54.今後の進め方
リトマンの話を聞いた後、一度学院に戻り、また週末を迎えたタイミングで、サルジア達はシネンの研究室に集まっていた。
「悪魔から情報を得たと聞きましたが、お聞かせ願えますか」
シネンは一通り客をもてなしてからそう切り出した。
「リトマンが言うには、闇の神の力を取り戻すには、力を奪った悪魔を倒す必要があるようです」
単純な話ではあるが、それは簡単ではない。
「その悪魔はリトマンが知っているのですか?」
「ええ。ただし、その悪魔は地下にいるというのです」
「地下?悪魔の住処ですか……地上に悪魔が現れた場合、我々は悪魔を退治しますが、地下の悪魔を倒すことなんてできるのでしょうか。
地上に現れた悪魔に関しては、紫の印を破壊すればよいですが、それは光の神と闇の神の許しであって、地下にいる悪魔にはないですよね?」
「そうです。倒すには物理的な攻撃が有効とのことですが、どうやらその悪魔はサルジアから奪い続けている聖力で普通の攻撃では倒せないというのです。
ですから、悪魔を倒すのはサルジアの役目となります。闇の神から直接与えられた聖力を持つサルジアであれば、奪われた闇の神の聖力を使って、悪魔を内側から倒すことができるのです。
闇の神は地下で裁きの力を持ちませんが、悪魔の中にある聖力は一方的な契約によって奪われたものです。地下という空間でなく、自身の力を奪った悪魔に対してなら、たとえ地上でなくとも罰を与えられるのです」
悪魔はそれを恐れているから、ずっと地下に引きこもっているのだとリトマンは言った。闇の神がとうとう力を失い、自由に地上を侵略できる日がやってくるまで。
「それは……サルジア様のご負担が大きすぎませんか」
「そうです。けれど、サルジアにしかできないのです」
カシモアは悔しさを滲ませた声で言った。
「それに、その悪魔を倒せば、私の瞳の色も戻りますから」
サルジアは心配そうなシネンに向けて微笑んだ。
「闇の神の裁きを受ければ、悪魔は大きなダメージを負います。その時なら、物理的な攻撃が通じるだろうとリトマンが言っていました」
「そうすれば、悪魔との契約が自動的に消えるということですね……」
「ええ。とどめは私がさします」
カシモアはそこだけは譲る気がないようだった。
地下に行き、悪魔を見つけ、悪魔の中にある闇の神の聖力を使い、罰を与える。その後弱った悪魔をカシモアが仕留める。
「そして、その悪魔が消えた後は、地上に戻り、闇の神の力の回復を促す。
筆頭の悪魔が倒れれば、そいつに協力していた悪魔たちは地上を目指す。今は闇の神がいなくなった後、安全に地上を侵そうとしているが、その保証がなくなれば、多少の危険は承知で、直接闇の神を倒しにくるはずだ。
闇の神が力を取り戻すまで、悪魔を抑える必要がある。私達が担うのはその役目だ」
シンリーの言葉に、アマリアとロメリアが頷く。遅れて、シネンも表情を引き締めた。
「このことは、王に進言済みです」
「陛下は何と?」
「私達に一任する、と。後で正式な王命が下ります。
けれど地下に、悪魔の巣窟に行くなど今までになかったことです。異例ではありますが、一度預言を受けることになりました。光の神が止めるのであれば、それ以外に現状手がなかったとしても、王としては認めることはできないと」
預言でもしサルジア達が失敗するような未来が見えたら、行かせる意味はない。唯一闇の神の聖力を持つサルジアを失うことは、悪魔を制する力を失うことでもある。
「そうですか……預言がどんなものになるかはわかりませんが、私も準備はしておきます。
預言が行われるのはいつでしょう?」
「次の休みです。
預言で問題ないと判断されても、地下に向かうのは夏下月になるでしょうね」
「ありがとうございます」
シネンはカシモアに礼を言って、頭の中で計画を立て始めた。
*
とうとう預言を受ける日が訪れ、サルジアはカシモア、アマリアと共に神殿を訪ねた。
王から話が伝わっていたのか、預言者自ら三人を出迎えてくれた。
「お久しぶりです、ダイナ様」
「お久しぶりでございます、サルジア様」
預言者はアマリア、カシモアにも同様の挨拶をした。
三人は訪問者用の部屋に通され、
「預言の準備は整っております。サルジア様、こちらへ」
サルジアのみが預言の間へと進むことになった。
神殿の最北の部屋にある預言の間は、本来預言者しか入れないようになっている。今回はサルジアについての預言でもあるため、サルジアがいた方が正確な預言を受けられると入室を許可された。
「ここが預言の間……」
部屋の奥の床には薄く水が張られている。入り口側は水をのある所より一つ高く床が作られており、水の中心部へと歩いていけるような道ができている。
「どうぞお進みください」
預言者はその道を進み、サルジアも後に続く。
「私が預言を行いますので、しばらくお待ちください」
預言者は祈るように両手を組み、目を閉じた。
光の神の聖力を持たないサルジアには何もわからないが、しばらくすると預言者は目を開けてサルジアを振り返る。
「戻りましょう」
残念そうではないが、喜んでいるわけでもなく、むしろ困っているような顔で預言者は言った。
応接間に戻ると、待っていたアマリアも預言者と同じように困惑を浮かべていた。
「ダイナ様……」
「アマリア様もご覧になったのですね」
サルジアがカシモアの隣に座ると、預言者は三人の前のソファに腰を下ろした。
「光の神の預言では、悪い未来は視えませんでした。確実に成功するといった内容ではありませんでしたが、サルジア様が無事に地上へとお戻りになると思います。光の神も、皆さまを応援していらっしゃいました」
何か良くないことでもあったのかと身構えていたサルジアは肩の力を抜いた。
「ただ、どう解釈すべきかわからないことがありました」
預言者はアマリアを見て、彼女と頷き合う。
「サルジア様についての預言の後、アマリア様のお姿が見えたのです」
「アマリアの?」
「はい、それも、光の神のベールを身に着けていらっしゃるお姿です」
アマリアも同じものが見えていたのか驚きはなく、同じ思いを共有できたことに少し安心しているようだった。
「お言葉を頂けなかったので、正確に何をお示しになられていたのかはわかりませんが、お伝えだけしておきます」
「ありがとうございます」
カシモアは礼を言い、頭の中で王への報告事項に書き加えた。
続きます。