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7.館の集い

  魔物を倒した後は、ひたすら館の集いに向けての勉強が続いた。

 礼儀作法を覚えるというのは、そういったものに疎かったサルジアにとって中々難しいもので、反復の必要があり時間がかかる。


「私はあなたがどういった暮らしをしてきたのか、知りませんが、ルドン・ベキアと過ごしていただけあって筋は良い方ですよ」


 カシモアは度々励ましの言葉をかけてくれるが、サルジアにはそれが嘘か本当かもわからない。


(師匠はどんなことでも褒めてくれたのに)


 励ましよりも誉め言葉が欲しいなんて子どもじみたことを言うことはできなかった。

 何より、カシモアの焦りはサルジアが一番わかっている。肌で感じるからだ。中々上手くいかないサルジアに腹を立てるわけではなく、カシモア自身が追い詰められているような緊張が伝わってくる。

 大地の館の存続は、仮の主であるサルジアにかかっている。彼の目標もそこなのだから、サルジアを館の主として育て上げるのが彼の使命だった。


「カシモア……」

「はい、何でしょうか」


 ここで自分の不出来を謝るのも違うだろうか、と迷って言葉に詰まった隙に、胃の奥から何かが込み上げる感触がある。


(気持ち悪い……)


 数日前から何となく不調を感じてはいたものの、食欲がないわけでもなく、不快感以外の症状がない。館の集いも近いというのに無駄な心配をさせるのが忍びなくて、サルジアは謝罪も体調不良も口にしなかった。


「何でもない、大丈夫」

「そうですか」


 怪訝な表情を浮かべたものの、カシモアは無理に聞き出すようなことはしなかった。


 そして迎えた館の集い当日、サルジアは大変に調子が悪かった。

 いつかの宣言通り締め上げられたドレスは吐き気を助長し、慣れない踵の高い靴は視界を揺らす。

 この日のために頑張ったのに、今更休みたいとは言いたくなかった。


(大丈夫、最初の挨拶だけできればいいはずだから)


 吐き気を我慢しながら、じっとその時を待つ。


「サルジア、こちらへ。そろそろ挨拶です」


 カシモアに手を引かれて舞台袖に移動すると、舞台の上に立っている男が開始の挨拶を述べる。

 男はこの館の主だった。集いの場所は特に定まっていないが、たいていは何かしら良い功績のあった館が申し出て決まる。今回は中程度の規模の館だから緊張しなくて大丈夫と言われていたが、値の張る調度品の多い空間に、着飾った人々が集まっているだけてサルジアは緊張していた。

 強張った体をほぐすように会場内を見ていると、見知った顔が見える。


(アマリア)


 薄いピンク色のドレスを纏ったアマリアは、心配そうにサルジアを見つめている。何か言おうとしたのか口が動きかけたが、その言葉を聞くことなく、サルジアは舞台上へと案内された。


「では、新しい大地の館の主、サルジア、ご挨拶を」


 司会進行へと移った館の主の言葉に頷いて、サルジアは練習した通りに挨拶を始める。


「皆さま、お初にお目にかかります。新しく大地の館の主となりました、サルジアです」


 館に集まった人々の刺すような視線が痛い。注目の先はもちろん、サルジアの紫の瞳だ。


「先代、ルドン・ベキアは冬下月に大地に還りました。沈棺の儀での多くの見送りに感謝いたします」


 館の主等、常人より魔力を多く持つ者は、他の者とは違い、王の所有する聖力のわき出る泉へとその身を沈める。サルジアは春上月まで師匠の死すら知らなかったが、ルドンを見送るために大勢の人が集まってくれたのだとカシモアが言っていた。


「先代は我が師でもありました。大地の魔法を継承し、この国のために邁進してまいりますので、皆さまどうぞよろしくお願いいたします」


 左手を胸の中心に当て、右手でドレスをつまみ、軽く右足を引いて両膝を曲げながら頭を下げる。膝も頭も大きく動かしてはいけない。ほんの少し、それでも膝を曲げて頭の位置が下がっていることがわかる程度には動かす。この礼がサルジアには難しかったが、体に覚え込ませたおかげで、正しい形が取れていることを確信できる。

