11.波乱のお茶会
私の知らないところで、お父様の思惑が蜘蛛の巣のように張り巡らされているとは思ってもみなかった。
だって、私はまだ目の前のお茶会に一生懸命だったもの。
――お茶会の当日は、早めにクレマン伯爵家へ向かった。
少し緊張した面持ちで会場の庭園へ通されたが、まだ誰も来ていない。
(私が早めに来たとは言っても、下級貴族の令嬢すらいないだなんて)
そこへマリーズが浮かない表情で迎えてくれた。
「ユージェニー、ちょっと困ったことになってしまって」
「困ったこと? マリーズ、どうして誰もまだ来ていないの? まさか……」
「その、まさかよ。どうやら、今日の私のお茶会とモンフォール侯爵令嬢のお茶会が重なったようなの。きちんと他の高位貴族のお茶会の日程を調べて、重ならない日を選んだのよ」
「マリーズは悪くないわ。そう言うことね……キャロラインなら企みそうなことだわ。マリーズのお茶会ですもの、仲の良い私が参加すると分かっていて嫌がらせをしたのね」
私とキャロライン・モンフォール侯爵令嬢が犬猿の仲なのは、社交界では有名な話。
同じ侯爵家令嬢で年齢も一緒。
あちらは貴族派の先鋒、こちらは皇帝派の先鋒、故に幼い頃から何かと比較された。
可憐な彼女と華やかな私――意識するのも馬鹿馬鹿しいほど違うのに、なぜか周りは比べて競い合わせたがった。
(まぁ、キャロラインは私のことが気に入らないみたいだし……)
「だけど、ここまでモンフォール侯爵令嬢が嫌がらせをするだなんて、今までになかったわ。ユージェニー、あなた……最近、令嬢に何かしたの?」
「していないわよ! 思い当たることもないもの。きっと、私のこれまでの振る舞いのせいよ……それなのに、マリーズまで巻き込んでしまって、ごめんなさい」
(ダン……謝罪すら武器にして、などとあなたは助言してくれたけれど、私の人望は予想をはるかに上回る低さだったようよ)
「それこそ、ユージェニーが謝る必要はないわ。これは私のお茶会よ。私の力不足だわ。偉そうに代わりにお茶会を開いて手助けするだなんて言って、恥ずかしいわ」
でも、そもそも同じ日にお茶会の招待状が届いた令嬢たちに、侯爵令嬢ではなく伯爵令嬢からの招待を受けろなど無理な話なのだ。
「ラージュ男爵令嬢へもキャロラインから招待状が届いているでしょうね」
「たぶん、そうだと思うわ」
気まずそうに下を向くマリーズに私はそっと手を重ねた。
「良いじゃない、二人きりのお茶会でも! マリーズが張り切って設えてくれた素敵なお茶会ですもの。楽しみましょう! あーあ、こんなに美味しいお菓子を食べられない令嬢たちは残念ね」
「ユージェニー……ありがとう」
少し離れた所で見守っていたマリーズの護衛騎士ノエルも、少しホッとしたように頬を緩めた。
「そうだわ、マリーズ! ノエルを私たちのお茶会に招待しましょうよ」
「い、いえ、ユージェニー様、私はお嬢様の護衛中ですので」
「ノエルは私からマリーズを守るつもりなの?」
そのやり取りに、マリーズがようやく笑顔を見せた。
「では、私がお嬢様方に紅茶を淹れて差し上げましょう」
少しおどけたようにノエルが私たちのカップに高い位置から紅茶を注ぎ、和やかに三人だけのお茶会を始めた。
予想外の展開になってしまったが楽しい時間を過ごし、そろそろ帰ろうかとしていると、使用人が意外な来訪者の名を告げに来た。
「マリーズお嬢様、ラージュ男爵令嬢とロベル副団長様がお越しになりました。こちらへお通ししてもよろしいでしょうか?」
思わず私とマリーズは顔を見合わせた。
「マリーズ様、せっかくご招待いただきましたのに、遅くなって申し訳ありません」
「いいえ、ラージュ男爵令嬢。遅くなったのは、ご事情があったのでしょうから、こうして来てくださっただけでも嬉しいですわ。ありがとうございます。……ですが、あの、ロベル様はなぜわが家へ?」
マリーズの怪訝そうな表情にラージュ男爵令嬢は慌てて口を開いた。
「誤解なさらないでください。実は、突然昨日モンフォール侯爵令嬢から同じ日のお茶会の招待状が届きまして、男爵令嬢の私が断るわけにもいかず――」
「あなた、モンフォール侯爵令嬢のお茶会に参加した足で、私のお茶会に来て下さったのね」
「ええっ? キャロラインのお茶会の後に? 他の令嬢たちと同じように来ないかと思っていたのに」
私は、ほんの少しマリーズのお茶会に来なかった令嬢たちへの苛立ちもあり、つい心の中で思っていたことを口にしてしまった。
「それは……兄から、ユージェニー様が私への謝罪を望んでいると聞き、今日のお茶会はそのためだと。ですから、直接お話したくて、どうしてもお会いしたかったのです」
「私は、騎士団でグレイから今日のお茶会の話を聞き、じっとしていられずクレマン家へ向かいました。それで、先ほど、男爵令嬢に偶然出会ったというわけです」
またしても、私とマリーズは顔を見合わせた。
「お二人のお話はよく分かりましたわ。そういうことでしたら、日も暮れてきましたし、屋敷に場所を移して続きをいたしましょう」
マリーズの私的なティールームへ向かう間、私はラージュ男爵令嬢の姿を盗み見ながら、必死に過去のやらかしを思い出そうとしていた。
(なんというか、お茶会なのに野暮ったいドレスね。男爵令嬢はセンスが無い……。いけない! 私ったら、もう、心の声よ、黙りなさい!)
一度テーブルについた後、私は改めて立ち上がりラージュ男爵令嬢に頭を下げた。
「……ごめんなさい。私、夜会で何か失礼なことをしてしまったのかしら。正直、思い出せなくて……でも、あなたが傷ついたなら、謝りたいの」
「ユージェニー! 私たちだけなのに、何もそこまでしなくてもいいのよ!」
「そ、そうですわ! どうか顔をあげてください! 兄が必要以上に騒ぎ立てまして、申し訳ありませんでした」
「でも、私の振る舞いで傷ついたのは本当でしょう?」
男爵令嬢は黙ってハンカチを握りしめていたが、ようやく夜会での出来事を話し始めた。
「……あの日、ドット公爵様と踊る順番を待っていました。男爵家は後の方でしたから、やっと順番が回ってきたと思ったら……ユージェニー様が、ジョセフ様と私の前に出て……」
(思い出したわ! 過去の私は、ジョセフと二回目のダンスがしたくて下級貴族の令嬢たちの順番を横取りしていたのよね。しかも、令嬢たちが自分から立ち去るように、嘲笑を誘う言葉を吐いていたわ)
「もしかして……ラージュ男爵令嬢は淡~い緑色のドレスを着ていませんでした?」
「ええ、そうですわ。そのドレスをユージェニー様が……」
(なんてこと、会心の一撃だと得意げに言い放った、あれに違いないわ)
「ラージュ男爵令嬢、その先は私が……『その古臭いドレスでジョセフ様と踊るつもりですの? 庭の芝と見分けがつかないわね』だったかしら。本当にごめんなさい!」
ユージェニーが謝罪している間、マリーズはロベルの表情が気になっていた。
いつもの人懐っこい笑顔は消え、くだらないと嘲るように片方の口角を歪ませ、じっとユージェニーを見ていたのだった。
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