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48.カシモアの過去

 カシモアは遠く懐かしむように目を細めて口を開く。


「私は防魔の壁の向こう側で生まれました。周りは何もありませんでした。光の神の聖力の及ばない場所で、生き物が育つのは難しかったのです。こちらにくるまでは何とも思いませんでしたけどね。

 私は闇の神を支える一族でした。まだ働き手としては数えられない歳の頃、新たな闇の神の分身が魔物に襲われました。本来あり得ないことなのです。闇の神の力は魔物にとって恐ろしいものですから。

 大人たちが魔物を仕留めようとしましたが、魔物は闇の神を連れ去りました。途中で逃れられたようで、隠れるために森に入ったと聞いています。光の神の導きなのか、防魔の向こう側、こちら側に抜けることができたようで、そこでルドン・ベキアに会ったと言います。

 ルドン・ベキアは壁を越えてきた魔物を倒し、闇の神を助けました。後でその話を聞いて、私は初めて彼のことを知ったのです」


 闇の神を救ったのが、防魔の壁の向こうの人間、それも自分と同じ年頃の少年だと知って、カシモアは衝撃を受けた。


「そしてその数年後、私はこちら側に来ることが決まりました」

「どうして?」

「光の神の聖力を得たからです。

 基本的に壁の向こうに光の神の力は届いていません。あなたもそうだと思いますが、光の神の聖力を持たない人間は魔物に認識されにくいのです。魔物は光の神の聖力を求めていますからね。

 ごく稀に、壁の向こう側でも光の神の聖力を授かることがあります。ある日突然発覚する形が多いですね。そうなると、向こうでは暮らしていけません。魔物がうろつく土地にわかりやすい餌が落ちているようなものですから。

 光の神の聖力を受けた者は防魔の壁を越えることになっています。だから私はこちら側にきたのですよ」


 サルジアはカシモアの過去に驚くとともに、サルジアに聖力が全くないと知ってもそれほど重く捉えていなかったことに納得する気持ちにもなった。


「こちら側に来てしまった以上、もう元の場所に関与することはできません。闇の神を助け、魔物を抑えるのはあちら側に住む者の役目で、光の神の聖力を授かってこちら側に来た人間はあちら側を忘れて生きていくのが規則だったのです。

 なぜこちら側に来た人間が過去を語らないのか。それはこの国を護るためです。私達の知る情報はこちら側を混乱させるものでもあります。それとは別で、あちら側を鎮めるのは闇の神の役目であり、こちら側の人間を巻き込むことを良しとしなかったからでもあります。

 私はこちら側に来ると決まって、もう何の役にも立てない人間になってしまったことが悔しかったのです。家の手伝いもできない歳でしたから。だからせめて、闇の神を助けてくれたルドンという少年を探し、彼のために生きようと思ったのです」


――私はルドン・ベキアに出会う前から、彼に仕えると決めていましたからね。


 夏下月にカシモアはそう言っていた。


「いわゆる神の使いと呼ばれる存在は、大人であればそのまま生活を始めますが、私は子どもだったので神殿にお世話になりました。その後は寮制の魔法学院に入学し――神の使いは誰でも入学できたのです――卒業後は一人で生きていくのが流れでした。

 魔法学院に入学して、私はようやく探していた人物を見つけることができたのですよ」


 それがサルジアの師匠、かつての大地の館の主、ルドン・ベキアだった。


「それからは夢のような日々でした。友人のように学院での生活を送り、卒業後も彼と共に行動しました。二十五という若さで館を得たルドン・ベキアに、館に仕える者として正式に使えることも出来ました」


 カシモアの瞳は輝いていた。口角は自然と上がり、声も弾んでいる。


「ですが、私が思っていたよりもずっと早く彼と別れることになりました」


 黒く艶やかなまつ毛が金の瞳を覆い隠す。


「原因もわからぬまま、主は弱っていきました。普通の人間に比べたら長生きだと笑っていましたが、私はずっと納得がいきませんでした。

 そして彼は、この世を去る直前に弟子について語りました。その弟子を自身の子ども――まあいないのですが――が館を引き継げる年になるまで、館の仮の主とすることも」

「それは、みんな驚いただろうね」

「ええ、思わず笑ってしまうくらいには。けれど彼はよく弟子の話をしてくれましたから。どこにいてどんな姿をしているのかは、一切語りませんでしたが、私はそれを受け入るのは難しくありませんでした」


 受け入れるのが難しかったのは、サルジアの瞳の色を知ってしまった他の使用人たちだろう。


「流石にあなたに初めて会った時は驚きましたけどね。あなたは大地の館について一切知らない様子でしたから。

 あの時の私はどうにか大地の館を継続させたかった。あなたがルドン・ベキアの弟子であれば、仮の主が立ち、館を存続させられる。そうして館を存続させられれば、私の生きる目的となっていた主がいなくなって失った何かを、取り戻せる気がしていたんです」


