っ張り私室に向かおうとする私をダンとニナが慌てて追いかけてきたが、目の前で扉をバタンと閉めた。
「僕に聞きたいことからどうぞ、レディ」
アベル様は私をソファに座らせ、悠然と向かいに座っている。
「ど、どうして、新郎がアベル様なのですか?」
「それは、レディのお父様に頼まれたからですよ」
「なんですって!? 私はロベル・ダルボン様と!」
「結婚の約束をしていたのですか?」
「ええ、そうよ! ロベル様は縁談を申し込むと約束して下さったわ」
「それで縁談の申し込みは来たのですか? 来なかったから、僕が新郎となっているのではありませんか?」
どんどん頭の中が混乱して、興奮が抑えられない。
「何もかもおかしいわ! 見ず知らずの相手と、突然結婚式を挙げるなんて……」
「レディのお怒りはもっともですが、ロベル卿が怖気づいたのかもしれませんよ。それに、お互いを知らないまま結婚する、政略結婚ではよくある話ではありませんか」
(ユージェニー嬢を挑発しすぎたかな? でも、こちらとしては、この結婚を令嬢に無理やりにでも納得させる必要があるからなぁ……。ああ、良心が痛むよ……少しね)
「レディ……泣かないんですね」
私は黙ってアベル様を睨みつけた。
(絶対に泣くもんですか! 過去の地獄に比べれば――)
自分にそう言い聞かせるうちに、少しずつ冷静さを取り戻し、考えがまとまり始めた。
「だって、泣こうが喚こうが、もう後戻りできないのでしょう? ……とりあえず、自己紹介だけでもしましょう」
「アハハハ、レディは肝が据わっていますね。僕は、アベル・ブルボンです。ブルボン辺境伯という名家に生まれましたが、見込みのない次男として帝都に追放された身です」
「なんだか、とても図々しい自己紹介ですわね。私は、ユージェニー・サレットですわ。ご存じの通り、侯爵家に生まれ宰相の一人娘で、まんまと『逆玉の輿』に引っかかった世間知らずよ!」
「僕が『逆玉の輿』? その感じ……良いな、うん、気に入った! あっ、そんなに睨まないでください。レディは、これからどうしたいですか?」
(この結婚は宰相から頼まれたと言ったんだけどなぁ。ユージェニー嬢は人の話を聞かない……いや、思い込みが激しいのか?)
何を考えているのか、喜々とした表情で私を見つめている。
(仲良くなれる気がしないわ。そうだわ、こんな人と仲良くする必要ないもの! 私ったら、どこまでお人好しなのかしら)
私の中で答えが決まった。
すーっと大きく息を吸い込むと、屋敷中に響くような大きな声を張り上げた。
「こんな結婚……離婚したいに決まってるでしょう!」
私の声がこだまして消えると、しばらく沈黙が続いた。
……。
「うーん、それは出来ませんね」
「どうして? 侯爵家の当主の座がそんなに欲しい?」
「レディは本当に世間知らずなようですね。離婚は正当な理由が無い限り出来ませんよ」
アベル様は眉尻を下げ、駄々をこねる子どもをなだめるような口調だ。
それが余計に私を苛立たせた。
「そんなの……なんとでもなるでしょう? アベル様にとっても、この結婚は不本意なはずだわ!」
「それは誤解です。僕はユージェニー嬢と結婚できて嬉しいのですよ」
(そりゃそうよね。家門から見放された次男が、宰相の義息子になって次期侯爵ですもの)
口を少し尖らせ、アベル様を睨みつけてやった。
「そこまで嫌われるとショックだなぁ。これでも令嬢たちからの人気は高い方なのですが」
「アベル様が嫌いとかではないの……ただ、私はロベル様を慕っているのよ」
「なるほど。ではロベル卿のことをどこまでご存じですか?」
「そ、それは、ダルボン男爵家の次男、皇室騎士団副団長で23歳のとっても強くて優しい方よ」
「それだけですよね。この僕を非難したいようですが、むしろ、男爵家の次男が侯爵令嬢をたぶらかして結婚を望む方が、僕にはしたたかだと思いますが」
「まるでロベル様に下心があって、私に近づいて来たかのように言うのね」
「可能性の話ですよ。それに話を聞いていると、ロベル卿の事をほとんど知らないレディが僕と結婚しても大差ないかと」
私だって、お伽話みたいにすべてがうまくいく恋なんて、どこかで信じ切れずにいた。
ロベル様のことを知らないのではなくて、都合の良い部分しか見ないようにしていたのかもしれない。
だけど、他の人から痛いところを突かれると、私の気持ちまで否定されたようで悲しくなった。
「お、お嬢様、そろそろ披露宴のご準備をしませんと……」
ニナが躊躇いがちに扉を開け、顔を覗かせている。
「ニナ……分かったわ。アベル様、今後のお話はまたにしましょう」
「そうですね。僕たちには果たすべき義務がまだ残っていますから。レディ、お手をどうぞ」
私から発せられる冷ややかな空気にも屈せず、飄々としているこの男に逆らうのを――諦めた。




