60.闇の神
サルジア達が地下に向かって(あるいはリトマンに連れ去られて)すぐ、魔法士達が到着し、一行は防魔の壁の先へと向かった。
壁を越えるのではなく、カシモアに教えられた方法で抜ける。壁には厳重に魔法で保護された扉があり、カシモアのような神の使いと呼ばれる存在――壁の向こうに生まれ、光の神の聖力を受けた者――をこちらに逃がすために使われていた。魔法はシンリーが解き、あちら側へと抜ける手はずとなっていた。
「シンリー様、お願いいたします」
「もちろんだ」
扉の前に立ったシンリーはアマリアにそう答えると、両手を扉に当てる。
「いいかい?魔法が解けたら魔法士から順に中に入る。最後は私がまた封印をかける。
悪魔が近くにいるとは限らないが、あちらで聖力を持つ者の存在は目立つ。すぐに襲われるはずだ。気をつけるんだよ」
シンリーの警告に、集まった魔法士達も杖を握り直す。
シンリーが扉に魔力を流し込むと魔法陣が浮かび上がり、カチリと鍵の外れる音がした。
「さあ、行こうか」
扉が開かれ、魔法士達を先頭に一同は扉の先へと向かう。
アマリアが扉の先へ抜けたのを見て、最後にシンリーも出て、向こう側からまた魔法で鍵がかけられた。
扉の先の世界は、扉の前の世界と全く同じ空をしていた。しかし、大地はやせ細っており、どこか物寂しさを感じる。
「魔物が来たぞ!」
未知の世界を観察している時間はない。光の神の聖力を感知した魔物たちが集まってくる。
「隊を組め!」
魔法士達は連携を取って魔物を始末している。今のところ脅威は大きくないが、サルジアが無事に悪魔を倒せば、地下の悪魔たちがこちらにやってくる。緊張は保たれたままだった。
「これから二手に別れる。半数は壁近くで待機。残りは闇の神の救援に向かう」
決められていたことで、魔法士達はすぐに自分の役目に向かう。
「ロメリア、あんたはここで待機だ。私は奥に向かう。
アマリア嬢はどうする?」
ロメリアが迷っている時、突然知らない声が響いた。
「あんたら、こんなところで何やってるんだ?」
どうやらこちら側の人間のようで、突然の大量の来客に驚いていた。
使い古した布で体を覆った少年は、恐る恐るアマリア達に近づいてくる。
「壁の、向こうの人達だよな?どうしてここに?あんたらみたいな人間はすぐに襲われるぞ。早く戻った方がいい」
「もう襲われてるが、覚悟の上さ。少年、私達は闇の神の力を取り戻しに来たのさ」
シンリーが進み出て答えた。
「闇の神のことを、どうして知ってる?」
「話すと長い。ここの長は誰だい?話をしたい」
少年は悩んだ後、
「話をするなら案内する」
布の内側から更に布を取り出した。
「急に誰かが光の神の聖力を授かったのかと思って、保護布を持って来てる。だけど二枚しかないから、連れていけるのは二人だけだ」
「私が行こう」
「それなら、私も行かせてください」
シンリーに続いたのはアマリアだった。
「あんたは怖いくらい光の神の聖力に満ちてる。行かなくても保護布を纏うべきだな」
少年は納得したように言って、二人に保護布と呼んでいる布を渡した。
「私達は先に行く。聖力が隠せるなら、あんたらとは一緒に行かない方がいいだろう。しばらくしたら追いかけてきておくれ」
「よろしいのですか?」
「私がいれば子ども二人くらい余裕さ。それにあんまりちんたら動いてたら、あの子の動きに合わせられない。いざって時に闇の神を守れないのも困るだろう」
シンリー達が保護布を纏っていても、近くに聖力を持つ人間がいれば、魔物は向かってくる。だが、それを気にしてここで待機していても、サルジアが悪魔を倒せば、残りの悪魔が闇の神を襲いに来る。
「承知いたしました」
シンリーとアマリアは少年に続いて奥へと進んだ。
同じような景色が続いていたが、しばらくすると小さな畑が見え始め、やがて館が出現した。
「こっちで暮らしてる人間は皆ここに住んでる。ちょっと待ってて」
少年は館の中へと消えていった。
「アマリア嬢、どうしてこっちに来たんだい?」
「私の役目はもう少し後です。防魔の壁が取り払われた後、精霊達の助けを借り、光の神と闇の神の繋がりを戻すお手伝いをします。
最初は闇の神が力を取り戻すまで、悪魔を抑えるお役目でしたけど、私は攻撃よりも防御の方が得意です。こちらにいた方がお役に立ちそうでしたから」
こちら側の人間は光の神の聖力を持たない。闇の神の聖力も簡単には得られない。そうであれば魔法が使える可能性は低い。アマリアは魔物の退治は得意ではないが、人々を結界で守ることはできる。
「それに、サルジアの友人として、彼女が助けたという闇の神のお姿を拝見したかったのです」
アマリアの返答にシンリーは笑みを浮かべた。
