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69.胸のざわめきと自身の想い

 王都の図書館も読み漁ったが、結局自分の身に何が起こっているのか、ルドンはわからずじまいだった。そんなことよりも、ルドンはサルジアのことの方が心配だった。

 ルドンが死んだら、サルジアはどうなるのか。もう魔法はほとんど教えられた。きっと自分で生きていけるだろうが、彼女は世の常識を知らない。

 こうなったら大地の館に呼ぶべきだろうか。そうすれば、残りの時間を共に過ごせる。ルドンとしては嬉しいが、やはり気にかかるのはサルジアのことである。紫の瞳を持つサルジアがどう扱われるか。ルドンが生きている内はいいが、死んだらどうなるだろう。カシモアはルドンの意志を尊重してくれるが、他人には冷たいところがある。果たしてルドンが死ぬまでにカシモアとサルジアがよい関係を築けるだろうか。

 答えは出ず、ルドンはそれまで通りの生活を送るしかなかった。そしてその中で、嫌なことを思ってしまった。


(父も、こういう気持ちだったのだろうか)


 ルドンのしていることは、ルドンの父がルドンにしたことに似ていた。

 事情が違うとはいえ、自身の庇護下にある子どもを一人で住まわせ、生活や勉強の支援をしている。

 ずっと昔に置き去っていたはずの、もやもやとした気持ちが蘇って来た。もう決して答えが出ることはないのに。

 ルドンを捨てたはずなのにずっと支援していたのは、体面を保つためでも、贖罪のためでもなく、父がルドンを大事に想っていたからだったのではないか。

 あり得ない、父が自分を愛していたはずがない。そう思うのに、一緒に暮らしたいと願いながらサルジアを小屋に閉じ込めている自分を見つめ直すと、昔のようには割り切れなかった。


「珍しいな、ルドン。話があるとは」

「クライブ、久し振り」


 残された時間は少ない。ルドンは旧友を訪ねた。


「君は賢者の館に仕えていると聞いた」

「ああ。昔は支援してもらった身だから。知っているだろう?」

「うん。何度か、フォリウムを訪ねるべきだと言っていたこともあったね」

「それは……君の父君とは親しかった。君を心配していたのを知っていたから」

「僕はそんなはずないって、行かなかったけど」

「そうだな」


 クライブは苦笑した。


「別に頼まれていたわけでもないし、もうあの人はここにいない」

「そうだね」

「会っていくか?」


 ルドンは曖昧に微笑んだ。それを見て、クライブは何も言わずに歩き始め、ルドンもその後に続いた。


「僕がこんなところにいるって知ったら、フォリウムが怒るんじゃない?」

「それはない。ルドンは偉大な魔法使いだ。君を疎んでいた者はとっくにいなくなって、今や君を望む者しかいないからな」

「へえ、知らなかった」

「集いに参加しないからだ」


 軽口を叩きながら歩き続けると、墓地に入った。

 クライブは迷わず歩き続け、一つの墓石の前で足を止める。


「ルドンが訪ねてくれるなんて、思ってもいなかっただろうから、きっと喜んでいるはずだ」

「……そうかな」


 ただの石の前だというのに、ルドンの胸はざわついた。


「あの人は、本当にルドンを心配していた。手放したことを悲しみながら、時には後悔しながら、それでもそうするしかなかったと、言っていた」

「……フォリウムを出て一度も会わなかった」

「会えば、あの夫人が何をするかわからなかったからな。夫人がいなくなった頃には、もう君は立派に育っていた。

 功績を積む君を見て、あの人はとても喜んでいた。夫人がいなくなってからは、君に関する記事や書籍を全て集めていた」

「……信じられない」

「少しもか?何か思うことがあって、私を訪ねてきたんじゃないのか?」


 クライブの言葉に、ルドンは返答できなかった。


「あの人が私を支援してくれたのだって、私の瞳の色が、君にそっくりだったからだ」


 クライブと瞳の色が似ている、とはよく言われていた。だが、それが何だというのか。

 関係ないと思いつつも、ルドンの心は揺れていた。


「僕は、どうしたかったんだろうね。

 どうして、ここに来たんだろう。来て、何になるわけでもないのに」


 それでもルドンは墓石から目が離せなかった。


 父の墓を訪ねてよかったことがあるとするならば、ルドンがサルジアをどう思っているかがわかったことだ。

 ルドンはサルジアをただの弟子ではなく、自分の子どものように大切に想っている。サルジアがもし、自分の子どもだったらと考えれば、今までなかった欲がわいてきた。


(西の森は人目を避けるには丁度いいけど、いくら保護の魔法をかけていても絶対ではない。サルジアのために屋敷を建てようか)


 そこまで考えて、やはり自身の賜った館を引き継ぎたいと思った。


(勇気が出なくて、結局一緒には住めなかったけど、サルジアが大地の館を継続してくれたら嬉しい。

 大地の館を継続し続けていく必要はない。ただ、サルジアに渡りさえすればいい。

 流石に大地の館の継続をどうでもいいとは言えないか。カシモアが悲しむだろうから、サルジアが望むなら館を引き継げるようにもしたい。そうなれば魔法学院にも行かないと。学院に行けば力もつけられるし、もしかしたら僕にとってのカシモアのような友達ができるかもしれない。だが、どんな人がいるかわからないから、危ない目に遭わないように、制服は特別なものを用意しようか。)


 思いつくままに準備を進めたが、サルジアには何も言えずじまいだった。

 カシモアはルドンの異変に気づいたが、ルドンはもう死を受け入れていた。常人ならばとっくに死んでいる年齢だ。この年まで生きて、サルジアに会えたことや、それによって起きた変化で、少しでも父について知れてよかった。

 何を血迷ったのか、王に頼んである書類も用意してもらったが、それは思い直して父の墓の近くに埋めた。


「カシモア、サルジアを頼むよ。仮の主とはいえ、大地の館の主であることには変わりないから」

「心配しなくても、主として扱いますよ」

「……いや、やっぱりだめだ。主じゃなくて――親しくしてあげて欲しい」

「親しく?」

「まだ子どもだから、主でも、サルジアと呼び捨ててあげて」

「それは、あなたが望むのなら構いませんが……」


 不思議そうなカシモアに、ルドンは全てを明かすことは出来なかった。


(家族のように、接してほしいなんて、カシモアには言えない)


 カシモアも両親がいない。ルドンの事情を知って、フォリウムにも、ルドン以上によくない感情を抱いているようだった。そんなカシモアに、家族を持ちだすことは躊躇われた。

 それに加えて、ルドン自身、やはり家族という概念にためらいがあった。家族を知らないくせして、父とのことに決着をつけずして、家族という言葉を使えなかった。


(サルジアに最後に会えればよかったけど……いや、会ったところで、何と言っていいかわからないな)


 死が近くなったルドンは、急に体調を崩し、ベッドから出られなくなっていた。

 サルジアが館の仮の主となれるように準備は整えてある。カシモアにも言葉を残すことができた。


「サルジア、――」


 せめて、直接そう言える勇気があれば……。ルドンは自分の不甲斐なさを自嘲して、大切な弟子を想いながら目を閉じた。

続きます。

次が最終話です。

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