65.神々の願い
秋中月の中頃、サルジアはカシモアと共に王都に足を踏み入れていた。
時間が経ち、色々なところで調整ができ、落ち着いたので話がしたい、と光の神と闇の神からの要望があったからだ。
王の所有する聖力の溢れる泉に行くのは、サルジアのみが許可された。
一人で進むと、泉の側に人が二人立っている。一人はこの国の王であるローダン・ストレリチア。そしてもう一人は闇の神の分身、アングレークだった。
「サルジア、遠い所までありがとうございます」
ローダンは相変わらず穏やかだった。
「闇の神アングレーク様、光の館の主、ローダン様にご挨拶申し上げます」
「今日はこちらから呼んだのだ。堅苦しい挨拶は不要だ」
「そうですよサルジア。さあ、こちらへ」
礼を解いて二人の方に向かうと、アングレークは物珍しそうにサルジアを見る。
「サルジア、幼い頃とは随分と違って見えるな」
「う、それは、あまり追及しないでいただきたいです……」
アングレークを助けた時、サルジアは礼儀も何も知らない孤児だった。
「わかった」
アングレークも何となく予想はつくのか、快くサルジアの願いを受け入れてくれた。
「ネモスフィリア、サルジアが来た」
泉の傍まで進んでアングレークが言うと、水面が光り輝き、一人の美しい少女が姿を現す。
人の形をしているが、人ではなく、光に溢れていた。
「まあ、サルジア、愛しい子」
軽やかな声は澄んでいて、サルジアの耳に柔らかく届く。
「こうしてまた私が地上に戻れたのも、あなたのおかげよ」
「光の神――」
「ネモスフィリアと呼んで、サルジア」
「ネモスフィリア様、地上へのご帰還を嬉しく思います」
「ありがとう」
ネモスフィリアはサルジアの頭をそっと撫でた。
「あなたとあなたの友人には大変な苦労をかけたわ。
けれどこうしてまたアングレークと共に在れる。それだけじゃない、あなたは新しい繋がりを見つけてくれたわね」
「新しい繋がり?」
「地下と地上の繋がりよ」
光の神がくるりと人差し指を回すと、その周りに光の塊が現れる。
「地下との繋がりは良いのですか?」
「ええ、また襲ってこられては困るけれど、成り行きではなく、正式に大地の力と地下の者が繋がりを持ったから大丈夫なはずよ。私達の力も地下にまで及ぶようになったの」
「そうなのですね」
「今日はお礼を言いたくて呼んだのだけれど、お願いもあるの」
「何でしょうか?」
「あなたの使う大地の魔法を広めてほしいの」
思いもよらない言葉にサルジアは思わずローダンの顔を見てしまった。
「サルジア、君は以前、光の神の聖力がなかった。
今の魔法使いは光の神の聖力と大地の力を合わせて魔力としていると報告を受けています。君を初めとした数人だけが大地の魔法を使えるのは、その力だけで魔法を発動できるからだと。
精霊達も戻った今、今後は人が持てる大地の力も大きくなっていくでしょう。今の魔法もしばらくは残るでしょうが、地上に戻った精霊や新しく大地と縁を持った地下の者達との繋がりを強めるためにも、大地の魔法を積極的に使って行ってほしいということですよ」
ネモスフィリアはローダンの言葉に頷いた。
「わかりました。
大地の魔法は師匠――ルドン・ベキアによって生み出されました。私がその魔法を広めるのは当然のことです」
ネモスフィリアは喜んだようにくるりと回ると、サルジアの額にキスをした。
「ありがとう、サルジア」
「サルジア、君にはもう一つ頼まねばならないことがある。
長い間人々が使わなかったことで、私への祈りの言葉が残っていない。その言葉をカシモアと共に探して、次代へと伝えて欲しい」
アングレークの声は切実だった。
サルジアも、カシモアが知っていた闇の魔法についての本しか知らない。その本が書かれた時にはもう、神への祈りではなく魔法として捉えられていた。正しい形での文献は見つかっていない。
壁が取り払われた今、西の方で捜索すれば見つかるかも知れないが、実際に今闇の神への祈りができるのはサルジアだけだ。何が正しいのかを探るにはサルジアが試す必要がある。
「わかりました」
「いつも助けてもらってばかりだな」
「お力になれるのであれば何よりです」
「そう言ってくれると助かる」
闇の神はにこりと微笑んだ。ほんの少し幼くなった表情に、サルジアはかつて森で助けた少年の面影を見つけた。
闇の神はまだしばらく光の神と話すとのことで、ローダンとサルジアだけが王宮に戻ることになった。
「サルジア、庭を見て行きませんか?」
ローダンのその言葉で、サルジアは王宮の庭を歩くことになった。
「ここにある花々は、ずっと昔から王宮にあるものです。光の神の聖力に近いからか、ずっと咲き続けているものもあるんですよ」
ローダンは途中で立ち止まって、元気に咲き誇る黄色い花の横に屈む。
「よく見れば、この花の中心は君の瞳のように黒いですね」
「言われてみればそうかもしれません」
サルジアも並んで屈む。
「この花は、以前は冬に枯れてしまうものもあったのですが、ルドンが館の主となる年は全て冬を越したのです」
「そうなのですね。これほど美しい花があれば、冬でも温かみが増しますね」
「ええ。もしかしたら、今年も冬を越してくれるかもしれませんね」
ローダンはそう言って立ち上がった。サルジアも立ち上がって、歩き出したローダンの後を追う。
「サルジア、今日は本当にありがとうございました。この国を預かっていた者として、感謝いたします。
これからもよろしくお願いしますね」
「はい、もちろんです」
光の神と闇の神からの願いを果たすことは、サルジアの新たな使命にも思えた。
「それから、カシモアに伝言をお願いします」
「はい、何でしょうか?」
「困っていれば、私に声をかけてほしい、と」
「わかり、ました。伝えます」
ローダンはカシモアと知り合いだった。ルドン・ベキアとも手紙を交わしていたという。
だが、サルジアにはその言葉の真意はわからなかった。
続きます。




