64.秋上月のダンスパーティー
日が経てば、皆もサルジアとアマリアの存在に慣れ、授業も問題なく受けられるようになっていった。
そうすると自然に、話題はダンスパーティーへと移っていく。
「サルジアは、その、アルテミシア様と仲が良いの?」
「え?」
アマリアは気まずそうにサルジアに訪ねた。
午前で授業が終わる週になったので、アマリアとサルジアは学院内の中庭にあるベンチでお昼を食べていた。
直ぐ近くには人もおらず、秋の涼しい風は心地よい。
「最近よく聞くのよ。サルジアと殿下は将来を誓った仲だと」
「将来?
まったく身に覚えがない。どうしてそんな話が……」
「今年の一年生が殿下をダンスに誘ったみたいなの」
「今の時期から?」
「事前に申し込みをすることもあるのよ。例えば、意中の人にとかね」
そういった慣習があることをサルジアは知らなかった。
「まあ、その子は殿下に断られたみたいだけど。
サルジアとの先約があるからって」
「先約……」
――無事に戻られましたら、秋上月は一緒に踊っていただけますか?
地下に行く前に、アルテミシアにそう問われ、承諾したことを思い出した。
「ああ、そういえばお誘いを受けてたんだった。
だけど、違うよ!殿下とはそういうのではなく、色々あってダンスパーティーもすぐ抜けてたから……」
「本当に約束してるのね!」
アマリアは目を輝かせながら言った。
「アマリア、落ち着いて」
「サルジアが殿下と東屋にいたって話もあったけど、それも本当?東屋は恋人が利用することもあるのよ」
「東屋で話をしただけだよ。人がいない場所だったから」
「人がいない場所なんて他にもあるわ。殿下はサルジアに気があるのかしら」
「仲良くしようとはしてくれているけど、そういった話ではないと思うよ」
アルテミシアはルドン・ベキアと現王のような関係をサルジアと築きたがっている。それだけだ。
「そうなのね、少し残念だわ」
「どうして?」
「サルジアが光の館の一員となるなら、光の館に養子に行っても良いと思ったのだけど」
「アマリア……」
「ふふ、半分冗談よ。あなたには大地の館があって、私には預言の館がある。そう簡単に決められないことだけれど、そういった選択もあるのだと思っただけよ」
どうやら半分は本当の様子だったので、サルジアは肩を竦めるにとどめた。
アマリアは本当にからかい半分だったのだろうが、サルジアとしてはアルテミシアとの関係を疑われているという事実を知ってしまった。
「サルジアさん、お相手いただけますか?」
さっそく約束を守りに来たアルテミシアの手を取るのに、ほんの少し勇気が必要だった。
サルジアとアルテミシアがダンスフロアの中央に進むと、周りから興奮気味の少女の声が嫌でも耳に入ってくる。
「本当にお約束されてたのね!」
「やっぱり殿下からお誘いされてたわ!」
アルテミシアは聞こえていないふりをしているのか、本当に聞こえていないのか、何も気にする様子もなく、サルジアをリードした。
「サルジアさん、無事に戻られて安心しました」
「殿下のおかげですよ。アマリアにベールを届けてくださいました」
「あれは預言者と王の判断です。私は何もしていませんよ。
アマリアさんといえば、お二人はお揃いのアクセサリーをつけているんですね」
アルテミシアはサルジアの首元で光る薄い黄色の石を見ながら言った。昨年のダンスパーティーのために、アマリアと似たデザインのネックレスを購入していた。
「それに、ドレスに同じ生地を使っていますね」
「よくわかりましたね」
サルジアの瞳の色が変わったので、ドレスを仕立て直したいとアイラから申し出てくれた。その時に、アマリアとお揃いの生地で仕立てないかと提案されたのだった。
今年は二人そろって何か買いに出歩くことが難しそうだったので、サルジアもアマリアもとても喜んだ。アイラとしては短い時間での衣装制作が大変だっただろうが、今日納品ついでに身支度を手伝ってくれた時は満足そうな笑みを浮かべていた。
