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6.魔物退治

 春下月に向けての作法やら準備やらを何とか間に合わせたサルジアは、魔法学院の寮で初めての休日を迎えた。

 寮を出たところで、アマリアと落ち合う。


「こんにちは、サルジア」

「こんにちは、アマリア。待たせてごめんね」

「いいえ、私も今来たところだから」

「アマリア様、サルジア様、遅れて申し訳ございません!」


 ちょうど、カガリーも合流したので、三人はカガリーの家に向かうことにした。


「サルジア様、本当によかったのですか?転移の魔法で移動するなんて……」

「うん。今週で春の学期は終わりだから、ついでにカガリーさんは帰省してしまった方が楽じゃないですか。それに出発がお昼の方が、私としても都合が良かったのです」


 学期が終わって、昨日そのまま帰った学生もいるが、準備が間に合わず今朝方寮を出た者も多い。授業という制限時間がない中で、プラリアのような人にまた絡まれては面倒だった。


「けれど、三人ですよ?魔力の消耗が激しいのでは?」

「たぶん、そうだろうけど、大丈夫だと思いますよ」


 魔法学院からカガリーの住む地方までは、大地の館までの距離とたいして変わらない。普段の消費量の三倍であれば、問題ないとサルジアは考えていた。


「あ、でも、私はカガリーさんの家を知らないので、近くにしかつけませんが」

「そんな、近くに行けるだけでもありがたいです」


 中央とはいえ、南にも西にも近いとなれば、端の方である。移動のために人を雇うお金のないカガリーは荷馬車に乗せてもらうか、大通りのみを通る定期便に乗るしかない。どちらも時間がかかる。


「サルジア、本当に大丈夫?魔力はどうかわからないけど、顔色は良くないわ」


 それは先週あまり休めなかったせいだ。授業を終えて家に戻れば、カシモアによる講義が開始していた。そこから二日の休み中、指導が続いたのだ。顔色が良いままとはいかないだろう。


「大丈夫。気分は悪くないよ」

「そう?無理はしないでね」


 アマリアはまだ心配そうだったが、サルジアが差し出した手をそっと取った。


「では。

 大地はひと続き、記憶を持つ。種は風によって運ばれる」


 サルジアの呪文が終わる頃、周りの風景は一変していた。

 建物の多い学院ではなく、開けた土地に移動していた。周りには草木が茂っており、人の声は遠い。高い所にあるはずの太陽が少し近く感じた。


「わあ!戻ってきたんだわ!

 サルジア様、私の家はここからそう遠くありません!案内いたします!」


 カガリーには見覚えのある場所のようで、二人は嬉しそうに先を急ぐ彼女の後をついて歩いた。

 しばらくすると人の暮らす集落が見えて来た。


「おかえり、カガリー!」

「もうお友達ができたの?」


 田畑で仕事をする人たちが、親し気にカガリーに声をかけ、彼女もまた笑顔で答えた。


「カガリーさんは有名人ですね」

「中央の南寄りで魔法を使える人は少ないですから。

 中央はそれなりに館もありますが、基本的には北や東よりにあります。北には神殿がありますし、東には王都がありますから」


 魔法使いは貴族がほとんどだ。館をもらい受けるなら、東や北に偏ってしまうのも無理はない。


「南には豊穣の館もありますが、南の中央に位置するので、やはりこの辺りで魔法使いは珍しいのです」

「魔法使いは一所に集まるものなのですか?」


 館を持つなら神殿や王都――聖力のわき出る泉に近い場所を好むのはわかるが、世の中に疎いサルジアには理解できなかった。


「館は導きの杯を持っているのは知ってる?」


 横を歩くアマリアが訊ねる。


「うん。聖力の溢れる杯で、館を存続させる力を持っている」


――王に認められた館は特別です。聖力の溢れる『導きの杯』を持ち、主が年に一度、功績をあげることでその効果を存続できるのです。

――館が主を失ったり、功績を上げられなければ、『導きの杯』は効果を失い、館も取り壊されてしまいます。


 カシモアの説明を思い出しながらサルジアは答えた。


「そうね。そして、導きの杯から出る聖力は館を存続させるだけでなく、その周囲にも効果をもたらすのよ。

 この国はもともと、どこの土地でも聖力を有してはいるけれど、館を持つ者が多ければ多いほど、その地の聖力は多くなる」

「多くなったらいいことがある?」

「ええ。土地も豊かになるし、真偽は不明だけれど、聖力の多い場所にいる方が魔力を得やすいと言われているの。魔法使いは更に強くなり、魔力が少ないものも、魔法を使えるようになる」

