67.ルドンとフォリウム
カシモア・プラタナは東にある墓地を訪ねていた。
信じたくない気持ちで、予め仕込んでいた魔法陣に魔力を込めると、ある墓の後ろの地面が薄っすらと光る。深い溜息をつきながら、その場所に手を当てると、カシモアの目の前に封をされた書類が現れた。
カシモアはそれを大事に胸の中に仕舞い、鬱々とした気持ちで、主の待つ館へと戻った。
*
ロメリアの選んでくれた使用人はみなよい働きをする。
掃除は隅々まで行き届き、光の神の聖力が届きやすくなった庭には、控えめながらも美しい花々が咲いている。主が学院の授業の練習のために消費した紙や封筒はすぐに補充され、一体しかいない魔獣も健康に保たれ、滅多に使われない馬具も磨かれて輝いている。
学院が休みの間も忙しくしていることが多い主との接触は少ないが、それでも皆がサルジアを慕って働いてくれている。
そうでなければ、カシモアは主を置いて館を離れることなどできなかっただろう。
「お帰り、カシモア」
その主は、残り少なくなった秋下月の休暇を堪能しているようだった。
食堂のテーブルにはロメリアが淹れたであろうお茶のカップが置かれている。そのカップと離れていくつかの本が載ってっている。
「ただいま戻りました。何を読まれてるんです?」
「アマリアがスルフラン様にもらい受けた本だよ。
あの、第二夫人の隠し部屋にあった、悪魔が持っていたと言われている本」
「他にもあったのですね」
「スルフラン様いわく、精霊と大地の繋がりを戻さないために、悪魔が意図的にこういった本を隠していた、あるいは破棄していたんじゃないかって。
アマリアはもうすべて読んだからって貸してくれたんだ」
「そうなのですね」
貴重な本であれば、施錠できる箱で保管してほしいと思うが、一度に読むつもりだろうし、アマリアとサルジアの仲も知っているので、カシモアはお小言をなしにした。
サルジアの後ろで苦笑いを浮かべているロメリアは、カシモアの考えもわかっているだろう。
「カシモアは何をしてたの?」
「私は……」
続きの言葉を躊躇うカシモアに気づいて、ロメリアが一礼して食堂を出る。
ロメリアにはカシモアの午前の予定を伝えてあった。
「大事な話?」
サルジアは読んでいた本を閉じる。
「ええ」
カシモアはいつもの席に座ると、懐から封筒を取り出し、サルジアの前に置いた。
「これは?」
「ルドン・ベキアの遺した書類です。今日はこれを取りに東に行っていたのです」
「師匠の……」
懐かしそうな瞳で封筒を見つめるサルジアに、カシモアは決心する。
「サルジア、私の知るルドン・ベキアについて、話してもよいでしょうか?」
カシモア自身、ルドン・ベキアについて多くは語って来なかった。サルジア自身で知っていけばよいとも言った。
サルジアは驚いているようだったが、すぐに瞳を輝かせる。
「うん、教えて」
「では、さっそく……。
私がルドンという少年について事前に知ってたのは話しましたね?」
「そうだね、前にカシモアが教えてくれた。会ったのは魔法学院なんだよね?」
「ええ。闇の神を救った少年ルドンとは魔法学院で会えました。
闇の神を助けただけあって、とても優秀でしたが、彼の評判は良くありませんでした」
「どうして?」
後に偉大なる魔法使いとなるルドンがそのような評価を受けていたとは思ってもみなかった。
「彼が、特殊な立場だったからですよ。
学生の頃、ルドンに姓はありませんでした」
「師匠は貴族ではなかったの?」
「ええ、その時は。ですが、皆の認識はそうではありませんでした。
彼は貴族の立場ではありませんでしたが、周囲の者はみな、ルドンを貴族として見ていました」
「どういうこと?」
カシモアは息を吐き、胸の中に込み上げる怒りを抑えつけて口を開く。
「ルドンは、当時の賢者の館の主と、第二夫人の間に生まれた子どもでした」
「賢者の館と、第二夫人……それなら、ベイリー・ロリエと同じってことだよね。
それならフォリウムの姓を与えられるんじゃないの?」
「はい。前にも説明しましたが、第二夫人の子どもであっても、跡継ぎ候補として同等に扱われます。館の子どもであれば、同じ館で暮らします。
それが、フォリウムの第一夫人はそれを無視して、第二夫人とルドンを館から追い出したのです」