 悪魔の挨拶がどんなものか、と見ていた人達も、ある程度教育されていることがわかる姿に、歓迎の拍手を送る。


「大地の魔法を使える者は少ない、期待していますよ」

「あのルドン・ベキアの弟子なら、きっと素晴らしい働きをしてくれますわ」


 優しそうな男女の声を皮切りに、他の人達もサルジアに言葉を投げかけてくれる。


「サルジア、素敵な挨拶をありがとう。館の者としてこれからもよろしくお願いします」


 館の主が舞台に戻り、サルジアは軽い礼をしてから舞台を降りる。


「サルジア、立派でしたよ」

「ありがとう」


 カシモアも最近の不安が解消されたからか、柔らかな笑みを浮かべていた。

 館の主から乾杯の声がかかると、人々は談笑を始め、場の空気が賑やかになった。

 サルジア達のところにも人が集まってきたが、悪魔の色を持つサルジアと直接話す度胸はないのか、はたまた彼女を気遣ってか、皆がカシモアに話しかける。サルジアはカシモアの後ろでじっと話を聞いていたが、挨拶も終わって気が抜けたせいか、吐き気が最高潮に達し、トイレに行くと言ってその場を離れた。


「悪魔も、人間らしく振る舞えるんだな」

「ルドンが、大地の魔法が何だって言うんだ?あいつは館の集いにも顔を出さなかった」

「結局は、フォリウムになれなかった落ちこぼれさ」

「やめないか、フォリウム家もいるんだぞ」


 会場を抜ける間に、こそこそと悪口を言う者がいることも知った。


(師匠のことあまり知らないけど、尊敬されてたし、疎まれてたんだ)


 大地の魔法の使い手で、大地の館の主。サルジアがそれ以外に知っていることはない。館の主を務める中で、少しでも師匠を知ることができるだろうか。


(あれ、アマリア?)


 ようやく広間からの出口に辿りついたところで、金の髪が揺れて扉の外に消えるところが見えた。後ろ姿しか見えなかったが、ドレスの色からしてもアマリアで間違いないと判断したサルジアは、足を速めて広間から飛び出した。

 しかし、アマリアの姿は既になかった。急に走ったからか、視界が揺れ、サルジアの体が傾く。


「おっと、大丈夫か?」


 サルジアは地面にこけることなく、一人の男性によって支えられた。


「ありがとうございます」


 男は癖のある黒髪に、緑色の瞳をしていた。ラナンも茶色の髪に緑の目をしているが、目の前の男の瞳の色は、ルドン・ベキアの瞳の色によく似ていた。


「どうかしたか?」


 心配そうにサルジアの顔を覗き込んだ男は、急に表情を硬くした。

 瞳の色に気づいて不快になっただろうか、と不安になったサルジアを、その男は一抱えにした。


「え?!」

「急に失礼。ひとまず外へ。酷い顔色だ」


 サルジアの顔色が相当悪かったのだろう。男は足早に館から出て、庭へと移動した。

 陽の沈んだ後の外は暗く静かで、そしてさわやかな風が吹いている。吐き気も少し解消したが、男は迷うことなくサルジアをベンチへと腰かけさせた。


「花は咲きほこり、人を癒す」


 男がサルジアの額に触れて呪文を唱えると、あたたかな魔力が流れ込み、サルジアの気分が軽くなる。吐き気は収まり、代わりに気怠さが襲ってくるが、軽度なものだった。


「今のは、大地の魔法ですよね?」

「そうだ。挨拶が遅れたな。

 私はクライブ・カファリー。本日は賢者の館からの招待で参加している」

「私はサルジア、大地の館の主です」

「知っている、素晴らしい挨拶だった」

「ありがとうございます」


 クライブはサルジアの隣に腰かけたまま、彼女の表情を窺う。


「少しは楽になっただろうか?」

「はい、おかげさまで」

「回復の魔法は、治癒とは違い、根本的な原因を取り除けない……腰のリボンを緩めようか?」

「いえ、それほどでは……」


 今日のドレスはカシモアが用意してくれたものだ。学院の制服と同じ形だが、薄い黄色で色が違う。それに腰まわりを絞れるようになっている。カシモアが一生懸命締め上げたところだ。

