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8.アマリアの悩み

 春下月が終わる頃にはサルジアはすっかり回復していた。本当はもっと早く良くなっていたが、カシモアは中々サルジアをベッドから出そうとしなかった。


「サルジア、本当にもう平気ですか?」

「元気だよ。もう何回もきいた」


 日々繰り返すこのやりとりも、サルジアには嬉しく感じられる。師匠も心配性で、回復した後のサルジアをずっと気にかけてくれた。一月会えないこともあったが、そういう時は決まって毎日サルジアを訪ねてきてくれたのだ。


「今週は、寮でゆっくり休んでください。館には来週末帰って来てくれれば問題ありませんから」

「うん、わかった。カシモア、寂しくなるね」


 冗談半分の言葉に、カシモアはサルジアの世話をする手を止めて、


「ええ、そうですね」


 寂しそうに笑った。


「誰もいないこの広い屋敷に一人というのは、寂しいことだとつい最近知りました。あなたがこの館に来るまでは、何も感じなかったのに」


 カシモアは手袋を外してサルジアの頬に触れる。ひんやりと冷たい手が心地よい。


「サルジア、あなたの元気な姿をまた見られる日を楽しみにしています」


 金の瞳は柔らかく、サルジアは少し照れながら、うん、と返事をした。



*



 一月休みだったためか、初日の今日は午前のみの授業だった。

 いつも通りアマリアを誘って食堂に向かうが、彼女は元気がないように見えた。


「アマリア、休みの間何かあったの?」


 食べ終わってもしばらくぼうっとしているアマリアに問うと、彼女ははっとして弱々しく微笑む。


「実は、最近夢見が悪くて」


 躊躇いながらもそう話してくれた。

 サルジアは先を促そうとしたが、二人の上に影が落ちる。


「あら、アマリアさん、ご機嫌よう」


 そう声をかけたのは、緑色の髪に薄緑の瞳、プラリアだった。入学初日に聖水をかけ、その後もサルジアに嫌味なことを言ってくる少女だ。

 しかし今日は彼女一人ではなかった。


「随分と思い詰めた顔をなさっているのね。悲劇のヒロインにでも、なったつもりかしら?」


 プラリアの横に立っているのは、金の髪に黒い瞳をした少女だった。赤い制服を着用しているので同い年のはずだ。


「プラリアさん、ベイリーさんご機嫌よう」


 アマリアはベイリーという金髪の少女も知っているようで、立ち上がって礼をする。

 サルジアもそれに倣って礼をしたが、プラリアは気に入らなかったのか片方の眉をつり上げる。


「あら、大地の館の主としてお披露目されたサルジアさんじゃない。人の擬態が上手みたいね」

「プラリアさん、お知り合い?私は挨拶もなかった庶民なんて、存じ上げませんけれど」

「ええ、そうでしたわね。やはり悪魔は常識に欠けるようです」


 アマリアは礼を崩して二人を睨みつけるが、サルジアはあまり事態を理解できていない。


「アマリア、二人は何が気に入らないんですか?」


 率直なサルジアの言葉にアマリアは怒りがどこかへいってしまった。

 逆に二人の少女は怒りを露わにサルジアにつっかかる。


「何が気に入らない?ですって?

