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50.紫の瞳の理由

 リトマンはまた、怒りに表情を歪めていた。


「悪魔はただ、お前の聖力を奪ったのではない。お前にも契約の強制を行った。闇の神やルドンのように、寿命を縮めるものではない。悪魔の持つ魔力とお前の聖力を交換し続けているんだ。

 お前自身の中に、悪魔の魔力が流れ続けている。だがそれは契約によって行われたものとして、存在を許される。その印に、お前の瞳に紫の印が与えられた」


 契約によって悪魔から魔力を得ても、基本的にはその場限りの譲渡なので、人間自体にその所有権が移る。だが、サルジアの場合は、常に聖力と魔力が入れ替わっている。地下にいる悪魔とつながり続けている状態だ。


「魔物がお前の言うことを聞かざるを得なかったのも、お前の持つ魔力がそれによって膨れ上がっていたからだ。悪魔によっては、悪魔に聖力を捧げ続けるお前を贄と呼ぶものもいただろう。」


 地面に転がされたままの悪魔は、魔物としてサルジアの前に現れた時、確かにサルジアを贄と呼んでいた。そして副作用で動きを止めたと。次に悪魔として現れた時には副作用が怖くないと言っていたのは、完全な力を持って地上に現れた悪魔と、サルジアの持つ魔力の差が、それ以前よりも小さくなっていたからだろう。


「俺はその契約を解除することはできない。だが、()()()()()ことはできる。

 サルジア、今度は逃げてくれるなよ」


 リトマンがサルジアの口元に手をかざすと、やっとサルジアの口が解放される。同時に、足も解放された。


「俺の話を聞いただろう?俺と契約しろ。そうすれば、お前の聖力の流れる先は俺となる。

 俺は悪魔だが、闇の神を倒そうとは思っていない。愚かな奴らとは違う。闇の神を倒したらどうなる?光の神がそのままだと思うか?かつては全体を覆っていた光の神の聖力も、今では壁の先に届かない。闇の神が消えれば、光の神の力も弱まっていく。いずれは聖力も枯れるだろう」

「ならどうして闇の神を倒そうとする悪魔がいるの?」

「言っただろう?愚かなんだ。先のことを考えられない。今さえよければ、いずれ聖力が尽きようと関係ない連中なんだ」

「あなたがその悪魔とは違うとは限らない」


 リトマンは悪魔だ。そう簡単には信じられない、信じてはいけない。

 だがリトマンはサルジアの言葉に怒るでもなく、悲し気に眉を垂れさせた。


「ああ、俺は悪魔だ。どう頑張ったって人間にはなれない。

 だがサルジア、信じてくれ。俺は人間を愛しているんだ」


 リトマンはそっと自身の胸に両手を当てた。


「以前は悪魔の召喚も割とあったんだ。俺は望みを告げる人間が好きだった。その願いを叶えてやることに楽しさを感じていた」


 リトマンは本当に楽しかった過去を思い出すように語る。


「サルジア、闇の神が消えれば、人間を守る力はなくなる。地上に現れた悪魔は容赦なく人を襲うだろう。俺はそんな世界は嫌なんだ。

 お前の聖力で、お前と契約している悪魔は、今も地下にいながら聖力を得て、力を増やし続けている。賛同する悪魔に、力を与え、闇の神の力を弱めようとしている。

 赤毛の娘が持っていた本があっただろう?あれには悪魔の召喚方法ではなく、闇の神の力を弱める魔法が書かれている。大昔、人間が召喚と間違えて使っていたが、あれで現れた悪魔が契約をしないために禁忌とされた。それを知っていたから、闇の神の力も弱まり上手く抜け道を通れた悪魔が、人間の姿であの赤毛の娘に本を与えた女を唆したのだ」


 カガリーの使った魔法は、悪魔の召喚ではなく、闇の神の力を弱めるもの。それによってあの場所の闇の神の聖力が消え、光の神の聖力もない場所から侵入することができ、悪魔は完全体で地上に現れることができたのだろう。

