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70.隠された贈り物

 それは不思議な体験だった。

 水晶から溢れた光は、サルジア達の前に大きな光の円盤を作ったが、以前のようにそこに何かが映ることはなく、その円盤がサルジア達の体を包み込んだ。

 目を開けた時、そこは大地の館ではなく、どこか知らない館の中だった。そこで、ルドン・ベキアの身に起こったことを、彼の感情とともに体験した。

 大地の館に戻った時、手をつないだままのカシモアも同じ体験をしたのだろうと直感した。


「今のは……」

「前とは違ったけど、大地が持つ記憶なのかな」

「ええ、そうでしょうね。精霊が戻ったことで、影響があったのかもしれません」


 冷静に言ったカシモアだが、頭の中は混乱していた。


「まさか、ルドンがフォリウムについて、あんな風に考えているとは思いませんでした」


――お前こそ、何も知らないだろう。ルドンがフォリウムをどう思っていたか。そうやって、すぐに否定的に捉えるからだ。


 かつてクライブが言っていたのは、こういう意味だったのかと苦い気持ちになる。


「フォリウムも、そうだけど、私は……」

「驚きましたか?ルドンがあなたを自分の子どものように思っていたなんて」

「うん」


 サルジアはルドンを親のようにも思っていたが、まさかルドンも同じように大事に想っていてくれているとは思わなかった。


「カシモアは驚かなかったの?」

「ええ。ルドンがあなたを大事に想っているのは彼自身から伝わっていましたし、あなたと過ごしてその気持ちがどういったものに由来するのか確信しました。

 最初はあなたに館を引き継いだ意味がわかりませんでしたが、今のでわかりました。館の継続はルドンにとってそれほど大事ではなくて、あなたにこの館を継ぐことが大事だったんですね。ルドンも館の子として生まれましたから、館の継続がどんな意味を持つのか無意識に理解していたんでしょう。

 ルドンのあなたを想う気持ちに気づいてから、彼自身が一歩を踏み出せなかったことをずっと苦しく思っていました。彼は、家族というものに良い思い出がないですからね」


 だから最初に、家族を想う気持ちとサルジアがルドンを想う気持ちが似ていると思うと言ったのを聞いて、カシモアは嬉しくも切なくもなった。


「探していたこの書類も、必ずあるとは思っていなかったんです」


 カシモアは封を手に取って口を開け、中から紙を取り出した。保護の魔法がかかっていたのか、二年ほど地中に埋まっていたとは思えないほど綺麗な状態だった。


「これは?」

「これは、ルドンからあなたへの、愛の証ですよ」


 カシモアは折り目を伸ばし、サルジアの前に紙を置いた。


「証明書?」

「ええ、あなたとルドンの関係を、王が認めた証です」


 サルジアはルドンの名の下に、書かれた文字を読み上げる。


「サルジア・ベキア……」


 確かにそう書かれていた。サルジアは信じられない気持ちで何度も繰り返す。


「うそ、だって、こんなの、師匠は一言も……」


 サルジアは師匠が大好きだった。親のようにも思っていた。そして師匠も自分を大事に想っていてくれているとわかっていた。大地の記憶の中の師匠は、サルジアのことを予想以上に大事に想ってくれていた。

 それでも、目の前にあるこの文字が夢幻のように見える。

 サルジアに何も告げず、師匠は姿を消した。悲しかったけれど、師匠の死を知って、それを知らせてもらえるほどには師匠の心の中に留まっていられたのだと思って嬉しくもあった。

 師匠がサルジアのために制服を用意してくれていたことも、大地の館の次の主として指名してくれたことも、全部師匠がいなくなってから知った。自身の死を悟って、サルジアのためにと準備を進めてくれていたことは今知った。


「師匠……」


 もうこの世に師匠はいない。

 サルジアはそれをとっくに理解していた。ようやく師匠の死を実感した時、悲しみを抱いた。もう会えないことを思い知って、生きている間に想いを伝えられなかったことを後悔した。

