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66.秋下月の集い

 王都からの帰り、カシモアにローダンの伝言を伝えたが、カシモアも特に思い当たる節はないようだった。


「もう一度ちゃんと意味を聞いて来た方がいい?」

「いいえ、王もわかっていてそういう言い方をしたと思いますから。もし何かあれば、私自身で手紙を書きます」


 カシモアにはローダンの考えがなんとなくはわかるのかもしれない。役目を終えたサルジアはそのことについて忘れることにした。

 秋中月の授業は、光の神の聖力を取り戻したサルジアにとって問題なく進み、休暇期間の秋下月に突入した。下月と言えば館の集いである。

 今回は大仕事をした後の初めての集いということで、大地の館も欠席するわけにはいかなかった。


「正式な表彰は冬上月にあるのですから、今日は祝いや感謝、労いの言葉を受けるだけで問題ありません。下手に会話を続けようとしてくる者がいれば、ロメリアさんが遮ってくれます。いいですね?」


 サルジアはカシモアの忠告を深く胸に刻んで集いに臨んだ。

 今回は杖の館で開催されるとのことで、多くの人が参加するようだった。


「杖の館は身内に悪魔と繋がっている者もいて、色々と大変でしたからね。夏下月の戦いで、スルフラン様がご活躍されたことを受けて、名誉回復のために申し出たとも言われています」


 東へ向かう馬車の中でカシモアがそう教えてくれた。

 杖の館には既に多くの人が訪れていて、馬車の出入りにも時間がかかるほどだった。


「本当にすごい人だね」

「サルジア様を一目見ようと、上限ぎりぎりまで人を連れてこられた方が多いようですね」


 館の集いは、その主と従者、子どもなどの関係者が一つの館につき七名まで参加することができる。

 サルジアはロメリアの言葉を否定したかったが、自身に刺さる視線の数の多さに何も言えなかった。

 カシモアに続いて館の中に入る。ちらちらと投げかけられる視線を掻き分けながら進むと、美しい金色の髪が目に入った。


「こんばんは、アマリア様」

「こんばんは、カシモア様」


 先に会った二人が挨拶をして、サルジアとロメリアも形式的な挨拶を交わす。

 だがサルジアはアマリアの後ろに控えていた人物に、すんなりとは挨拶できなかった。


「ラナン?どうしてここに……」

「こんばんは、サルジア様」


 ラナンは呆れた顔でサルジアに挨拶した。


「こんばんは……」


 サルジアが何とか返すと、ラナンは今度は渋い顔になった。そして、同じく渋い表情のロメリアと挨拶を交わした。


「アマリア、これはいったい?」

「ふふ、私のちょっとした反抗期、かしら」


 悪戯っぽく微笑んだアマリアはどこか開放的だった。


「無理を言って、ラナンにウェルギーの館仕えになってもらったの」

「アマリア様にお仕えできるのであれば、どんな障害もあってないようなものです」


 アマリアは今、ウェルギーで優位な立場にいる。その中で、幼い頃からの友人でもあり侍従でもあったラナンを、ウェルギーに入れたのだ。


「これならサルジアと心置きなく話せるもの」


 ウェルギーの使用人はどこか他を見下しているようなところがあった。それに、カシモアからも、アマリア以外のウェルギーの前で話してはならないと言われていた。アマリアからも同様のことを言われた。ラナンであればそういった警戒も必要ない。

 サルジアはアマリアと談笑しながら集いの開始を待った。


「本日はお集まりいただきありがとうございます」


 開始の言葉は館の主であるブランカ・ロリエが行った。

 以前会った時よりやつれているように見えたが、公の場に立てるまでに回復しているようで何よりだとサルジアは思った。

 型にはまった前置きの後、乾杯の合図があり、狙ったかのようにサルジアの周りに人が集まる。


「サルジア様、夏下月でのご活躍聞き及んでおります」

「サルジア様のおかげで、この国はまだ滅んでおりません。お礼申し上げます」

「瞳の色も戻られて何よりですわ。美しい黒色の瞳ですね」

「今年の褒美の杯はきっと大地の館ですね。願い事は決められましたか?」


 事前にカシモアが確認しているので変な人はいなかったが、茶会への誘いなどを続けようとするとすぐさまロメリアが間に入った。

 うんざりするくらい挨拶を交わした後、ようやく人の波が落ち着いた。


「つ、つかれた……」

「お疲れ様です。よくできていましたよ」


 カシモアが慰めるようにジュースの入ったグラスを差し出してくれた。


「ロメリアさんも、ありがとうございます」

「いえ、当然のことをしたまでです」


 ロメリアはきりりと返事をしていたが、疲れが表情に滲んでいた。

 それに対して、同じ程度挨拶をしていたアマリアは美しい笑みのままだった。流石である。


「サルジア様、お疲れのところ申し訳ございません」


 ジュースを飲んで一息ついているところに、館の主が現れた。


「こんばんは、ブランカ様」


 サルジアが挨拶すると、ブランカは深く礼をした。


「サルジア様、夏下月のご活躍聞き及んでおります。

 この国も、そして我が館も、こうして光と闇の神のもとに続いているのはサルジア様のおかげです」


 第二夫人の件についても言及があったことには驚いた。


「全ての者の力でこの国を取り戻すことができたと思っております。

 スルフラン様もご活躍されたと聞いております」

「ええ、スルフランはよく働いてくれました」


 そこでブランカはようやく表情を緩めた。


「本日は豊穣の館にも協力していただいて、秋の集いに相応しい料理をご用意しております。ぜひお楽しみください」

「ありがとうございます」

「それから、ロメリア様」


 急に名前を呼ばれたロメリアは不思議そうにブランカを見る。


「あなたは素晴らしい杖を発明されました。ぜひ詳しいお話を聞きたいのですが……」


 ロメリアは光の神の聖力がなかったサルジアでも、光石の聖力を使えるようにと杖を作った。杖の館からもらった設計図も参考にしていたはずだ。ブランカの耳にもその話が届いていたのだろう。