そこで、館の中から人が現れる。案内をしてくれた少年ではなく、成人している女性だった。
「お二方、どうぞこちらへ」
新しく彼女に案内されて館の中に入ると、すぐ近くの部屋に通された。
「お連れしました」
案内人はそう言って部屋の外に出る。
中にいるのは、年嵩の男女五人と、アマリアと同年代の少年だった。
全員座っているが、ソファに座っているのは少年だけだった。
「私はアングレーク。闇の神の一部」
少年は立ち上がりそう名乗った。
「お初にお目にかかります、アングレーク様。私は魔法使いのシンリー・ショウランと申します」
シンリーは珍しく丁寧なあいさつをする。
「お初にお目にかかります。私はアマリア・ウェルギーと申します」
続いてアマリアも挨拶をすると、アングレークの前のソファに座るように促された。
「さっそく話をきかせてほしい。何故君たちがこちらについて知っているのか」
二人が座るなり、アングレークは問いかけた。
シンリーはサルジアについての話を中心に、闇の神に辿りついた経緯と、今彼女達が何をしようとしているのかを話した。
「私の力は弱まっている。ルドン・ベキアのおかげで保たれていた平和も崩れ去った。そちらに大きな影響が出ていたのだな。
サルジア……彼女にはいつも助けられてばかりだ」
サルジアはアングレークのことをよくは覚えていなかったが、彼にとっては忘れられない命の恩人だった。
「どうされますか?」
「ここまでしてくれているのだ。動くしかないだろう。
まだ動くかはわからないが、聖具に泉の水を汲んでおけ。大人はみな出撃の準備を」
「は!」
アングレークは後ろに控えていた五人に指示を出すと自身も準備を始める。
「シンリー、アマリア。ここまで来てくれたことに感謝する。
もうこのまま私は絶えるものかと思っていたが……」
闇の神は赤い瞳に強い意志を宿していた。
「二度はない機会だ。必ず成功させてみせる」
魔物の退治には慣れているからか、館の人間の準備は早かった。
既に何組かは散らばって、これから来る悪魔や魔物の襲撃に備えているという。アングレークはシンリーとアマリアと共に、防魔の壁に向かうことになった。彼の護衛らしき若者三人も一緒だ。
「大人数だが、この程度の距離なら十分なはずだ」
シンリーは杖を取り出し、地面に魔力で魔法陣を描く。
「これは?」
「目的地までひとっ飛びの魔法さ」
全員を魔法陣の上に乗せ、魔法陣を完成させると、次の瞬間にはもう防魔の壁まで戻って来ていた。
「これは便利だな」
「な、なにが起きたんだ?」
アングレークは感心していたが護衛は驚きのあまり固まっている者もいた。
「シンリー様!アマリア様!」
ロメリアが気づいて、魔法士の長がシンリーに近づく。
「シンリー様、この方々は……」
「闇の神、の分身のアングレーク様とその護衛だよ。他の人達も悪魔の襲来に備えて散ってる」
「なんと!
ああ、お初にお目にかかります――」
アングレークに挨拶しようとしたところで、地面が大きく揺れる。
「挨拶してる場合じゃないね、皆、来るよ!」
シンリーが叫ぶと、その場にいる全員が戦闘態勢に移る。
数秒後には地面から尋常でない数の魔物が現れた。一度に大勢で抜けてきたせいなのか、悪魔も何体か確認できる。
「なるべく早く!魔物を退治するんだ!悪魔はサルジアが戻ってからだ、それまで耐えておくれよ!」
魔法士は一斉に魔物に襲い掛かった。魔物も、この地に魔法使いがいることは想定外なのか、動きが鈍く仕留めやすい。
アマリアはアングレークの周りに結界を張った。一度魔物や悪魔を退治しなければ壁を壊すことはできない。それまでに闇の神に危険が及ぶのは避けなければならない。
「アマリア嬢!ロメリアのところへ行ってくれないか!ここまでの混戦ではかなり危ない」
「わかりました!」
ロメリアはある程度戦えるが、それでもまだ学生だ。サルジアのように強い力を持っているわけでもない。
アマリアは保護布を被ったままなので、妨害はなく進むことができた。しかし、魔物や人が密集する空間ではロメリアを常に視界にとらえ続けるのは難しい。あと少しでロメリアに辿りつけそうになった時、初めて彼女の背後に潜む魔物に気づいた。
「ロメリアさん!!」
祈りの言葉を唱える時間がない。更に悪いことに、その魔物とは逆の方から悪魔も向かって来ており、アマリアは叫びだしそうになった。
「え?」
しかし、最悪の未来は訪れなかった。
なんと悪魔はロメリアに襲い掛かっていた魔物を攻撃し始めたのだ。
どういうことだと思ったのは一瞬だった。
「これは、サルジアね!」
悪魔は紫の印を持つ。
ロメリアを助けた悪魔は、その顔に大きな印をつけていた。
それは、大地の館の紋章だった。
続きます。




