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49.悪魔の語り

 魔獣は止まることなく進み続け、やがて学院を出て、見知らぬ街を通り抜け、人気のいない草原で足を止めた。


「やっと止まった……」


 道中振り落とされないように必死だったサルジアの口から、気の抜けた声が漏れた。

 魔獣がゆっくりと体を伏せたため、サルジアは魔獣から降りる。ここがどこかはわからないが、学院に魔法で戻ることはできるはずだ。動かない魔獣と一緒に戻ろうとしたところで、魔獣がびくりと体を揺らす。


「サルジア、随分と久し振りじゃないか?」


 軽い声には聞き覚えがある。


「リトマン……」

「何だ、ちゃんと覚えてたじゃないか」


 人のように見えるけれど、よく見ると耳の先が尖っている。悪魔のリトマンだった。


「あまりにもサルジアが俺を呼んでくれないから、俺が呼ぶことにしたんだ」

「私を……あなたはあの小屋以外で私を見失うんじゃなかったの」

「ああそうだ。だから、お前を見つけられるやつの力を借りたのさ」


 リトマンが両手を合わせて音を鳴らすと、両手の間になにかが現れる。球のようで歪なそれは、サルジアも一度は見たことのあるものだった。


「くそ、くそ!この俺が!」


 リトマンの手の間には、かつてサルジアが倒した悪魔の首があった。以前見た時と違い、髪も短く、瞳は閉じられている。


「大した力もないくせに喚くな。

 これはサルジアを知っている、俺にとっては気づきにくい闇の神の聖力にも敏感だ。小物だからな。

 こいつの目を借りれば、サルジアを見つけられる」


 悪魔の瞳が閉じられているのは、リトマンが使っているからのようだった。


「丁度、近くにこれもまた小物がいたから、利用したのさ」


 リトマンは地面に倒れて震えている魔獣を見て言った。


「悪魔は、魔物を操る……」

「そうだ。正確には、より強い力に魔物は従うしかない。

 サルジア、お前も経験したことはないか?魔物がお前の言うことを聞いたことはなかったか?」


 直ぐには思い至らなかったが、リトマンに怯えてか静かにしている悪魔の首を見て、サルジアは思い出す。


――ニエのくせに!フクサヨウだ!


 この悪魔が、まだ魔物の姿をしていた時、そう叫んだあと、何かに縛られたかのように動きを止めていた。その前に、サルジアはこの魔物に向かってやめろと言っていた。


(あれは、魔物が私の言うことを聞いてたの?)


「いや、今はそんなことどうでもいい。

 リトマン、私はもうあなたに何も望まない。私はどうして瞳の色が変わったのか、ある程度はわかってるの」


 推測ではあるとはいえ、それがわかった以上、サルジアは悪魔に付け込まれるような動揺はない。


「ほう?お前の予想があるのか?」

「あなたじゃない他の悪魔が、私の聖力を奪った」

「そうだ、他の悪魔が、お前の聖力を奪った」


 サルジアの言葉を繰り返したリトマンは、急に瞳を鋭くさせる。


「あれのせいで、お前の瞳は……いやいや、よくない、今はサルジアと話をしているんだ。

 ああ、悪魔がお前の聖力を奪った。だが、それは何故だ?」

「え?」

「どうして悪魔がお前の聖力を奪う?」

「どうしてって、悪魔は聖力を求めているんじゃないの?」


 リトマンはサルジアの問いににやりと笑みを浮かべる。


「ダメじゃないか、サルジア。お前はまだ何もわかっちゃいないよ。

 どうして悪魔がお前の聖力を奪った?どうしてそれで瞳の色が変わる?わかっていないな?知りたくないのか?」

「それは――」


 もちろん知りたい。だが、サルジアはここで思い直す。リトマンがサルジアをここに連れて来たのは何か目的があるはずだ。今のこの問答が、悪魔の望む何かに繋がるのであれば、真面目に答えている場合ではない。

 戻らなければ、と口を開いた途端、サルジアの顔に蔦が絡みつき、口を塞がれてしまった。土が盛り上がり、サルジアの足も動きを封じられてしまう。


「おっと、魔法を使われちゃあ困るな」


 リトマンの仕業だった。彼は悪魔の首を地面に落とすと、サルジアの額に手を当てる。


「どれどれ……ああ、中々に良い線をいっている。ルドンの死の原因もわかっているのか……」


 悪魔はサルジアの記憶を探っているようだった。しばらくすると満足したのか、サルジアの額から手を離す。


「サルジア、なぜ魔物が闇の神を襲ったのか、わかるか?

 悪魔は、魔物は、確かに光の神の聖力を求めている。だから光の神の聖力の薄い西から地上に侵入し、人間を襲い、あるいは土地を荒らし聖力を奪った。だが人間が壁を建て、光の神の聖力は手に入りづらくなった。しかし代わりに、同じ大地に関わりのある精霊達は姿を消し、大地とのつながりが強固となった。その力を対価として人間から聖力をもらうものや、人間と共存し聖力を手に入れるものも現れた。

 だがな、それでもやはり足りぬと思う悪魔がいるのだ」


 リトマンは淡々と語る。


「どうして光の神の聖力を手に入れられないのか。それは人間が壁を建て、隔たれた西側では闇の神が裁きの力で魔物を封じるからだ。ごく稀に、壁の先に抜け出せるものもいるが、大抵はそこでまた地下に戻される。つまり、闇の神の力が大きいのさ。