 吐き気も収まっている今、ドレスの形を崩したくはなかった。


「私の主に、何か御用ですか」


 急に降りかかった声にサルジアが顔を上げると、カシモアが二人の前に立っていた。

 黒い髪は闇に溶け、獣のような金の瞳が存在感を放っている。


「カシモア・プラタナ、随分と久し振りだな」


 クライブは立ち上がり、カシモアと向かい合う。


「カシモア、お知り合い?」

「関係ありません。サルジア、こんな男と関わっていいことはありませんよ。集いに戻りましょう」


 カシモアはクライブを避けてサルジアの手を掴むと、そのまま引き上げる。


「うわ」


 急な動きに、サルジアはついていけず、カシモアの方に倒れ込む。カシモアはサルジアを受け止めたが、異変に気づき、ゆっくりと彼女の姿勢を正した。


「すみません、力が強かったでしょうか?」

「ううん、大丈夫」

「は、主人の体調不良にも気づかないとは、大した使用人だな」


 クライブの言葉にカシモアは眉をつり上げる。


「あなたには関係ない話でしょう」

「神の使いには地上の全て関係ないって?」

「神の使い?」


 カシモアはサルジアの問いに答えることなく、黙り込んでクライブを睨みつける。


「主に隠し事か?

 サルジア、館の『導きの杯』から溢れる聖力が及ぶ範囲は、その館の領地となる。だから、館にはその地の者を管理する台帳がある。その地に生まれた者、住む者はその台帳に名が刻まれる。つまり、この国のどこの台帳にも名がない者はいない。例外としてあげられるのは、防魔の壁のある森に住む者達だが、これも、森の外に出れば、王都の台帳に名が刻まれる。

 館がなくなれば、その地は王のもとに返還され、台帳も白紙となり、それまで館の台帳にあった者の名は王都にある台帳へと刻まれる。どこの台帳に名が移動しても、その者の出生時の記録は残り続けるのだが、まれにその記録を持たない者がいる」


 カシモアは黙ったままだった。


「そういった者は神の使いと呼ばれるのだ。出生の記録がないまま、急に王都の台帳に名が刻まれる。ではいったいどこで生まれたのか?名が刻まれる前は何をして、どこにいたのか?それを聞いても神の使いは何も答えない」

「答える必要がない」

「ああ、光の神が預言者にそう伝えたからな」


 話しは終わりだと言わんばかりに、サルジアの手を取って歩き出そうとしたカシモアだが、クライブはまた口を開く。


「ルドンも無念だろう。こんな怪しいやつに、大事な弟子を任せなきゃならないんだからな」

「なに?」


 カシモアはクライブを振り返る。


「そのままの意味だ。ルドンだって、高位の魔法使いにしては若くして亡くなった。お前のようなやつが、館を仕切っていたからじゃないのか?」

「ルドン自ら、私を選んだ。選ばれもしなかったあなたが、私をどう評価しようがどうでもいい。ルドンが無念?まさか。彼が私に、この子を託したんですよ。あなたは何も知らなかったでしょうけど。

 それはそうですよね?あなた、あのフォリウムに仕えているんですから。ルドンの友を名乗っておきながら。どんな神経をしているんです?」


 サルジアの手を握る力が強くなる。


「カシモア、」

「お前こそ、何も知らないだろう。ルドンがフォリウムをどう思っていたか。そうやって、すぐに否定的に捉えるからだ」

「おやめくださいませ」


 熱の上がる二人の口論に、凛とした声が割り込んだ。


「カシモア様、サルジアの手を、はなしてくださいますか?」


 声の主はアマリアだった。

 輝く金の髪と、蜂蜜のような黄金の瞳は夜の中でも輝いて見える。


「サルジア、すみません」


 カシモアは手の跡がついてしまったサルジアの手首をそっと撫でた。


「大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないわ」


 アマリアは怒っているのか、張りつめた声で言って、カシモアの前に来る。


「サルジア、ずっと、具合が悪かったのでしょう?魔物を退治しに行った時も、随分と顔色が悪かったけれど、今日は余計に酷くなっていたわ。回復の魔法をかけてもらったのかも知れないけれど、体は弱ったままなんだから」