「お二人はいつもご一緒ですから、すぐに気づきましたよ。
それに、とてもよくお似合いでしたから。つい目で追ってしまいました」
「ありがとうございます」
他意なく褒めてくれるアルテミシアに、サルジアは素直に礼を言った。
「今年は大地の館が褒美の杯を賜るでしょうね」
「殿下はそう思われますか?」
「私だけではありません。多くの人がそう思っていますよ。
サルジアさん、あなたはそれほどのことを成し遂げたのです」
力強く言われて、サルジアはじんわりと胸の内が温かくなった。
アルテミシアとのダンスはほとんどが他愛もない話で終わり、サルジアは部屋の端へと戻った。
「サルジア様、ダンスはもうよろしいのですか?」
ずっと端にいたロメリアに問われて、サルジアは頷く。
「殿下との約束は果たせたから」
「そんな義務のようにおっしゃらなくても……」
「ロメリアは?踊らないの?」
「ええ。少々面倒ですので」
ロメリアは貼り付けたような笑みを浮かべた。
冷たさの混じった表情に、ロメリアを誘いに来たであろう男の子が去っていく。
「サルジア様とアマリア様は館の主ですから、やはり話しかけづらいと思います。
そうなると、夏下月の戦いについて話を聞きたい者は私のところへやって来るのです」
うんざりした口調に、ロメリアがどれほど苦労したのかが伺える。
「もしかして今までもロメリアに色々と聞きに来る人がいたの?」
「サルジア様が気にされることではありませんよ」
ロメリアはすぐに表情を切り替えた。
主に心配はさせたくないらしいので、サルジアもそれ以上は聞かないことにした。
「アマリアはずっと踊りっぱなしだろうね」
「ええ。昨年もそうでしたが、光の神の代理人となられましたから、よりいっそうダンスのお相手を願う人が増えたのでしょう」
「そう考えると、すごいよね」
「そうですね。アマリア様は尊いお立場でも、親しみやすさがありますから。
けれどサルジア様が話しかけにくいわけではないのですよ。今まで遠巻きにしていた人達は、当然声をかけにくいですけれど、それは自業自得ですから」
「私自身は気にしてないよ。そっちの方が楽だからね」
本当に何も気にしていなさそうな主にロメリアはほっと息をつく。
ダンスパーティーには参加していないが、学院にいたカシモアが行っていた牽制、アルテミシアとの約束など、サルジアへの誘いを躊躇わせている要因はいくつかある。だが、わざわざそれを伝える必要もない。
食事を挟んで、二回目のダンスタイムもサルジアはアルテミシアと踊ったが、他に彼女を誘う者はいなかった。
食事の際に、館の関係者としてリガティー・フォリウムが挨拶に来たが、何かもの言いたげな様子はあったものの、挨拶以外の話もダンスの誘いもなかった。
フォリウムを警戒していたロメリアも、無事にダンスパーティーが終わったことをカシモアに報告できることに安心した。
*
「そうですか、ダンスパーティーで特に問題はなかったのですね」
先にロメリアからの報告を受けていたカシモアは、週末のサルジアの報告にそんな素振りも見せずに返答した。
「殿下も、次の褒美の杯は大地の館だろうって言ってた。
カシモア、これで師匠の館を継続できるよね」
しかしこの問いに、カシモアは一度口を閉じる。
褒美の杯を手に入れて、大地の館を褒美に望む。そうすれば、サルジアは仮の主ではなく、真に大地の館の主となることができる。
これはカシモアが提案して、サルジアと共に目指してきたことだった。
「嬉しくない?」
「いいえ、そんなまさか」
残念に思っているわけではなさそうだが、嬉しそうには見えない。嫌がっているでも困っているでもなく、カシモアは焦っているように見えた。
「正式な発表まではわかりませんが、褒美の杯を賜ればこの館はずっと続いていけます。
本当にありがとうございますね、サルジア」
にこりと微笑んだ裏で何を考えているのか。サルジアには検討もつかなかった。
続きます。