「そんなことできるの?」
「いいえ、第一夫人にそのような権限はありません。離縁等を決定できるのは夫だけです。
ロリエでもそうでしたが、同じ館に暮らす以上、妨害を受ける可能性もあります。実際にどういう考えがあったかはわかりませんが、フォリウムは第二夫人とまだ幼いルドンを手放すことにしたのです。
既にルドンの存在は知られていましたから、第二夫人が途中で亡くなり、中央で一人で暮らしているルドンのことも、貴族として見ている人も多かったのです」
壮絶な師匠の過去に、サルジアは言葉も出なかった。
貴族に、それも聖なる館の賢者の館の子どもに生まれたというのに、魔法学院に入る頃には中央のただの子どもとして生きていた。
ラナンは姓も持たないサルジアが貴族だと思っていたようだった。ルドン・ベキアの弟子だから、と。彼がそう考えた理由が今わかった。
「ルドンを貴族として見ていても、認めていない、認めたくない者も多く、評判自体は良くなかったのです。正式には貴族ではなくなったのに、誰よりも優秀なルドンを妬む者も多かったですね。
あなたも似た経験があるかもしれませんが……」
サルジアは初めの頃、実力を素直には認められなかった。彼女の出生についての噂が出回ったこともあるが、孤児だというだけで人の見る目は変わる。
「師匠は、賢者の館の子孫だったんだね」
「はい。あそこと関わるだけで噂になるのは、そういった経緯があるからです。
会ってすぐに、ルドンは、私にそういった事情を隠さず教えてくれました。神殿で育ったものを知らない人間が、何も知らずに話しかけてきていると思ったからでしょうか。
随分と挑発的な言い方でしたが、私にはルドンの出生など関係ありません。私にとっては、闇の神を救った恩人です。そのことは言えませんから、ルドンは不思議そうにしていましたが、事情を知っても離れない私を、友として受け入れてくれました」
カシモアは当時のことを思い出して口元を緩めた。
「フォリウムについてどう思っているか、たまに教えてくれました。
ルドンが優秀だったのは、彼に環境が用意されていたからです。ルドンの父は、中央に移ったルドンとその母親に多額の支援を行っていました。ルドンが母を失っても孤児院に入らなかったのは、それだけの財産があったからです」
「師匠のお父さんは、師匠を大事に想ってたってこと?」
「さあ、どうでしょう。それはルドンも悩んでいましたね。ただ家から追い出しただけではない、それでも母と自身を捨てたのは事実だ、と。
それもあって、ルドンは家族というものに、それほど良い印象を持っていませんでした。
ルドン・ベキアに子どもはいない、と言いましたが、私はそれをルドンに聞いていたわけではありません。それでも明言できたのは、彼のそのような心境を知っていたからです」
カシモアにとって、ルドンのことを知っているという自負と喜びはあったが、彼自身の家族というものへの想いを知っている以上、複雑な思いもあった。
「彼の父は結局、ルドンをフォリウムに戻すことなく亡くなりました。
それなのに、功績を立てたルドン・ベキアを、今更フォリウムに戻そうなどと持ち掛けてきたのです」
サルジアを養子に、という話は随分と唐突だが、先にその話があったのであれば理解できなくもない。
フォリウムにルドン・ベキアを戻し、サルジアをフォリウムの養子とすれば、フォリウムという家を介して、サルジアはルドンと正式な家族になれる。
ただしそれは、随分と一方的な話だ。ルドン・ベキアは二年ほど前にこの世を去っている。今更過ぎる上に、彼の意志がない。カシモアが怒るのも無理のないことだとサルジアは思った。
「だからカシモアは怒ってたんだね」
「ええ。けれど、今私はその気持ちが揺らいでいるのです」
カシモアはサルジアの前に置いた封筒に視線を向ける。
「その書類は、あなたが館の主となってから、あるかもしれない、と私がずっと探し続けていたものです。
ルドンにとって、とても大事なもののはずですが、それがどこにあったと思います?」
カシモアは苦し気に吐き出す。
「賢者の館の墓地――ルドンの父の墓の近くに、埋められていたのです」
続きます。