 途中でサルジアが止められたからよかったものの、そうやって現れた悪魔を契約で縛ることはできない。あの時アマリアが知らせてくれなければ、カシモアが行かせてくれなければ、大きな被害が出ていただろう。


「サルジア、もう一度言う。俺と契約しろ」

「あなたと契約したら、私とあなたの契約になる?」

「いや、契約の解除は契約した悪魔としかできない。俺と契約して、俺がお前との契約を解除したとして、元の悪魔に聖力が渡るだけだ。

 言っただろう?書き換えると。本来なら、既にある契約を重ねることはできない。お前の聖力は全て俺ではない悪魔に流れている。だが、俺の方が力が強い。だから無理やり内容を書き換えることができるだけだ」


 リトマンの言っていることが本当かどうなのかわからな以上、この場で契約をしようという気にはなれない。だがそれ伝えて、下手に刺激するのも嫌だった。


「おや、随分と信用のならない悪魔がいたものですね」


 迷っているサルジアの耳に、馴染みの声が聞こえた。


「カシモア!」

「サルジア、遅くなり申し訳ございません。こんな危険な悪魔が関わって来ていたとは。

 学院に留まっていて正解でした」


 カシモアが館にいては、学院でのサルジアの行動を知るのに時間がかかりすぎる。そのこともあって、カシモアは学院に残っていた。

 カシモアはサルジアの前に進み出た。


「お前、俺を知っているのか?」

「ええ。あなたの名前はどこにも残っていませんが、その所業は知れ渡っています。これでも悪魔を研究していたので」

「俺の所業?」

「ええ、サルジア、あなたには以前お話ししました」


 カシモアはリトマンから目をそらさずに言う。


「あなたは人間に契約を強制した。魔力を与える代わりに、心臓を奪った」


 サルジアは思わず息を飲んだ。まさか、契約強制の唯一の例となった悪魔がリトマンだとは思いもしなかった。

 リトマンは一度表情を失くした。自身の胸に手を当て、カシモアをじっと見る。


「私の主と契約させるわけがないでしょう」


 カシモアの声には怒りがこもっていた。


「二度と、サルジアの前に姿を現さないでください」

「は、言われなくても、次は呼ばれない限り出て行かないさ。俺の想いは伝わったと信じているよ、サルジア」


 リトマンはぱっと表情を変えて、にこりと笑った。そして地面に転がっていた悪魔の首を拾い上げ、その場から姿を消した。


「つ、かれた」


 サルジアは悪魔との対峙状態が解除され、思わず地面に座り込んだ。


「サルジア!大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。気が抜けただけだから」

「そうですか……あの悪魔には何もされていないですね?」

「……うん」


 一度口と足を封じられたが、カシモアが心配するようなことはないはずだとサルジアは判断した。


「カシモア、あの悪魔は退治しなくてよかったの?」


 リトマンは大人しく去ってくれたが、サルジアはもしもの事態に備えて、裁きの呪文を唱える準備もしていた。カシモアが立ち去れと促したのには驚いたのだ。


「あれは私達ではどうにもできない悪魔なのです。この場から去ってくれて助かりました」

「どうにもできない?」

「闇の神であれば対処できるかもしれませんが、あの悪魔は特別なのですよ」

「特別……」

「サルジア、言ったでしょう?あの悪魔が魔力と引き換えに何を求めたか」


 リトマンが契約を強制して、契約者は命を落とした。それは代償として心臓を持っていかれたからだ。

 途中、リトマンが胸に手を当てていたのをサルジアは思い出し、全身の血の気が引いていくような感覚に陥った。


「だから、難しいのです。

 すみません、怖がらせるつもりはなかったのです。行きましょうか」


 カシモアはサルジアを抱き起し、ようやく震えの収まった魔獣を落ち着けて、その背に乗った。サルジアもカシモアの前に跨る。


「狭いですが、我慢してくださいね」


 大地の館の魔獣には、二人で乗れるような馬具をつけているが、この魔獣は授業用のもので一人で乗ることを想定している。だが、サルジアにとっては、カシモアの心臓の音がいつもより近くで聞こえるこの状況に、とても安心できた。

続きます。

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