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63.運命

 秋上月の学期始めに間に合ったサルジアは、注目を浴びていた。


「サルジア様、瞳の色が紫じゃないわ」

「悪魔からこの国を守ったのですって!」

「でも魔獣はそのままだし、悪魔も召喚できるって聞いたぞ?」

「それは人間に協力的な悪魔だ。闇の神の力が戻った今、悪さはできないからな」

「それもサルジア様のおかげだ!」


 見れば、制服の色が違う学生まで、二年生の教室を覗きに来ている。


「ロメリア、私、どうしよう……」

「直接話しかける勇者はそういませんから、いつも通りで大丈夫ですよ。

 アマリア様と合流されたら、いっそうこういった声は強くなりますから、ご辛抱くださいね」


 ロメリアとはクラスが違うので、サルジアは心細く思いながらも教室に入る。


「サルジア、久し振りね」


 すぐにアマリアが声をかけてくれて、サルジアはほっとする。


「アマリア、久し振り」


 アマリアはもう光の神のベールを纏っていなかったが、それでもサルジアにはとても眩しく映った。アマリアの周りを漂う光――光の精霊のせいだろう。


「今日は私の部屋でお茶しない?」


 それでもアマリアとの付き合いは長い。どれだけ美しい笑みを浮かべていたって、彼女の心に翳りがあればサルジアにはわかる。


 無事に授業を終えてサルジアはアマリアを連れて寮へと戻った。

 既にロメリアには授業後のお茶会を伝えてあったので、扉を開けると気分を和らげるお茶の匂いが漂ってきた。


「ロメリア、ありがとう」

「お望みにお応えできたのであれば、これ以上のことはございません」


 ロメリアは悪戯っぽく笑って言った。いつもより硬い口調に、アマリアにも笑みが零れる。


「では、ごゆっくりとお過ごしください」


 いつもならそのままロメリアも話に加わるが、アマリアが止めないのを見てから、ロメリアは部屋から出て行った。


「サルジア、学院に来て驚いたでしょう?今まであなたを遠巻きに見ていた人達が、あなたを一目見ようと押しかけて来るなんて」

「そうだね」

「あなたはこれまでだって、功績を残してきた。悪魔の到来を防いで、評判だって悪くなかった。けれど結局は瞳の色に惑わされてしまう人が多かったのね」


 アマリアは悔しそうだった。

 それは本題に入る前の世間話でもあったが、彼女の瞳は憂いを湛えていた。


「あなたの力が認められて嬉しいはずなのに、私は素直には喜べない」

「仕方のないことだから……」


 紫は悪魔の象徴だった。何も知らない人々が警戒するのも無理はない。

 それにアマリアだってわかっているはずだ。今だってサルジアを認めようとしない者もいる。瞳の色がなくなれば、次に浮き上がるのは彼女の出自だ。


「仕方のないことね……」


 彼女が純粋に喜べないのは、それを理解しているからでもあるだろう。


「次の褒美の杯は、大地の館に与えられるだろうと言われているわ。

 館の主としての歴が浅いから相応しくないだなんていう人もいるけれど、私の方が歴は短かったはずなのに。そもそも、昨年だって、大地の館が相応しかったわ」


 アマリアはそう言うが、彼女はウェルギーだ。代々館の主を務めている貴族の家で、いくら養子とはいえ、元の家も位が高い。元孤児のサルジアとは違う。


「アマリアは、何を願ったの?」


 サルジアの問いに、アマリアはいつの間にか強く握りしめていた手の力を抜く。


「私はウェルギーの養子だから、ウェルギーの望みを叶えたわ。

 一つ下に、義妹がいるの。彼女のために、光石の所有を望んだの。光石は北でよく採れるけれど、需要が高いものだから独占はできない。ウェルギーに許されている以上を望んだのよ」