「だから魔法使いは館の多い場所に集まる?」

「そういうことよ」

「私はそこまで詳しく知りませんでした」


 前を歩いているカガリーが振り返って言った。その後ろには小さな家が建っている。


「あら、到着したでしょうか?」

「はい!ようこそ、アマリア様、サルジア様。狭い家ではありますが、おもてなしさせてください」


 カガリーに案内されて中に入ると、カガリーの母親がお茶を用意してくれた。


「これは、アマリア様!このような場所に来ていただいて――」


 カップを置いた母親の手が止まる。その目はサルジアの瞳を見ていた。


「ルドン・ベキアの弟子、サルジアと申します」


 目が合った状態で挨拶をしてから、サルジアはそっと視線を外した。


「ああ、サルジア、様。お噂はかねがね……」


 喋る魔物が出没する地域で、魔物を統べる悪魔の色を見て動揺しないものはいない。


「母さん、サルジア様は悪魔なんかじゃないわ。今日だって、大地の魔法で近くまで移動させてくれたのよ」

「あんたが言うなら、そうなんだろうがねえ」


 荷物を置いて戻ってきた娘の言葉に、母親は納得はせずとも、動揺が消える。


「カガリー!魔物が出た!あの羊みたいな魔物だ!」


 突然、若い男が家の扉を開けて叫んだ。


「ほんと!すぐ行くわ!」


 カガリーはアマリアとサルジアに目配せした。二人は頷いて、男の後を追ったカガリーに続いた。

 魔物はカガリーの家からそう遠くない場所にいた。既に人は避難しており、農具のみが田畑に散っていた。


「俺は家に戻る、悪いな」

「今日は一人じゃないから大丈夫。任せて」


 こういった場合は、いつもカガリーが対処してきたのだろう。彼女は落ち着いて答えていた。しかし、その手は細かく震えている。


「カガリーさん、まずは私が行きますから、ここで待っていてください。

 アマリア、ここは私に任せてもらえるかな?」

「わかった」


 サルジアが前に進み出ると、アマリアは手首にあるひし形の石を握り込む。


「天におわします光の神よ、我らをお守りください」


 祈りの言葉を唱えると、アマリアとカガリーに光が降り注ぎ、周囲に金色の半透明の壁が現れた。


「サルジア、もし何かあればこの結界に逃げて」

「わかった」


 サルジアの進む先には魔物がいる。聞いていた通り、羊のような姿をしているが、それは頭だけで、白い毛に覆われた脚の内の二つで立っている。もう二つ、前脚にあたる部分は肩からだらりと垂れており、人間の腕に近かった。