 今も悲しみは深いが、その時にはない感情もあった。自身の想いに気づいたのではなく、師匠の気持ちに気づいたから。もっとお互い踏み込めれば良かった。大事に想っていることを伝え合えればよかった。そして、できることなら、師匠と同じ姓を同じ時に持ちたかった。

 もう叶わない希望は、サルジアを悲しませ、そして同時に喜ばせている。


「……ルドンがこの書類を破棄しなかったのは、見つけて欲しかったからだと思います。

 彼自身はあなたに家族になろうと伝える勇気を出せなかったかも知れませんが、王に認められたあなたとの関係をなくしたくはなかったのだと思います」

「カシモア、ありがとう。あるかわからなくても、探してくれて。見つけてくれて」


 カシモアはサルジアの頭を優しく撫でた。


「主のお役に立てたのなら、これ以上喜ばしいことはありませんよ。

 これがあれば、あなたはルドン・ベキアの養子となり、正式な大地の館の主となります。ルドン・ベキアが賜った大地の館は今後も続いていけます」


 褒美の杯を賜って大地の館を望めば、サルジアは正式に大地の館の主となることができた。それができれば、その後サルジアの子が跡を継いでいける。闇の神を救い、褒美の杯が大地の館にほとんど確定した状況に、本来ならば喜ぶべきだった。だがカシモアは素直に喜べなかった。

 サルジアがその方法で館の主となった場合、ルドン・ベキアの大地の館は廃館扱いとなる。実際に廃館となるよりはましだが、それでもルドン・ベキアの大地の館が続くことを諦めきれなかった。

 ルドンは確かに大地の館を子どもに譲ると言っていた。サルジアのことを気にかけていたので、それは彼女を仮の主とするための建前かも知れないとも考えていたが、何かが引っかかっていた。ルドンとサルジアの関係が思っていたよりもずっと深いものだったと気づいた時、養子縁組の可能性に気づいたのだ。王とルドンが手紙を交わしていたことを知って、それは確信へと変わった。

 カシモアに隠れて動いていたのだから、そう簡単に見つかるはずはないと思っていた。実際、ローダンに教えてもらえなければ、カシモアには一生見つけられない場所にあった。


「サルジア、そうなれば、褒美の杯をいただいた場合の望みは他に考えなければなりませんね。何かありますか?」

「それはね――」


 カシモアは、先代の主も喜ぶだろうと思いながら微笑んだ。



*



 偉大なる魔法使い、ルドン・ベキアの棺は、通常よりも早く、五年ほどで引き上げられることになった。

 沈棺の儀とは違い、棺の引き上げはひっそりと行われる。サルジアはカシモアとロメリア、そしてアマリアと一緒に棺を引き上げた。


「アマリアごめんね、忙しいのに」

「いいえ、呼んでもらえて嬉しいわ」


 アマリアはつい最近褒美の杯を手にし、預言の館を望み、無事に正式な預言の館の主となった。まだウェルギーの養子ではあるが、いずれはリギウスに戻るだろうと言われている。サルジアとは違い、館の一族が変わるとなると面倒なことも多い。そんな中時間を作ってくれたことがサルジアは嬉しかった。

 棺の中はもう空になっているので、今度は墓に埋葬するために棺を細かく分けていく。魔法は使わず、特別なナイフを使って手で分けるので、人手があるのはありがたかった。


「私がこうして預言の館の主となれたのも、サルジアのおかげだもの。

 ルドン・ベキアの養子になったというのに、大地の館を望んだ時はみんな驚いてたわね」

「そうだね。陛下を困らせてしまって申し訳なかったけど、ちょっと面白かった」

「あなたがあの場でそう望んでくれたから、仮の主が館を望むことの印象が良くなったの。今でもウェルギーのイメージが残ってはいるけど、リギウスが奪い返したというよりは、実力を持つ正当なリギウスが館を取り戻した、と思ってくれてる人も多いわ」