 初めて会ったカシモアは礼儀正しいようでいて冷たく、ただただ厳しかった。


「けれど実際にあなたと関わっていく内に、私の中に空いた穴が徐々に埋まっていくのを感じました。元に戻ったのではなく、別の新しい何かが埋めてくれたのです。

 ルドン・ベキアの遺してくれたサルジアという弟子は、同じ目的のために動く同志であるだけでなく、私にとって大切な存在になっていました。

 あなたは自身の存在について無頓着な傾向が強いですが、私にとってあなたはそれほど大きな存在なのですよ」


 カシモアはサルジアに言い聞かせるように言った。

 サルジアもカシモアに大切に想ってもらっていることは知っていた。それでもこうして改めて言葉されると、体の内から熱いものが込み上げてくる。


「うん、カシモア、わかってるよ」

「そうだったらいいのですが」

「私も、カシモアが大切だから」


 カシモアはまさか言葉を返されるとは思っておらず、すぐには言葉を返せなかった。


「ありがとうございます、サルジア」


 そう言ったカシモアの瞳は酷く優しかった。



*



 大地の記憶を見てわかったことについては、先にカシモアが語った内容とともに王に伝えられた。今後については慎重に決めたいとのことで、春下月の間、カシモアやシネン、シンリーは度々王都に招集されていた。

 本当はサルジアもついていきたいところではあるが、彼女には学院での学びがある。二年生からは将来のための実践的な授業も多くなるのでさぼるわけにはいかない。


「サルジア様!試作ですが、使えるようにはなりました!」


 夏上月の学期開始早々、ロメリアはサルジアに箱を渡してそう言った。


「これは?」

「私の研究題材でもある、魔法の杖です」


 箱を開くと、中に一本の杖が入っていた。


「まだ改良の余地はありますが、サルジア様に使っていただける形には持っていけました。

 本来杖にある光石は使用者の聖力を補強するものですが、使用者が聖力を持っていなくても同じ様な形で使用できるようになっています。光石の七割程度は使用できるかと思います」


 二年生以降では聖力を使う授業もあると聞いて現実逃避しかけていたサルジアにとって、この杖はとてもありがたいものだった。


「ありがとう、ロメリア!」

「サルジア様に喜んでいただければ何よりです。杖の館に頂いた設計書を参考にしていますから、杖自体の質も良いものになっているかと思いますよ」


 サルジアは普段魔法陣を描かないので杖に馴染みはないが、杖の館にもらった設計を参考に作られた杖なら、その効果は高いのだろうと思った。


「今後も改良を続ける予定ですから、期待して待っていてくださいね!」


 研究室の活動はいったん止まっているはずだが、ロメリアはやる気に満ち溢れていた。


 魔法を扱う者が進む道は大きく分けて三つだ。王都で働くか、教育に携わるか、それ以外。魔法学院では主に王都で働くための能力を得られるように授業が組まれている。魔物の討伐等に携わる魔法士と、国政に関わる魔導士を輩出することもこの学院の一つの役目である。

 夏上月は魔法士の基礎を学ぶ。最初の授業は魔獣の騎乗についてだった。


「よいですか、魔獣は人に協力的とはいえ、服従しているわけではありません。気難しいものもいれば、機嫌が悪い時は相手にされないこともあります。

 魔獣も魔物と同じですから、慎重に行動してくださいね」


 教師の言葉を聞かずに例年数人は大怪我を負うのだが、今年は魔物は悪魔の不完全体であることも広まったおかげか、みな気を引き締めて取り組んでいた。


「光石はあくまで前払いのようなものですから、魔獣に許されるまで与え続けようとしないでください。時には諦めることも必要です」


 魔獣が光石を食べて、与えた人間に体を触れさせれば、許可が下りたことになる。


「魔獣に乗る時も、丁寧に乗るのですよ。ここで乱暴にしては振り落とされます。乗ったあとは、自身の聖力を少しずつ流しながら、手綱を操ります。今日は乗るところまでですから、慣れている人も動かないでくださいね」


 指示に従って、学生たちはそれぞれのペースで進めていく。


「サルジア、準備はいい?」

「うん、大丈夫」


 サルジアはアマリアと二人で一体の魔獣を共有していた。馬の形をしている魔獣は大地の館でも見慣れた姿だった。

 最初にサルジアが挑戦することになったが、光石を与えるだけならば簡単だ。それでも油断しないように、サルジアは魔獣の様子を伺いながら光石を差し出す。

 魔獣は光石を口に含むと、きょろきょろと辺りを見、光石を食べ終わった時点でようやくサルジアを捉えた。大人しい性格だったのか、魔獣はそれで満足したのか、サルジアの肩にその頭を乗せる。


「うまく行ったわね」

「うん」


 サルジアにとってはここからが本番だった。魔獣に乗る際は、いつもカシモアに乗せてもらっている。一人で魔獣を怒らせることなく乗れるか心配だった。

 緊張しながらあぶみに足をかけようとした時、魔獣はサルジアが乗りやすいように地面に伏してくれた。


「まあ、優しい子なのね」

「嫌な思いをするって思ったのかも……」


 サルジアはそう言いつつも、ありがたく魔獣に跨る。サルジアが乗ったことを確認した魔獣はゆっくりと立ち上がった。


「これで大丈夫ね」

「そうだね。乗り方はおまけしてもらったけど」


 今後練習しようとサルジアが思っていると、それまで大人しかった魔獣が急に暴れ出した。


「うわ?!」


 その場で小走りになり、サルジアは思わず手綱を強く握った。


「サルジア!」


 アマリアの焦った声に彼女を振り返る間もなく、魔獣は勢いよく走りだした。

春下月の館の集いは当然のように不参加でした。

続きます。

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