「オイシイ、オイシイ……」


 確かに言葉を話すが、独特な発音で、聞き取りにくい。のそのそと二つ脚で歩いては、地面に顔を近づけている。魔物の通った後の地面はぬかるんでいる。


「ヒト……」


 急に魔物がサルジア達の方を見た。しかし目が合ったのは後ろにいる二人のようで、カガリーの引き絞ったような声が聞こえた。


「地は固まり、壁となる」


 サルジアの魔法で、二人の前に土の壁が現れる。地面を蹴って二人に向かっていた魔物は、壁に跳ね返され、地面を転がる。


「解除」


 土壁を崩すと、魔獣は魔法を使ったサルジアを見つけ出し、驚いたように飛び跳ねる。


「ア、カミ?バツ?」


 わけのわからないことを呟いた後、逃げようと背を向ける。

 サルジアはその背中に向けて真っすぐに腕を伸ばした。


「風は流れる、吹き抜ける」


 サルジアの指の先から、魔物を通り抜けた先まで、一陣の風が吹き、魔物の背中に穴が開く。


「ウアアアア!!」


 大きな叫び声を上げてから、魔物は地面に倒れ、塵となって消えた。


「アマリア、もう大丈夫だと思うよ」

「ありがとう」


 アマリアは結界を消した。カガリーは魔物と目が合って腰が抜けたのか、地面に座り込んでいる。


「サルジア、魔物を倒すのは初めてではないの?」

「倒す……のは初めてかも。この魔物もそうだけど、たいてい私に気づかないから、普段は適当に飛ばしてるの」


 サルジアは防魔の壁のある森で暮らしていた。魔物に遭遇することもあったが、気づかれない内に転移の魔法の応用で別の場所に飛ばしていたのだ。


「そうなのね。ひとまず無事でよかったわ」

「サルジア様、ありがとうございます!」


 カガリーは立とうとして諦め、地面に座った状態で感謝した。


 カガリーを負ぶって彼女の家に戻ると、近所の住人達が集まっていた。魔物の消滅を見ていた誰かが、先に朗報を伝えていたのだろう。


「サルジア様、ありがとうございます!」

「アマリア様も土地の浄化ありがとうございました」


 魔物のつくったぬかるみは、アマリアのお祈りによって元の状態に戻っていた。

 最初は警戒していたカガリーの母も、二人に心からの感謝を述べてくれる。

 ルドン以外との関わりが薄かったサルジアにとって、これほど多くの人に感謝されるのは初めてで、心地の良い時間だった。



*



 ご馳走を、という人達の誘いをなんとか断って、アマリアと二人で学院に戻り、長期休暇の別れを惜しんでからサルジアは大地の館へと帰った。


「カシモア!私、魔物を退治したよ!」

「おかえりなさい、サルジア。昼食は取りましたか?」

「まだ、だけど、カシモア、私魔物を倒したんだよ?」


 あっさりと言葉を流されるのでもう一度言うが、カシモアはやはりそれがどうしたと言わんばかりの顔だった。


「魔物を倒したんだから、功績になるでしょう」

「……ああ、その話でしたか」


 カシモアはしばらく考えてからサルジアの言うことを理解したようだった。


「その程度では功績になりませんよ」

「ええ?!カシモアが言ったのに!魔物を倒すことが功績になるって!」

「はい、一番手っ取り早いのは魔物を倒すことだと言いました。ですが、年に魔物が何体出現すると思っているんです?一体倒して功績としていたら、今頃この国は館だらけですよ」

「嘘つき!騙しやがって!」

「サルジア、言葉が汚すぎます」


 うっかり良くない言葉遣いをしてしまったことには気づいたので、サルジアは一度口を手で覆ってから、再度カシモアを睨みつける。


「騙した」

「騙してません。確かに、最初から魔物数十体か悪魔でも倒さないと功績にならないと言えば、あなたは屋敷の主になってくれないだろうと思って濁したところはありますが」

「自覚あるんだね」

「はい。ですが、今更それを嘆いてどうするんです?あなたはもう大地の館の主。この館を存続させるために、功績を立てるしかないのですよ」


 どの口が言っているんだとは思うが、カシモアの言うとおりである。

 師匠の館を存続させたいのはサルジアも一緒で、仮の主を引き受けた以上、その責任は既に負っている。自分が功績を立てなければ、大地の館は終わってしまうのだ。


「もっと大物を倒すか、預言の館の主と協力して、悪魔の到来を防いでください」

「それは嘘じゃない?」

「流石に。預言者の言う災いを防げたのであれば、十分すぎる功績ですよ」

「他の館の主と一緒でも?」

「ええ。ただし、他の館の主に功績を独占されないように気を付ける必要はありますがね。

 さあ、食事にしましょう。お腹が空いていては何もできませんよ」


 カシモアに雑に励まされたサルジアは、しおれた気持ちを少しでも回復させるために食堂に向かった。

続きます。

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