「それが真実だよ」

「ふふ、ありがとう。そして何より、両親と話す勇気を与えてくれてありがとう」


 アマリアは両親がなぜ、アマリアがウェルギーの養子となることを許したのかわからなかった。ルドンともっと話せたらよかったと思っているサルジアは、アマリアに両親と直接話すことを提案した。


「両親は私を愛していた。聖力に恵まれた私が、預言の館の主に相応しいと、その力に見合った立場をもらうべきだと思って、養子に出した。たとえリギウスとしては一代限りだとしても。ほんの少しの間だとしても。

 その考えを聞けたから、私もウェルギーとの養子関係を切って、リギウスとして預言の館を継続していこうと思えたの」


 アマリアが何より嬉しかったのは、預言の館の主が嫌になったのだと勘違いした両親が、直ぐにでもアマリアをリギウスに戻そうとしてくれたことだった。両親はアマリアをウェルギーに差し出したのではない。躊躇わずにアマリアをリギウスに戻す気持ちがあったのだ。


「サルジアとカシモア様が、因縁のあるフォリウムと向き合って話していたことも背中を押してくれたわ」


 ルドンはフォリウムを心の底から恨んでいるわけではなかった。自身の父に想いを馳せることもあった。サルジアはカシモアを説得して、リラン・フォリウムと話す場を設けた。


「やっぱり師匠の意志を確認せずに師匠をフォリウムにすることはできないから、結果何もどうにもならなかったけど、お互いに胸の内を明かせてよかったとは思ってるよ。

 フォリウムにある師匠に関連する資料も見られたし、何より、代わりの望みが見つかったからね」


 サルジアは褒美の杯を得て、最初に大地の館を望んだ。ただし、その時にはもうルドンの養子となっていたため、それは叶えられない願いだった。その代わりに別の望みを言った。


「ルドン・ベキアの棺を、大地の館だけでなく、フォリウムの墓地にも埋葬したい、ね。

 あの時の賢者の館の主は、感動のあまり立っていられなくなってたわね。クライブ先生も見たことのない表情をしてた」

「受け入れてもらえて何よりだよ。

 師匠が本当はどうしたかったのか、わからないけれど、両親の側で眠れたらいいと思ったんだ」


 サルジアはルドンの母の墓も探し当て、墓地の管理者とフォリウムに許可をもらって、フォリウムの墓地に埋め直した。

 結局生きている間には、踏み込めなかった似た者同士の師弟だ。サルジアも、永遠の眠りにつくなら、ルドンの側が良いと思った。そうすればもしかしたら、神に導かれた先で話せるかも知れないから。


「サルジアが褒美の杯を初めて賜ってから、もう三年も経つのね」

「そうだね。あの時とは色々と変わった。預言の館の主が、数百年ぶりに預言者にもなったしね」

「祝ってくれるの?ありがとう」

「もちろんお祝いするよ。でも心配にもなる。変わるって、結構大変でしょ?アマリアは無理してない?」

「ええ、大丈夫よ」


 アマリアはサルジアに対して、気丈に振る舞うことはもうない。そんなことしても見抜かれてしまう。元気そうに笑ったアマリアにサルジアも安心する。


「変化が大きいのはロメリアさんも同じね」


 アマリアはカシモアと協力して棺を解体しているロメリアを見た。


「大地の館の館仕えだっていうのに、杖の館に呼び出されてるよ」


 サルジアは少し不満気に吐き出した。

 ロメリアがサルジアのためにと用意してくれた杖は、今や光の神の神具として神殿に納められている。光石の力を十分に扱える杖は珍しく、更に光の神の力を広めるのに使いやすかった。どうやって防魔の壁の西の地の光の神の聖力を回復させたのか、光の神が尋ねて、その時の状況を説明した時に、ぜひその杖を見たいと神が言った。実際に差し出すと光の神にとってとても使いやすいものだとのことで、もう杖の必要ないサルジアはロメリアの許可を得て光の神へと杖を献上したのだ。


