56.プラリアの申し出
冬下月の集いで、カシモアとリラン・フォリウム、そしてクライブ・カファリーは話をするために広間を抜けた。その間に話し合われたことの中に、サルジアの養子縁組の話があったと言われても、いったいその話がどこから来たのか、サルジアには想像もつかなかった。
「私の養子縁組?どの家とです?」
「決まっているだろう?フォリウムとだ」
決まっていると言われても意味がわからない。
サルジアは孤児だが、両親についての記憶がないわけではない。フォリウムとは何のかかわりもないはずだ。
――サルジア、大地の館から離れるだなんて、言いませんよね?
あの日カシモアはそう言っていた。話の経緯はわからないが、それでもサルジアの答えは決まっている。
「フォリウムであろうと、他のどこの家であろうと、私にその意志はありませんから、関係のない話ですね」
「関係がない?本気で言っているのか?」
「はい。まさか私の意志に関係なく行われるものではないですよね?」
「それは、当然だが……」
リガティーはサルジアがどうしてそんな言葉を返すのか理解できていないようだった。サルジアとしてはひとまず、勝手に進められることのない話だとわかって安心した。
「君は――知りたくないのか?ルドン・ベキアについて」
知りたいに決まっている。だが、こんな知り方はしたくない。サルジアの養子縁組の話が、ルドン・ベキアとフォリウムの関係によって生じるものだとして、それを理解するための話なんて聞きたくない。
――あなたは、どうか、この館で笑っていてくださいね。
カシモアのあの願いを、サルジアは叶えたい。
「知れば、大地の館を離れる結果になるのであれば、師匠のことを知りたいとは思いません」
ルドン・ベキアはサルジアにとって大切な人だ。けれど今は、カシモアだって同じくらい大切な存在だ。
「師匠のことを知らなくたって、私にとっての師匠の存在は変わりないものですから」
できれば知りたいと思う。けれど、ルドンの何を知らなくたって、サルジアにとってルドンが大切なことは変わらない。過ごした日々はなくならない。
「そうか……申し訳ございませんでした、ご無礼をお許しください、サルジア様」
リガティーは自身の言葉の乱れに気づいて、丁寧に謝罪した。
「ただ、もし知りたいと思ったその時は、どうか声をかけていただけないでしょうか」
「その機会があれば」
そんな機会はないことを祈って、サルジアは別れの挨拶をした。
*
寮に戻るころにはすっかり時間が経っており、サルジアはロメリアに怒られてしまった。
「サルジア様、こんな時間まで何をされてたんです?!お戻りが遅いのでもう少しでカシモア様を訪ねるところでしたよ」
「それは嫌だな……待ってくれてありがとうロメリア」
リガティーの話の後ということもあって、常以上にカシモアがこの場にいなくてよかったと思った。
ロメリアもいつもとは様子の違うサルジアに首を傾げていたが、最近の疲労のせいだと思ったのか、深く訊ねはしなかった。
「もうお一方、お待ちの方がいらっしゃいます。サルジア様、お時間よろしいでしょうか?」
「誰か訪ねて来てたの?私は大丈夫だよ」
それでは、と部屋を出たロメリアは、懐かしい学友を連れて部屋に戻ってきた。
「お久しぶりです、サルジアさん」
深く礼をしたのは、プラリア・ラナス――豊穣の館の主の娘だった。
「プラリア様……お久しぶりです」
一年生の時にサルジアに謝罪をしてから、プラリアはなるべくサルジアの視界に入らないようにしており、同じクラスだというのに関わりはあまりなかった。
ベイリー・ロリエが退学となり、さらにはその時の醜態までがほんのりと噂されたことにより、早いうちにベイリーと手を切ったプラリアは、徐々に評価を回復していった。二年生になった今では、普通に過ごしているようにも見える。
「お疲れのところ申し訳ございません。
ただ、この頃のサルジアさんはとてもお忙しそうで、部屋を訪ねても不在が続いていましたから、今日を逃すと次はないと思い、ロメリアさんに無理を言って待たせてもらっていたのです」
まさかプラリアがサルジアの部屋を毎日訪ねているとは思わなかった。
「申し訳ございません」
「いえ、私の都合ですから。こうしてお会いできてよかったです。
夏下月には危険な場所に向かわれると聞きました」
「ご存じなのですね」
館の関係者でも、まだ知らない者の方が多いだろうから、聖なる館でもない豊穣の館の子であるプラリアが知っていることにサルジアは驚いた。
「豊穣の館は、主にこの国の人びとの食を支えます。
サルジアさんがご出発されるにあたって、国民はみな東側へと避難します。こういった場合の食糧の確保は我が館の役目ですから」
サルジアが無事に悪魔を倒せたとしても、その他の悪魔が地上に向かう可能性が高い。その時は光の神の聖力が届かない防魔の壁の西側に出現するだろうが、最終的にはその壁を壊す必要がある。こちら側の西もそうなれば悪魔や魔物に荒らされる。人の被害を出さないためには、予め東側に避難するのが一番だ。
「それは、大変なお役目ですね。急な話で困りませんでしたか?」
「急ではありますが、我が館はそのような時に常に備えているのです。問題ありませんわ」
豊穣の館が長く続いているのには理由がある。
「流石ですね。
それで、私へのお話は何でしょうか?」
豊穣の館の役目からして、今後のサルジアの行動を知っているのは理解できたが、サルジア個人への話が何なのかはわからない。
「これは、本当に私個人のお願いなのですが、サルジアさんにもわが館の食糧をお贈りしたいのです」
「私に、ですか?」
「はい。向かわれるのはサルジアさんとカシモア様。あちらに持っていかれるお食事も用意するのは難しくないとわかっています。
けれど、どうか豊穣の館の作物を受け取って頂けないでしょうか?」
プラリアからの申し出はサルジアにとってありがたいものだが、予測できないものでもあった。
「嬉しいお言葉ですが、なぜそこまで……」
「サルジアさんはお優しいですからお忘れになっているのかもしれませんが、私はあなたへの謝罪の際に何も要求されておりません。もちろん、その意向は尊重しますが、それでも私はあなたに何かしないと気が済まないのです。
私の我儘だと思ってくださって結構です」
サルジアにとっては過ぎた話だが、プラリアにとってはまだ、あの頃のことが大きな存在となっているのかもしれない。
「そうであれば、ありがたく頂戴いたします」
「ありがとうございます」
プラリアはほっとしたのか、肩を落として、柔らかな笑みを浮かべた。
続きます。