 気に入る、気に入らないの話じゃありませんわよ!お披露目で私達に挨拶もなかったというのに、何を素知らぬ顔でいるのですか!」

「そうですわ。最初の挨拶だけしてさっさと帰ってしまうなんて、とんだ無礼者ですわ」

「お二人は、館の関係者だったんですか」


 ようやく話が見えてきた、とサルジアが発した言葉は火に油だったらしい。


「今まで知らずに過ごしてきたのですか?!」


 プラリアが憤慨するが、サルジアは冷静に思いかえす。


「プラリア様には、初めてお会いした時聖水をいただきましたけど、挨拶はしていませんでしたね。

 ベイリー様は初めてお会いするかと思います」


 貴族では最初に挨拶をするものだとカシモアに教わっていたため、挨拶もしていない二人のことを知らないのは当然だとサルジアは思っていた。


「ふふ、サルジア、プラリアさんは豊穣の館の主の娘、ベイリーさんは杖の館の主の娘よ」


 サルジアの言葉に驚いて声も出ない二人に代わって、アマリアが教えてくれる。


「豊穣の館と杖の館……どちらも主と挨拶は交わしてますね」


 正しくはカシモアが対応してくれた、だが。


「館としての交流は十分ではないですか?」


 本当に挨拶をしていないのであれば失礼かもしれないが、あの日カシモアの後ろに立っている時に挨拶ができているのなら問題ないとサルジアは思っていた。


「間違ってはいないわね」


 アマリアも肯定した。


「だから、何だと言うのです?同じ学校に通う者として――」

「何か揉め事か?」


 懲りずに言い返そうとするプラリアを遮ったのは、男性の声だった。


「先生!」


 プラリアの声が少し甘くなる。

 彼女の視線の先には、癖のある黒髪に、緑色の瞳をした男――クライブ・カファリーがいた。


「先生?」


 クライブは首を傾げるサルジアを見つけて、薄く微笑む。


「久し振りだな。調子が戻ったようで何よりだ」

「先生、その子が!」


 サルジアへの対応を無視してプラリアがつっかかると、クライブは「聞いていた」と短く言って彼女を宥めた。


「同じ学友であれば、挨拶に行ってもおかしくないが、サルジアは体調が悪かった。プラリアさん、理解してあげなさい」

「先生がそう仰るのなら……」


 そう言って、プラリアとベイリーは先程までの勢いはどこへいったのか、しおらしくこの場を立ち去った。


「サルジア、いつまでそんな呆けた顔をしているつもりだ?」


 からかうように言われて、サルジアは慌てて顔を引き締める。


「クライブ……先生?」

「ああ、そうだ」

「知りませんでした、学院の先生だったなんて」

「まあ一年の始めのうちは関わることもないだろう。何かあれば、訪ねてくるといい。

 それでは」


 クライブは軽く言って立ち去ってしまった。


「アマリア、知ってた?」

「私は知っていたけど、先生が仰ったように始めの内は関わる機会もないと思うわ。

 優秀な方で、顔立ちも整ってらっしゃるから、学院では女性に人気なの」

「ああ、それでプラリア様もベイリー様も大人しく引いてくれたんだ」

「それもそうだけど、クライブ先生は必要最低限の関わりしか持たないって噂なの。

 だから、こんな風に学生間の事情に首をつっこむのも、まだ何の授業もない一年生に話しかけるのも珍しいのよ」

「なるほど」


 何はともあれサルジアは助かった。

 しかし、彼女としてはクライブともう少し話してみたかった。師匠を知る人は多くはないだろう。カシモアとも知り合いだった彼なら、師匠の話を聞けたかも知れない。


「いや、今はアマリアの話だった」


 思い出してアマリアの顔を見ると、彼女は驚いたように目を見開いて、それから微笑む。寂しさと嬉しさのない交ぜになったような笑顔にサルジアは次の言葉を失ったが、それも一瞬のことで、直ぐに綺麗な笑みに移ってしまう。


「サルジア、一度移動しましょう。もう食事は終わっているから、私の部屋でお茶でもどうかしら」


 サルジアに断る理由はない。二人はアマリアの部屋に移動した。


 アマリアはいつものように、手ずからお茶を淹れてくれた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 アマリアが口をつけてからカップを手に取るのにももう慣れていた。


「さっき、夢見が悪いって言ったわよね?」

「うん」


 アマリアから切り出してくれたので、サルジアはカップをそっと置いて彼女の話に集中する。


「最近ずっと、悪魔の夢を見るの。真っ赤な口を大きく開いて笑う悪魔の夢。

 最初にカガリーさんが言葉を話す魔物について話してくれた時、それが私が夢で見る悪魔なんじゃないかって思ったの。私の見る悪魔は形がぼんやりとしていて、真っ赤な口しか認識できなかったから。

 けれど違った。あの魔物は言葉も話すしかなり異形だったけれど、悪魔ではなかったし、私の見た夢とは大きく違っていた」


 たしかに姿や言葉を話す点は他の魔物と大きく違っていたが、あれは悪魔ではなかった。


「それだけなら何も思わなかったの。ただ、見当が外れただけだわ。

 でも、サルジアがあの魔物を倒してくれた日から、毎日悪魔の夢を見るようになったの」


 アマリアは顔を青くする。


「こんなに予言を繰り返し夢に見ることは今までなくて、とても不安になってしまったの。

 サルジアには心配をかけてしまったわね」


 申し訳なさそうに告げるアマリアに、サルジアは首を振った。


「ううん。もっと早く気づかなくてごめんね。

 アマリアは、私の体調不良に気づいてくれていたのに……」


 館の集いに向けての準備で体調を崩していたサルジアに、アマリアはすぐに気づいていた。それも本人が自覚するより早くに。


「サルジア、気に病まないで。私は、元気に見せたかったの。そうやって、生きてきたから……。

 それに、こうやって気づいてくれたわ。あなたに話せて心も軽くなったのよ」


 にこりと微笑んで見せるアマリアだが、サルジアとしてはそれが彼女の本心なのか、心配させまいと繕っているものなのかわからない。無言のままじっと見つめていると、アマリアは苦笑いを浮かべる。


「サルジア、そんなに見つめないで。これは本当のことよ」

「そうなら、いいんだけど……」

「そんなに心配してくれるなら、一つ相談に乗ってくれる?」

「うん、もちろん」


 サルジアは身を乗り出すようにして頷いた。


「西にとても物知りな魔法使いがいるらしいの。優秀なのにどこの館にも仕えない珍しい魔法使い。

 どんな悩みもその魔法使いに相談すれば解決するんだって言われているの」

「すごい人だね」

「そう。でもね、その魔法使いは西でも一番端、防魔の壁近くにいて、会いに行くのも大変で、加えて気難しいから会っても相談できないこともあるって噂なの」

「アマリアは、その人に会って相談したいんだね」

「ええ。流石に、毎晩悪魔を見るのは気分もよくなくて。

 サルジア、一緒に来てくれないかしら?」


 アマリアの笑顔の中に、疲労の色が見えた気がした。


「もちろんだよ。防魔の壁の近くなら、私も案内できると思うから」


 そう言うと、アマリアは驚いたようだったが、特に何かに言及することはなかった。


「サルジア、ありがとう」


 サルジアの笑顔はほっとしているようにも見えた。

続きます。

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