9.ロメリア・アルステー
次の週末休みにサルジアとアマリアは西の魔法使いを訪ねることにした。幸いと言ってよいのか、カシモアには来週戻ればよいと言われている。
サルジアは転移の魔法で移動しようとしたが、アマリアに止められてしまった。
「魔力を大量に消費する魔法は使わない方がいいわ。前みたいに体調を崩すかもしれないのよ」
もうとっくに体調は回復していて、前のように無理はしていないのだが、サルジアの周りは心配性が多いようだった。
大人しく、西への定期便を利用することにした。
サルジアは学院に入るまで西から出たことはなく、常に魔法で移動していたので定期便を利用するのは初めてだった。
「あの看板に行けばいいの?」
「ええ、そうよ」
学院から少し離れた場所に定期便の乗り場がある。アマリアに案内された乗り場には行先ごとに看板があった。その一つに西中央と書かれたものがある。
毎日本数があるのは北、西、東、南のそれぞれ中央あたりまでを通るもので、今回はそれを利用する。
「西の乗り場は人が少ないね」
「そうね。西は魔物が出るから足を踏み入れにくい場所という印象が強いのね」
それでも西で暮らす人はいて、そこに物を運ぶ人もいる。
サルジア達が乗り場に行くと、近くに同じく学生と見られる少女が立っていた。乗り場に並んでいるわけではないが、待ち合わせだろうかとサルジアが思っていると、その少女と目が合った。
「サルジア様!」
少女は急に顔を輝かせてサルジアの元に走ってくる。
「サルジア、お知り合い?」
「ううん」
アマリアの問いで、記憶を探ってみるが、やはりサルジアの知らない人だった。
「アマリア様もご一緒ですか。お二人がご友人というのは本当だったのですね。
お初にお目にかかります。私、ロメリア・アルステーと申します」
少女が礼の形を取ったので、サルジアとアマリアも礼を返す。
「初めまして、アマリア・ウェルギーです」
「初めまして、サルジアです」
少女――ロメリアは藍色の髪に、黄色の瞳をしていた。髪は頭の後ろで一括りにされており、彼女がサルジア達に一歩近づくと、それに合わせてふわりと揺れる。
「サルジア様、私、ずっとあなたにお会いしたいと思っていたのです。
毎週こうして、西行きの乗り場で待っていたのですが、ようやくお会いできました!」
嬉しそうに言うロメリアに、サルジアは申し訳ない気持ちになる。
サルジアは今までずっと魔法で帰っていたので、アマリアと今日こうしてここに来なければ、彼女はもしかするとずっと現れないサルジアを待っているはめになっていたかもしれない。
「すみません、私、ずっと魔法で移動していまして……」
「謝らないでください。私が好きでしていただけのことですから。
それにしても、魔法で大地の館まで帰れるなんて、流石ルドン・ベキアの弟子ですね!」
そうこうしている内に、出発時刻が近づいたのか、車輪の回る音が聞こえてくる。
「サルジア、それからロメリアさんも、お話は中でいたしませんか?」
アマリアの言葉に頷いて、三人は乗り場に移動した。
「定期便って、てっきり大きな荷馬車かと思っていたけど、魔獣に引かせてるんだね」
見た目は馬と変わらないが、全身が真っ黒で、瞳に光がない。
人を脅かす魔物だが、中には攻撃をしてこない者もいる。上手く扱えばこうして動物の代わりに使うこともでき、それを魔獣と呼ぶが、あくまで魔物であるため、注意が必要である。
「初めて見るけど、驚かないのね?」
「驚いてるよ。でも、普通の動物より力があるんだから当然だな、って思ったの」
「サルジア様は物知りでいらっしゃいますね。私なんて、初めて見た時は魔物だ!って泣きながら逃げましたよ」
「そうですね、私も恐ろしくて固まってしまいましたわ」
アマリアとロメリアお互い共感しているようだった。
馬車の中は腰かけ用の段差があり、三人はそこに座る。他にも数名乗客がいて、人が乗り終わると、空いた場所に荷物が積み込まれた。
最終確認が終わると、馬車がゆっくりと動き出す。
「座るところがある以外は、荷馬車とあまり変わらないんだね」
「そうね、幌は基本的についているけれど、変わらないかも知れないわ」
「あの、アマリア様はウェルギーの馬車があると思うのですが、こういった乗り物に抵抗はないのですか?」
ロメリアの疑問にアマリアはええ、と答える。
「お家の馬車だと、違いがあるの?」
「ええ、人の乗るところが立派なつくりをしているの」
「へえ、見てみたいな」
「ところで、お二人はどうして定期便で西へ向かわれるのです?
大地の館へ向かわれるなら、大地の館の馬車があるでしょうから、別の場所へ行かれるのですか?」
大地の館は人手不足で、立派な馬車があるかはわからないが、サルジアは何も言わなかった。
「西の魔法使いに会いに行こうと思いまして」
「西の魔法使い……ああ、全知の魔法使いのところですね」
アマリアの西の魔法使いという言葉だけで、誰のことを指しているのかロメリアはわかったようだった。
「アルステーは西にありましたよね?」
「はい。アルステーは館こそ持ちませんが――と言っても、西に館は一つしかないのですが――魔力はそこそこあって、魔法士や魔導士を輩出している、西では大きな家です」
「それで、サルジアに会いたかったのですね」
「はい。西唯一の館の主ですからね」
「失礼だったらすみません。魔法使いは館の多い場所に集まると聞きましたが、どうしてずっと西に居続けるのですか?」
館が多いほど、その土地の聖力は高まり、それによって魔力も強くなる。だから魔法使いは館の近くに集まるのだと聞いていた。
「そうですね、これは西特有かも知れませんが、代々受け継いできた土地を大事に想うのです。
もちろん、魔力を求めれば館の多い所に移るのが一番です。けれど、私達の祖先は西の地で暮らしていて、そこで神から魔力を直接頂いたのです。だから、この地に居続けることに意味がある、そう考えるのです。
現にこうして魔力を保っていられるのがその証拠、と祖父はよく言っていましたね。だからこそ、この地に館を頂けるように励むのだと。
そういう考えの人が多いので、西の魔法使いはみなルドン・ベキアに感謝しているのですよ。西の地に館を賜った彼のおかげで、魔物の出現数も減り、聖力も高まりました。導きの杯の効果の及ぶ範囲にいなくても、西が良くなっているのはわかります」
ロメリアは誇らしげに語った。
「ルドン・ベキアは泉で眠りにつきましたが、サルジア様が新たに館の主となられたので、大地の館は存続できることになりました。瞳の色を気にする小心者もいるみたいですけど、サルジア様に感謝する者も多いのですよ」
「それは、ありがたい限りですね」
自分の知らない事情で感謝されているのは不思議な感覚だが、サルジアは仮の主を引き受けて(正しくはカシモアに半ば強制されて)よかったと思った。
「ロメリアさんは、家に帰られるんですか?」
「そうですね、そうしてもよいのですが、お二人に着いて行ってもよいでしょうか?」
アマリアがサルジアを伺う。サルジアとしては、アマリアの用事についてきているので、判断は彼女に任せるつもりだ。サルジアが頷くと、アマリアは、
「ええ、もちろんです」
と答えた。
「ありがとうございます。
これでも西の人間ですから、全知の魔法使いのところへご案内いたしますよ」
「本当ですか?辿りつくのが難しいと聞いていたので、とてもありがたいです」
アマリアの表情が明るくなって、サルジアも嬉しくなった。