「サルジア、本当に申し訳ありません。私があなたに無理をさせてしまったのが原因でしょう」


 カシモアは館の集いに間に合わせるために、かなり厳しい指導となっていたことを反省した。子どもの体力を知らない彼には限度がわからなかった。魔物の退治から具合が悪いと聞いて、やっと自覚できたのだ。


「サルジア、今日はもう帰った方がいいわ。新しい主の挨拶は済んだのだから、誰も文句は言わないはずよ。

 クライブ様、カシモア様にはサルジアを連れて帰ってもらいますが、よろしいですよね?」

「もちろんだ。私は広間に戻ろう。

 サルジア、ゆっくりと体を休めてくれ」


 クライブは最後にカシモアを一睨みすると、館の中に戻って行った。


「サルジア、この方は?」


 カシモアはアマリアに何か言いたかったようだが、名前を知らないことに気づいてサルジアに訊ねる。


「預言の館の主、アマリアだよ」


 話に出したことはあるが、そういえば名前を伝えたことはなかったかもしれない、と思いつつサルジアが答えると、カシモアは驚いているようだった。


「カシモア様、お初にお目にかかります。預言の館の主、アマリア・ウェルギーと申します」


 カシモアが口を開く前に、アマリアが名乗って礼をする。


「アマリア・ウェルギー……」

「カシモア様」


 アマリアが何か訴えかけるようにカシモアを見ると、彼は言葉を飲み込んで、いつものような冷静な表情で礼を返す。


「アマリア様、大地の館に仕えるカシモア・プラタナと申します」

「お噂はかねがね聞き及んでおります。お会いできて光栄ですわ」

「カシモア、有名人だったんだ」


 アマリアは最初からカシモアを知っていた。それに、賢者の館とつながりがあるというクライブとも知り合いだった。


「カシモア様はルドン・ベキアに並ぶほどの魔法使いなんだよ」

「全然知らなかった」

「サルジア、私の話はどうでもいいですから、戻りましょう。

 アマリア様、本日はありがとうございました。私が不甲斐ないばかりに主の不調に気づきませんでした」

「いえ。サルジアは大事な友人でもありますから。どうかゆっくりと休ませてあげてください。

 サルジア、また学校で会いましょうね」

「うん」


 カシモアはアマリアに礼をすると、懐から魔法陣の描かれた紙を取り出し、サルジアを抱えて転移魔法で大地の館へと移動した。


「カシモア、師匠はフォリウム家と何か関わりがあったの?それに、台帳があるだなんて知らなかった。アマリアを見て驚いていたのはどうして?」


 サルジアは、カシモアによってすみやかにドレスを脱がされ、下に来ていた肌着のワンピースでベッドに横になっていた。


「台帳はあっても、この辺り、大地の館の杯の効果が及ぶ範囲は人なんて住んでいませんから、白紙ですよ。

 私が答えられるのは、私のことだけです」

「神の使い?」

「そう呼ばれていますね」


 カシモアはベッドの横に椅子を持ってきて、サルジアの様子を見ていた。

 時おり、絞った布でサルジアの顔を拭いてくれる。


「でも、私にはよくわからないし、カシモアは私によくしてくれるから、特に気になることはないな」

「こんな目に遭わせておいて?」

「気にし過ぎだよ」

「あなたが気にしなさすぎるんです」


 サルジアを見るカシモアの顔は心配そうだった。


「そうかな。師匠も、こうやって、私の看病をしてくれたことがあったなとしか思わないよ」

「そうですか。

 ……ルドン・ベキアとアマリア様について、私から話せることはありません。ですが、ルドン・ベキアに関しては、あなた自身で知っていくのも良いかもしれませんね」

「私自身で知る?」

「大地は記憶を持ちます。彼に関わる記憶がどこかに眠っているかもしれませんよ」

「そっかぁ」


 その記憶を拾って、もう一度師匠の存在を感じられるのなら、それはとても良いことだとサルジアは思った。

続きます。

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