46.大地の記憶
発表も終わり、研究室の活動も落ち着いてきたので、サルジアとアマリア、ロメリアはまた行動を共にするようになっていた。
アマリアの部屋に集まった時に、研究室でカシモアの話してくれたことを伝えると、二人は声も出ないほど驚いていた。
「そんな、魔力に、悪魔の持つ力が含まれているなんて……」
ロメリアは信じられないと言うような目で自身の手を眺めていた。もとは精霊の持つ力であったと知っていても、その衝撃は大きい。
「精霊については、私の研究でも調べられるかもしれないわね。もちろん、王の判断があるまで、このことを研究内容に盛り込むことはできないけど」
アマリアはしばらくして落ち着いたのか、自身の研究と関連づけていた。
「王が、このことを公表されるとしたら、サルジア様はすぐに防魔の壁を壊すために動かれますか?」
ロメリアも徐々に落ち着きを取り戻し、いざとなれば動けるように自身の準備をするべきかと訊ねる。
「ううん、すぐじゃないと思うよ。
防魔の壁は、光の神と闇の神を引き裂いてしまったけど、人間にとってはよく作用してるってカシモアが言ってた。壁を壊せば、闇の神が相手をしている魔物が全てこちら側に流れ込んでしまうの」
「それなら、先にあちら側の魔物を減らさないといけないのね」
「うん。でもそう簡単にはできないの」
「それは魔物の異常発生に関係しているのね」
アマリアは直ぐに気づいた。
「ただ魔物を倒すだけなら、もしかしたら闇の魔法を使えるサルジアにはできるかもしれない。
けれど、魔物の発生をある程度は抑えられないと防魔の壁を壊すのは危険。壁が壊されてすぐに今いる魔物が消えるとは限らないものね」
「そうなの。カシモアは少し前なら、直ぐに壁を破壊しても問題なかっただろうけど、今は魔物の発生が異常だって。ゴート村の聖力が少ないところを補強したから、中央に魔物が現れることはなくなったけど、未だに魔物の発生件数が多い。その原因を突き止めないと、望んだものと違う結果になるかもしれないって。
闇の神の力は弱くなっているけど、今までこの国に巡っている闇の聖力に異変はなかったのに、ゴート村では明らかに聖力が薄くなっているところがあった。だから、抜け道ができやすいって言ってた」
ゴート村でアマリアが土地を回復した後、サルジアはカシモアに続いて呪文を唱えた。
――闇の神よ、この地をお守りください。
あれは、闇の神の聖力を補強するものだった。
「単に闇の神の力が弱まっているというわけではないのですね」
「うん。闇の神は人に力を与えることはできなくなってしまったけど、未だに地上に存在する神だから、大地に巡る聖力は天界に行ってしまった光の神よりも衰えにくいらしいの」
「防魔の壁がいつからあるかはわからないけど、ずっと壁があっても起きなかった異変が、突然発生するとは考えにくいわね」
サルジア達が生まれるもっとずっと前から、この国は今の形となっていた。もし異変が起きるとしても徐々に起こるはずだ。
「そう、だから、防魔の壁を壊すのはその後だよ。今はこの件に関して動けないから、先になぜ異変が起きているのか、根本的な原因を探そうってなってる」
「そうなのですね」
ロメリアはすぐに防魔の壁を壊す必要がないと知ってほっとしたようだった。
「根本的な原因につながるかはわからないけれど、最近また別の予言がったわ」
「別の?」
「ええ。予言、というよりは過去のように見えたけれど。
ルドン・ベキアの若い頃――といっても、見た目だけでは実年齢はわからないけれど――彼が防魔の壁付近の森にいるところが見えたの」
「師匠が?」
「ええ。予言ははっきりとしないものが多いけれど、あれはたしかにルドン・ベキアだったわ」
「光の神はどうしてそんなことを?」
「わからない。けれど、光の神が全てを知っていて、サルジアに救いを求めているのなら、あなた自身がルドン・ベキアについて知ることが何かのカギになるのかもしれないわ」
「そうだね」
サルジアは師匠についての大地の記憶を探している途中でもある。
「今度、森に行ってみるよ」
ラナンから聞いた話もまだ実践できてはいない。サルジアは週末に西に戻ることにした。
*
カシモアはサルジアが森に入ることを許可した。リトマンの言葉から、小屋を頼りにサルジアを認識していることがわかった。小屋にさえ近づかなければ、今まで通り近づいてくることはないだろうと。
一緒に館に戻ってきたロメリアはサルジアに同行したがったが、森には魔物がいる可能性も高いのでカシモアが止めていた。サルジアはもともと森でも活動をしていて、魔物に認識されることもほとんどない。ロメリアと一緒にいる方が彼女にとっても危険だった。
「この辺りかなぁ」
森は広く、アマリアからも正確な場所は聞けていない。それでも、この森には師匠の記憶が眠っているはずだ。サルジアにとっても思い入れの強い場所であれば、師匠のことを強く想うことができる気がした。
「懐かしい……」
小屋から遠く離れた、一際暗い場所。木々は生い茂っているというのに、水場は遠く、食べられるような植物もない。昔サルジアがここで一人死に近づいている時に、声をかけてきた人がいた。この場所は、サルジアとルドン・ベキアが出会った場所だった。
――僕の弟子にならないかい?