 悪魔は光の神の聖力――異界の者の侵入を許さない力が薄いところから、這い出すことができる。ただしそれは抜け道だ。元の姿ではいられず、形を崩して魔物と呼ばれる。

 元の姿を損なわずに地上に出るためには、人間に召喚される必要がある。人間に召喚された悪魔は、光の神にも闇の神にも許された存在だ。だから許可の証である紫の印を持っている。

 聖水は光の神の聖力と闇の神の聖力を含んだ海水でできている。存在を許された悪魔にはただ光の神の聖力を得られる水だが、魔物には許されざる存在、闇の神の聖力によってその身に罰が下る。

 悪魔が聖力を得るためには、人間の召喚と契約が必要で行動も縛られる。抜け道を利用すれば闇の神に阻まれる。稀に、闇の神、光の神、双方の聖力の守りを抜けて抜け出せた悪魔は、契約にも縛られず許可の印を得ることはできるが、確率が低すぎる。悪魔にとってはかなり労力がかかるんだ」


 リトマンの語る内容は、既にサルジア達が知っているものも多かったが、紫の印があることで聖水が効かないことは知っていても、それが二柱の神に許された証であるとは思いもしなかった。


「そうなった愚かな悪魔の考えは単純だ、闇の神を消してしまえば、自由に光の神の聖力を手にできる」


 既に光の神は天に昇っている。西側に光の神の聖力はなく、闇の神が消えれば、西側から侵入し、邪魔する闇の神もいないので容易に壁を越えることができる。闇の神の力がなければ、聖水は作れず、悪魔にとっては簡単に光の神の聖力を手にできる世界となる。


「闇の神も万能ではない。地上の神としてあるために人間を代わりとし、数百年毎に別の人間へと移っていく必要がある。幼い闇の神は力も弱く、十になるまでは泉の聖力の補助がなければ何もできない。

 闇の神の代替わりの時期、前の闇の神が死んだ後、次の闇の神が十になるまでに、闇の神を殺してしまえばいい。そうすれば闇の神は地上の神としてはいられない。光の神も天に昇った今、闇の神は海底に沈んでいくのみだ」


 光の神とは違い、信仰する者も少ない闇の神が、地上を離れた後、果たして光の神と同じように、その後も国に関わり続けられるだろうか。


「殺すことには失敗したが、契約の強制で闇の神の寿命を減らすことができた。闇の神の代わりとなれる人間もそう多くはない。たかが数十年では後継を見つけられないだろうと高を括っていた連中は、ルドンによってその計算を狂わされた。

 自身の異変に気付いた闇の神が、どうにか光の神と交われないかと壁を越えた際、襲い掛かった魔物を退治すると共に、闇の神にかかった呪いを弱めてしまったんだ。ああ、そうそう、最初もルドンに退治されて計画が失敗したんだったか。それによってルドンは闇の神の聖力を得ていた。だから二度目に闇の神を助けた時、ルドンにあった闇の神の聖力が、闇の神に呪いに対抗する力を与えた」


 カシモアは、ルドンが闇の神から聖力ではなく、闇の神の力自体を譲渡されたと言っていたが、ルドンがそれ以前に闇の神を助けていたのだとしたら、サルジアと同じように闇の神の聖力を授かっていても不思議ではない。


「さすがに対策はしていたんだろうな、消える前にルドンにも契約の強制を行った。

 寿命を大きく減らされた闇の神は、次代へ引き継げる力も弱くなった。かろうじて、ルドンに残った闇の神の力がこの国を支えていたが、それも呪いによって早々に消え去った。残されたのは今までよりも力の弱い闇の神。これなら大した邪魔もできない。実際に、今だって魔物は出現しやすくなってるだろう?」


 本来ならば光の神の聖力よりも効果を失いにくいはずの闇の神の聖力が、これほどまでに弱くなっているのは、闇の神自身の力が小さくなっているからだった。これではただ壁を壊すだけでは解決しない。闇の神に元の力を取り戻さなければ、制御できない魔物が国中に広がってしまう。光の神と闇の神のつながりが戻ったとして、魔物の被害が大きくなる前に事態を解決できるだろうか。


「かつて闇の神の力は大きかった。だが、突如現れた魔物や悪魔と結び付けられ、恐れの対象となりかけた。壁を建てれば光の神は天に昇ってしまう。それでも、闇の神が神としての力を失い、魔物を制限できなくなることの方が問題だった。

 光の神は天に昇り、闇の神は大多数の信仰を失った。それでも、光の神は天から声を届け、闇の神は壁の向こう側で魔物を制し続けた。それによってこの国は続いていた。だが、闇の神の力が弱まったことで今後は大きく国の形が変わってしまうだろう。悪魔が望む世界になっていく」


 サルジアはリトマンの話を聞きながら、ふと不思議に思う。彼の語りは今の世を憂いているようで、悪魔側の視点ではないように聞こえたのだ。

 悪魔はサルジアの口を塞いだまま、彼女の頬を撫でる。


「サルジア、お前が最後の希望なんだ。

 今の闇の神は力が弱いが、それでもまだ闇の神として存在している。力の弱った闇の神を殺そうとした悪魔はまたしても失敗した。お前が、闇の神を助けたからだ。お前のおかげで、闇の神は今も存在している」


 サルジアが助けたと思っていた少年は、闇の神だった。詳細を覚えてはいないが、それは確かだったのだろう。


「ああ、代わりにお前は酷い仕打ちを受けた」


 リトマンは悲し気に目を伏せた。


「俺にそれを消してやることはできない。だが、先を俺に変えることはできる。

 前は逃がしてやったが、今日はこうしてゆっくり時間が取れた。サルジア、俺と契約するんだ。

 お前の瞳がなぜ紫なのか、それはお前の聖力が奪われて色を変えたのではない。今も()()()()()()()()からだ」

続きます。

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