 アマリアの声は沈んでいた。


「サルジアは何を望むの?」

「私はもう決まっているの。私は、大地の館を望む」

「それって……」


 アマリアの金の瞳が大きく揺れる。


「大地の館の正式な主となるということね」

「うん」

「そうなのね。私はあなたを応援するけれど、その望みはあまりよく思われていないのよ」

「カシモアもそう言ってたね」


 サルジアの言葉にしばらく逡巡した後、アマリアははあ、と息を吐く。


「今更あなたに何かを隠しておこうとは思わなわいわ。何も言わなくても、あなたには私のことがわかってしまうもの。今日、お茶に誘ってくれたようにね」


 アマリアは曖昧に微笑んで、ゆっくりとお茶を飲んだ。


「仮の主がその館を望むことはね、元々は悪いイメージなんてなかったの。本来ならサルジアのような立場の人のためのものだったから。それに養子だって館を正式に引き継げるもの。

 なぜ悪い印象があるのかというと、それはウェルギーのせいなのよ」

「ウェルギーの……」

「サルジアも聞いたことはあるでしょう?ウェルギーの噂」


――またウェルギーの悪癖か?


 昨年の褒美の杯が預言の館に決まった時、そう聞こえてきた。

 それに、カシモアも元は預言の館の主を警戒していた。


――良いんじゃないですか?実績を奪われないように注意だけしておけば。


「なんとなくは」

「預言の館はね、元々リギウス家の館だったのよ」


 預言の館は光の神から直接与えられた館だ。他の館よりも尊ばれるその館の主の家系が、与えられた当初と別のものになっているのはゆめにも思わなかった。サルジアは何と返すべきか悩む。


「それが、ある代の主が早逝して、その子どもが館を継げる年齢に満たなかったの。それで、近い血筋のウェルギーが仮の主となったわ」


 今のサルジアのような立場だ。


「その仮の主となったのは、優秀な予言者だったと聞いてるわ。自分の方が力を持っているのに、リギウスが預言の館の主となっていることが気にくわなかったのか、その仮の主は預言の館を自身の館に望んだのよ。

 別に禁じられていることではないわ。けれど、前の主の意向を無視して、預言の館という光の神からリギウスに与えられた館を望んだことで、ウェルギーは簒奪者と呼ばれるようにもなったの」

「そんな……」

「私はそんなウェルギーに養子に入ったから、裏切り者と呼ばれることもあったのよ。

 私が望んだわけではないのにね」

「……アマリアはなぜウェルギーの養子になることになったの?」

「ウェルギーの前当主がそう望んだからよ。

 自身の子どもが生まれて、その聖力の少なさを心配したの。とうてい、預言の館の主としてはやっていけないほど聖力が少なかったの」


 ウェルギーは焦った。次の子どもを産んだとて、聖力を多く持って生まれてくるとは限らない。

 先に生まれたリギウスの娘は、光の神に愛されたかのように聖力に満ち溢れていたというのに。


「だから保険として、あるいは道具として私をウェルギーの養子にしたの。

 もし、ウェルギーの娘が力に目覚めなくても預言の館が続いていけるように。もし、ウェルギーの娘の力が育てば、自身の子どもを次の主とできるように」

「待ってアマリア、それって……」


 館の主は自身の子どもを次の館の主とすることができる。それは養子も同じで、だからサルジアは、アマリアが養子だと知っても彼女こそが次の預言の館の主だと信じていた。


「そうよ、サルジア。言ったでしょう?

 私も、()()()()()()館の主だって」


 サルジアは単に館の主という立場が同じだと思っていたが、アマリアからすれば仮の主であることを同じだと言っていたのだ。


「別にいいの。仮だとしても、私は聖力が多かったから、預言の館の主として頑張ろうと思えたの。

 最初はサルジアも似た境遇だと思っていたのだけど――ルドン・ベキアと暮らしていたわけではないと聞いて、勝手に心配したりもしたわね――あなたに与えられたローブからも、あなたへの愛情を感じられたから、そうではないと気づいたわ。

 だけど、未だにわからないのは、私の本当の両親のことなの。預言の館の主となることは大変名誉なことだわ。それでも仮なのよ。リギウスに預言の館が戻るわけでもない、そういった望みを見せたこともない。

