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47.悪魔の呪い

 突然館に現れたサルジアに驚きながらも、カシモアはすぐにお茶を用意してくれた。席に着く前に汚れた服については叱られてしまったが。


「館の中に転移魔法で現れるとは珍しいですね」

「ちょっとびっくりしてて……」


 サルジアは森で大地の記憶を起こった出来事について話した。


「シンリー様にいただいた水晶でルドン・ベキアの記憶を見られたのですね」

「そう」

「大きな魔物を倒して、館を賜れるかもしれないと言っていたなら、彼が二十五の時の話でしょう。

 森で誰かを助けたとは聞いていませんが、あの時魔物はかなり奥にいたはずです。彼もその人の事情を察して特に私に言うこともなかったのでしょう」

「その人を、私も見たことがあるって、思い出したの」

「はい?」


 カシモアは金の瞳を見開いた。


「彼が二十五なら、あなたが生まれる六十年ほど前ですよ」

「わかってる。でもとても似ていたから……」

「そんなにですか。

 シンリー様のように、高位の魔法使いでも館に仕えない人は他にもいるかもしれません。それでも多少は歳を取って見えると思いますが」

「ううん、私が会った時、その人はまだ幼かった」

「幼い?」

「私が師匠に出会う前に、森で助けた男の子。同じ位の歳だってことしか覚えてなかったけど、師匠の記憶を見て思い出した。

 黒い髪に赤い瞳の人なんて、珍しいのに、どうして今まで忘れてたんだろう」


 カン、と金属を弾く音がする。


「カシモア?」


 どうやらカシモアがカップを掴み損ねて、持ち手に爪が当たってしまったようだった。

 カシモアの顔は青ざめている。


「黒い髪に、赤い瞳?いや、そんなはずは……」


 カシモアはぐっとサルジアに顔を寄せる。


「他には、何か覚えていますか?その人が何を言っていたかでもいいです」

「他は、師匠が出口まで送っていくって言ったけど、帰る場所は近いから大丈夫だって。

 あとは、師匠には二度も助けられた、託すのが最善かも知れない、多少時間は延びたけど、後継を選ぶ時間があるかわからない、って、お礼は要らないって師匠が言ったけど手を握ってた」


 何とか思い出す限りを口にすると、カシモアの顔色はどんどん悪くなっていった。


「大丈夫?」

「ええ、大丈夫です。少し、時間をいただけますか」


 カシモアは椅子に座り直し、深く息を吐いた。思い詰めたような表情に諦めが加わり、やがて落ち着いた。


「サルジア、あなたがなぜ闇の魔法を使えるのかわかりました。

 あなたの見た黒い髪に赤い瞳の子どもは、闇の神だったのです」

「え?」

「どうしてその時期に子どもの状態の神がいたのかはわかりませんが、あなたは彼を助けたと言いましたね。

 闇の神を信仰しているだけでは闇の聖力を得ることはできません。神を助けた、神の力となった者にのみ、闇の神は聖力を渡すことができるのです」


 具体的にどのような状況でどうしたのかは覚えていない。それでもサルジアは彼を助けたことだけは覚えている。その後聖力を渡されたのだろうか。


「でもカシモア、どうしてその人が闇の神だって言えるの?」

「黒い髪に赤い瞳は闇の神の特徴で、その分身とも言える人間はその特徴を引き継ぎます。闇の神の聖力のためか、似たような顔立ちになるのです。

 そしてルドン・ベキアが助けた青年は彼に二度助けられていると言いましたね。私の知る闇の神は、ルドン・ベキアに一度助けられているのです」


 どうやらそれで、カシモアはルドンの助けた青年、そしてサルジアの助けた少年が闇の神だと判断したようだった。


「闇の神を助けるのは、悪いことではないでしょう?」

「ええもちろん。ただ、あなたの話で、今、とても悪い状況にあることがわかったのです。それと同時に、どうして――」


 カシモアは言葉を切り、悔しそうに眉を寄せた。


「どうして、ルドン・ベキアが亡くなったのか」

「師匠が亡くなった理由?」

「ああ、何から話せばよいのでしょうか……。

 最初に、闇の神の分身については以前も話しましたね。数百年で次の分身が必要になると。

 正確には、闇の神の分身は人として成長し、その力を増します。そして次代を見つけてから亡くなります。次代の闇の神は本来持つべき力のほんの一部だけの力を得て、また成長することで力を増します。十歳で分身ではなく闇の神本体から力を分け与えられるまでは、泉の聖力で補強もされます。