「魔法学院の最後の研究発表で、杖の館も考えつかなかった設計図を発表したんだから、杖の館がロメリアを望む気持ちもわかるけど……」

「ついでに、その主が着いてきてくれないかって考えもあるんじゃないかしら?」

「アマリア……」

「そう考えるとサルジアも大変ね。アルテミシア様もサルジアに好意を持っているようだし、闇の神を支えてきた一族もサルジアを迎え入れたがっているし……」

「あんまり大きい声で言わないでね。このところカシモアがうるさいんだから」


 流石のサルジアも、大地の館に送られてくる手紙の量とその内容を見ていれば、そういった噂が立つ意味もわかる。だがサルジアには恋に浮かれる気持ちよりも、恨めしそうに手紙の山を睨みつけるカシモアを見たくないという気持ちの方が強かった。


『あなたが望む方と結ばれれば良いと思いますが、第二夫人を望む人はあり得ません。ベキアに入る意志のない者もだめです。館の者とも上手くやってもらえなければ困りますし慎重に見極めてください。私も確認します。

 ……いや、まだ急ぐ時期でもないですよね。やはり今は館の主として研鑽を積むべきではないですか?』


 条件を出したり、やはり今ではないと止めようとするカシモアは、おかしくもあり、心配でもある。


「カシモア様の気持ちもわからなくはないけどね。

 じゃあ、その時が来るまでは、私と仲良くしてくれるのよね?」

「もしそういった話が進んでも、アマリアとはずっと仲良くしたいよ」

「あら、嬉しいわ」


 アマリアは金の瞳を輝かせた。


「サルジア」


 急にカシモアに名を呼ばれてサルジアはびくりとした。こちらに向かってくるカシモアは焦っているようなのにどこか嬉しそうにも見える。


「どうしたの?」

「これを、見てください」


 カシモアはサルジアの手に紙を握らせた。

 見ると、そこには今まで見たこともない呪文が綴られていた。


「これは……」

「未発表の大地の魔法です。ルドンが棺に隠していたようですね」

「どうしてそんなことを?」

「きっと彼は色々と迷いながらも、あなたへの想いを残したいと強く思ったのでしょう」


 呪文の下にも文字が綴られていた。


――この魔法はサルジアへの贈り物だ。この魔法によって生じた利益は全てサルジアに与える。


 ルドンは棺が引き上げられる時、サルジアに財産を渡せるようにこの魔法を棺に隠したのだろう。

 だがサルジアは、その下に小さく書かれた文字にいっそう心を揺さぶられる。


――これを見つけた時、君はどんな立場だろうか。

――大地の館の主だろうか、いや、そんなことは関係ない。

――君は私の家族、愛しい我が子なのだから。

――サルジア、愛しているよ。


「師匠っ!」


 風の精霊か、それとも地下の悪魔のおかげか。サルジアの耳に懐かしいルドンの声が届く。

 カシモアは師匠からの最後の贈り物を抱えて涙を零す主を見守りながら、懐かしい友の笑顔を思い出した。



*



 光と闇の神がつくった国。羽を広げた鳥のような形をしており、東西の翼の先には聖力のわき出る泉があり、神の住処となっている。鳥の頭にあたる北の先には神の声を聞く神殿があり、人と神が交わる場所となっている。尾にあたる南では、作物がよく育つだけでなく、豊穣の館の女主が生み出したとされる不思議な植物も数多くある。

 そして西側の翼と胴に当たる部分の境に、立派な館がある。古くから続くその館は、大地の館と呼ばれ、ベキア家が代々主を務めている。そんな大地の館は闇の神と光の神を助けた初代と二代目の主の逸話が残り続けているんだとか。

これにて終了です。

拙い文ではありましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました。

リアクション、評価等、いただけて大変励みになりました。


上手くまとめられず力不足を痛感しておりますが、更新間隔短めで書ききれて安心もしております。

少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。

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