 どうして養子の話を許可したのかしら。私は、あの人たちにどう思われているのかしら……」


 アマリア自身、両親は自分を愛していてくれていると思っていた。養子に出されるその日までは。


「こんなこと、今更悩んだってどうしようもないのはわかってるの。ずっと前に、仮でも、館の主である限りは、その立場に相応しく振舞おうと誓ったもの。

 だけど、私が光の神の分身となって、色々と揺らぎそうなのよ」


 アマリアの悩みはそこにあるようだった。


「私はこのまま、預言の館の主であり続けることもできるわ。けれど、光の神の分身として、いつかは光の館の子どもに力を引き渡さなければならないから、光の館からは今のうちに養子に来ないかと言われているの。

 困るのは養父ね。私が預言の館の主を下りれば、預言の館は成りゆかなくなるわ。一度は養父に主が戻っても、次の代を決めなければならない。けれど義妹には館を継続させるほどの力もない」

「それは、いずれは直面する問題じゃないの?アマリアだって、いつまでも仮の主というわけにはいかないだろうし」


 アマリアはゆるりと首を振った。


「養父としてはそうするつもりなの。

 娘が無理でも、その次の代は聖力が増えるかもしれない、それもだめならまたその次、とね。

 魔法使いもそうだけれど、力の強い予言者は長生きするから」

「それは、あんまりだ。

 だって、そんなの、アマリアはずっと……」


 サルジアは言葉を続けられなかった。

 ウェルギーの存続のために、ただただ仮の主を務めさせられ、いざ力の強い子どもが生まれれば、すぐにその役目を奪う。まるで道具のような扱いだ。


「だから養父は私をウェルギーに留めておきたいの」

「アマリアは、どうしたいの?」

「わからないわ。

 預言の館を廃館にするわけにはいかない。だからこのまま預言の館の仮の主を務めていかなければならないと思ってる。でも、私だってずっとこんな立場は嫌よ……」


 光の館からの誘いは魅力的だった。自身の役割を果たせる、アマリア自身が望まれる立場。光の館の者は、アマリアを歓迎してくれるだろう。ずっと先に生まれてくる次の光の神の分身のために、今からアマリアを受け入れてくれるとういのだから。


義妹あのこに十分な力があれば、私はこんなに悩むこともなかったのに。ウェルギーの養子になることなんて、なかったのに……」


 今まで我慢してきたのだろう。アマリアは大粒の涙を零した。


「アマリア、つらかったね」


 サルジアはアマリアの隣に移動して、そっと肩を抱いた。


「褒美の杯をもらった時に、預言の館を望んでしまえばよかった。養父の言葉になんて従わずに、周りの評判なんて気にせずに……」

「リギウスが預言の館を望んだって、悪くないでしょ。元はリギウスの館なんだから」

「それでも、その行為はウェルギーと結び付けられてしまうわ。ウェルギー以降、誰も既にある館を望まなかったんだから……」


 いくら元はリギウスの館とはいえ、方法に既に悪い印象がついている。


「じゃあ、私が望むよ」

「サルジア?」

「元からそのつもりだったの。私は師匠の館を望む。仮の主として。

 次に預言の館に褒美の杯が与えられたら、今度はアマリアが望めばいいよ。

 私がそうしたところで、ウェルギーの印象は消えないかもしれないけど、一緒にやれば怖くないよ」


 元は認められている行為。しかも預言の館はリギウスに与えられていた。

 何か言う人はいつだってどこにでもいる。その言葉に傷つくこともあるだろうが、二人でなら乗り越えられると、アマリアにとって、サルジアはそういう存在になれていると思っていた。

 アマリアも、ずっと偏見に晒されながら真っ直ぐに進んで来たサルジアを見てきた。彼女と一緒なら勇気を出せそうな気がした。


「サルジア、私、あなたに出会えたことが何よりも嬉しいわ」

「アマリア、私も同じなんだよ」


 サルジアは自分の肩に乗った大事な友の頭を撫でる。


「私達ってきっと、必ず出会う運命だったんだよ」

「ええ、そうね。きっとそうよ」


 アマリアはサルジアの背に回した手を強く握りしめた。

続きます。

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