 そして私がまだ壁の向こうにいた頃、闇の神はまだ子どもでした。何を思ったのか、魔物は闇の神を襲い、神はこちら側まで逃げたと言います。その時に、ルドン・ベキアに助けられたのです」


 それがルドン・ベキアが最初に闇の神を助けた瞬間だった。


「だから私は、彼に出会う前から、彼のことを知っていたのです。

 それから数年も経たない内に私はこちらに来ましたから、その後のことはわかりません。ただ、闇の神がその時点で後継を選ぶ時間があるかわからない、と言っているのはおかしなことです。闇の神に何かあって、本来数百年あるはずの寿命が常人よりも短くなってしまっていたのでしょう」

「何かって?」

「これは推測ですが、悪魔の呪いです」

「呪い……」

「悪魔の契約について、悪魔側が無理やり契約を行った例を紹介しましたね。それを悪魔の呪いと呼ぶことがあるのです。魔力の代わりに命を奪うことができるのであれば、神の寿命も奪うことができるのかもしれません」


 カシモアは断言しなかったが、そう確信しているようだった。


「あなたの助けた少年がいるので、後継自体は残せたようですが……。

 二度目にルドン・ベキアに助けられた時も、闇の神は魔物に襲われていた。魔物は悪魔の不完全体ですから、悪魔とも言えます。ルドン・ベキアにもその呪いをかけたのではないかと思うのです。契約なら人間との交渉のために言葉を話す必要がありますが、無理やりの契約に言葉など不要ですからね」

「そんな!」

「もともとルドン・ベキアは大地の力を多く持っていました。だからこそ大地の魔法を生み出せた。けれど彼が大地の魔法を体系化したのは館を賜った後、つまりその出来事の後です。悪魔の呪いによって大地の魔力が膨れ上がったのであれば、それも一因と言えるでしょう。

 新たな魔法を生み出せるほどの偉大な魔法使いが、たった百年で亡くなるわけがないのです。ずっと、どうしてなのかわからないでいましたが……」


 カシモアは言葉を続けられなかった。

 かつて尊敬し仕えていた友のような関係でもあったルドン・ベキアを失った理由を、こんな形で知ることになるとは思っていなかったのだろう。


「それに、どうして今これほどまでに魔物が異常発生しているのか、わかりました。

 ルドン・ベキアは、闇の神からその聖力ではなく、闇の神としての権能とも言える力を譲渡されていたのです」

「闇の神の力を」

「はい。託すのが最善かも知れないといって、手を握ったのであれば、力を引き渡そうとしていたのでしょう。完全には移せなかったでしょうが。

 ルドン・ベキアの力が弱まって以降、魔物の異常発生が見られたのは、彼の与えられた闇の神の力が弱まったからだと思います。そして彼がこの世を去った後、綻びが広がり続けている。

 闇の神はもう次の世代に代替わりしているのに、ルドン・ベキアの死がこれほどまでに大きな影響を与えているのは、次代の闇の神が、その力を十分には引き継げていないからだと思います」


 今とても悪い状況にあることがわかったと言っていたのは、このことだったのだろう。


「この分だと、私の素性はそれほど経たずに明かされることになるでしょうね。闇の神、壁の向こう側を助けに行く必要がありますから」


 カシモアは疲れた表情で言ってサルジアを見た。


「あなたには先に、私から直接お話ししておきたいのですが、聞いていただけますか?」


 疲れを含んでいても柔らかな声に、サルジアは頷いた。

続きます。

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