そう言って、何度もサルジアを訪ねてきてくれた。
「師匠……」
サルジアはごろりと転がって、じめじめとした土に背中を預けた。
――この小屋を好きに使っていいよ。
――そう、サルジアは覚えが早いね。これならすぐに文字を読めるようになるよ。
――もう治った?昨日あんなに苦しそうだったのに?だめだよ、休んでないと。
場所を与えてくれて、文字を教えてくれて、褒めてくれて、心配してくれた。
最初は本当にサルジアを観察しているようだった。サルジアだって、また追い出されるのではないかと不安を抱えながら過ごしていた。けれど、ルドンはサルジアと接する内に彼女に積極的に関わるようになった。サルジアも、頻繁には会えないものの、いつも次を約束してくれるルドンに甘えるようになっていた。
「もう、会えないんだよね……」
アマリアが死んでしまうかもしれないと思って、その時ようやくサルジアはルドンの死を理解した。死んでしまったらもう会えないのだということを。
師匠が再びあの小屋の扉を開くことはない。今ではその小屋にさえ入れない。
――いや、お礼なんて要らないんだけど。
師匠の声が聞こえた気がして、サルジアはがばりと起き上がる。
「今……」
自身の胸元から眩しさを感じて確認すると、シンリーにもらった水晶が光っていた。
――これは特別な水晶でね、大地の持つ記憶を見ることができるんだ。
サルジアが水晶を手に取ると、水晶から溢れた光が、サルジアの目の前で大きな円盤になる。光はやがて像となり、サルジアの目の前にこの森と同じような場所が映る。
『君は何という名だ?』
『僕はルドン』
森の中にルドン・ベキアがいた。姿はサルジアが出会った頃よりも若く見える。
『魔法使いで、魔物を倒してる。さっきのはだいぶ大きかったから、もしかしたら館を賜れるかも。僕は自分のために魔物を倒した。だから礼なんて必要ない』
『いや、そうはいかない』
ルドンの前には、黒髪の青年が立っていた。今映っているのは、ルドンが魔物を倒し、その場で襲われていただろう青年が礼を言っている場面なのだろう。
『君にはもう、二度も助けられている』
『二度?』
『もしかしたら、君に託すのが最善なのかもしれない。多少時間は延びたが、後継を選ぶ時間があるかもわからない』
青年はルドンの手を握った。
『何?本当に礼なんて要らないんだけど』
ルドンは思わず腕を引いたが、青年は手を放さなかった。それでも、青年が自ら手を放す前に二人の手は解かれる。
『さっき倒したと思ったんだけど』
ルドンに倒されたであろう魔物が、二人に襲い掛かって来ていた。
『風は流れる、吹き抜ける』
ルドンが呪文を唱えると、魔物の腹に穴が開く。魔物はルドンに手を伸ばし、その爪が彼の肌に触れたところで姿を崩して消えた。
『うっ!』
『大丈夫か?怪我をしたのか?』
『いや?問題ないよ。熱を感じたから深く抉られたかと思ったけど、切れてもない』
ルドンは不思議そうに魔物が触れた腕を見たが、傷痕は見当たらなかった。
『そうか、やはりこちらの人間を巻き込むのはよくないな』
『何の話?』
『いや、忘れてくれ。とにかく、助かった。ありがとう』
『いいって言ってるのに、不思議な人だな。
ここは魔物の集まる森だ。出口まで送って行こう』
『いや、構わない』
『死ぬ気か?』
『いいや、君が思うより、私の帰る場所は近いということだ』
『ふうん?まあ魔物の巣窟みたいな森を、ここまで進んで来られたのなら、何らかの手段を持ってるとも考えられる。
わかった、じゃあここでさよならだ』
『ああ、それではな』
二人やり取りが終わり、青年がくるりと向きを変える。ルドンも方向を変えて、二人が分かれたところで、光が消え、水晶が元に戻る。
「今のは……」
初めて師匠の記憶を拾えたことにも感動したが、サルジアは動揺していた。
青年が向きを変えたところで、その顔がやっと映った。黒い髪に、赤い瞳をしていたその青年に、サルジアは見覚えがあった。いや、今思い出した。
「私、彼に会ったことがある」
サルジアは転移の魔法で急いで館へと戻った。
続きます。