「ロメリア、行ってきて」

「サルジア様、よろしいのですか?」

「冬上月からは研究も再開するから、今の時期にお話しできるのはとても良いことだと思うけど……」

「ロメリアさん、挨拶もほとんど終わっています。後は私だけでも問題ありませんよ」


 ロメリアはカシモアの言葉にも後押しされて、ブランカに続いてサルジアの傍を離れた。


「病み上がりのような館の主が話をしたいだなんて、ロメリアさんは本当に素晴らしいことを成し遂げたのね」


 アマリアが感心したように言って、ラナンは少し悔しそうに唇を噛んだ。


「話が長くなるかもしれないから、せっかくだし料理をいただこう」

「食べ過ぎには注意してくださいね」


 サルジアがアマリアを誘うと、カシモアがしっかりと釘を刺してきた。


「……うん」


 自制を忘れかけていたサルジアが控えめに返事をした時、周囲が急にざわめき、そして妙に静かになる。


「こんばんは、サルジア様」


 響いた声にカシモアが身を固くする。


「こんばんは、リラン様」


 サルジアに声をかけてきたのは賢者の館の主だった。

 後ろには息子であるリガティーが控えており、その横にクライブ・カファリーがついていた。


「まあまたフォリウムが?」

「何のお話かしら」


 ひそひそとした話し声が聞こえてくる。


「サルジア様、夏下月の戦いではこの国をお守りくださりありがとうございました」

「いえ、当然のことをしたまでです」


 世間話から始まって、サルジアも当たり障りのない返事をする。


「悪魔の侵攻を防いだだけでなく、闇の神をも取り戻されたサルジア様こそ、褒美の杯に相応しいと思っております」

「ありがとうございます」

「褒美の杯をいただいた際には何を願われるおつもりですか?」

「それは――」

「もし、大地の館を望まれるのであれば、考え直していただきたい」


 サルジアの言葉を遮って、あるいはサルジアの言葉の先を知っていて、リランはそう言った。


「サルジア様、それは悪いことではない。ただ、悪い印象がついてしまっているのです」


 リランは真っすぐにサルジアを見て言った。リガティーは一度視線を泳がせかけたが、踏みとどまってただ前だけを見つめている。

 ウェルギーを連想して、アマリアに目が行ってしまいそうになったのだろう。周囲で聞こえないふりをしながら聞き耳を立てていた人々が、ラナンに睨まれて目を逸らす。


「今しばらく猶予をいただけないだろうか。もしサルジア様がお許しくだされば、あなたはルドン・ベキアの親族として、正式に館を継ぐこともできるのです」


 大人しく耳だけ澄ませていた人々の中に動揺が走る。


「まさか、フォリウムは……」

「しかしそんなことできるのか?」


 以前リガティーが言っていた、フォリウムの養子となる件についてだろうと、サルジアは思った。

 しかし彼女がどう返すか考えるより先に、鋭い声が割って入る。


「どのようなお考えでそのようなことを仰られているのですか」


 館の主同士の会話に、館仕えが割り入ることは礼を欠く行為でもある。それでもカシモアはサルジアの前に立ってそう言った。


「カシモア様、以前もお話ししたと思いますが――」

「ルドンを捨てたフォリウムが、何を言っているんです?」


 カシモアの言葉に、周囲が水を打ったように静かになる。

 金色の瞳は冷たく暗く、それでも底の方で何かが燃え上がっているかのようだった。その瞳に睨まれたリランは次の言葉を紡げなかった。


「サルジア、君はどう思う?リランの話を聞いてみたいとは思わないか?」


 緊張を解いたのは、クライブだった。

 リランの前に出て、カシモアを無視してサルジアを見つめる。


「私は……」


 リガティーにしたのと同じ返答をしようとしたが、カシモアがクライブの視線を遮る。


「この子に、何を言わせるつもりです?私達の話でしょう」

「だがサルジアに関係する話だ」

「ルドンの件で決着はついていません。であれば、その次もありません。サルジアには全く関係がなくなります」


 カシモアに引く気はないようだった。

 それを悟ったクライブは、苦々しく溜息をつく。


「わかった、先にそちらの決着をつけよう。また連絡する」


 クライブはリランとリガティーを連れて、サルジアの前から去った。


「サルジア、あなたは今の話を知っているのですか?」


 カシモアは近くにいるアマリアにも聞こえないほど小さく訊ねる。


「少しだけ。リガティー様に」

「そうですか……全く、困りましたね」


 言いながら、カシモアは何かを決意したようだった。

 それ以降は特にその話題に触れることもなく、どことなくぎくしゃくした集いの中で、サルジアは美味しい食べ物に集中した。

 ロメリアを連れて戻って来たブランカが、何が起きたかを察して、また顔色を悪くしていたので、ロメリアは同情の目を向けていた。

 しかしながら、華やかな空間に素晴らしい料理、酒があればいつまでも悪い空気は続かない。終わりには良い集いだったという評価で、秋下月の集いは幕を閉じた。

続きます。

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