42.アマリアの予言
リラン・フォリウム、カシモア、クライブの消えた広間はしばらくざわざわとしていた。
「カシモア様と、リラン様がお話し?」
「ルドン・ベキアについてでしょうか?」
残されたサルジアに好奇の視線が集まるが、それはロメリアが睨んで跳ねのけた。自身に非があると理解しているのか、睨まれた方は文句を言うこともなくそそくさと去っていく。
「リガティー様、それで、ご用件は?」
「サルジア様とお話しがしたい。
ルドン・ベキアとフォリウムについて、サルジア様もご存じだろうか?」
ロメリアは唐突な話に硬直した。次いで、何を言われたかを理解して怒りが呼び起こされる。それを必死で抑えて努めて冷静に言葉を選ぶ。
「リガティー様、ルドン・ベキアはサルジア様の魔法の師匠でもあります。けれど、フォリウムとサルジア様に一体何の関係があるでしょうか?」
「ルドン・ベキアとフォリウムには関係がある。君は知らないかもしれないが」
「もし関係があったとしても、ルドン・ベキアを介してでないとサルジア様とフォリウムに関係はありませんよね?
何のお話しかはわかりませんが、ルドン・ベキアを介すべき話を、直接お話しになるのはいかがかと思いますよ」
リガティーはロメリアの言葉で、彼女が正しくフォリウムとルドン・ベキアについて理解しているのだと察した。
「ロメリア、私はサルジア様とお話しがしたいんだ」
立場が上のリガティーからそう言われてしまえば、ロメリアは退くしかない。その手段を使われたことにも驚きながら、ロメリアが引き下がろうとした時、
「こんばんは、リガティー様。
申し訳ございませんが、サルジアとの会話は私に譲っていただけませんか?」
サルジアの大好きな声がした。
「アマリア!」
「こんばんは、サルジア。
リガティー様、私はサルジアと色々と調査をしております。王命でもあった件です。急ぎ話をしたいのですが」
「こんばんは、アマリア様。
お急ぎのお話しであれば、私のことは気になさらないでください」
アマリアは館の主である上に、王命の用件を持ち出されてはリガティーも強くは出られない。
「ありがとうございます。
ではロメリアさん、この場はお任せしても?」
「はい、もちろんです。カシモア様がお戻りになりましたら、探しに参ります」
「ありがとうございます」
アマリアはサルジアの手を引いて、会場を出て庭へと向かった。
寒さがまだ残る季節、紹介されても庭を見ている人は少ない。静かな場所で、サルジアはようやく息ができる気がした。
「アマリア、ありがとう。助かったよ」
「よかった。何か困っているようだったから、迷惑かとも思ったんだけど」
「そんなことないよ。
リガティー様が、たぶん、ロメリアが私に聞いて欲しくないって思ってる話をしようとしたんだと思う」
「ルドン・ベキアについての話ね。
サルジアは聞かなくてよかったの?」
「うん。ロメリアの意志も尊重したいし、今日はそんな予定もなかったから」
「そうなのね。
では、私の用件を話してもいいかしら?さっきリガティー様に言ったのも、嘘じゃないのよ。王命はさすがに言い過ぎだけど」
アマリアは照れたように笑った。
「何か話があったんだね」
「ええ。サルジアが預言について、話してくれたでしょう?
光の神はあなたに注目しているようだったから、私も何か見れないかと思って、シンリー様にいただいた薬を使うのを一度やめてみたの」
あまりにも悪魔についての予言があるので、アマリアは一度それを止めるための薬を飲んでいた。
「大丈夫だったの?」
「まだ少し怖い思いは残っていたけど、悪魔の到来は防がれたから大丈夫だと思って。それに、あなたのために何かできるなら、私は嬉しいの」
「アマリア……」
「それに予言者なのに、いつまでも役目を放棄していられないからね。
でも驚いたわ。薬をやめてすぐ、予言があったの。
最初に、光と闇があったわ。二つは完全にわかれていたわけではなく、一部交わり合いながら存在していた。けれどその下にうごめく何かがあって、とうとうそれが闇を突き破ったの。その後、光と闇は完全に分かたれてしまった」
相変わらず、予言はとても曖昧なもののようだった。それでも、サルジアには、それが光の神と闇の神ではないかと思える。
「アマリア、それって……」
「ええ。サルジアかその祖先が闇の神に力を与えられて、闇の魔法を使うことができるのよね?私も、見たのは光の神と闇の神だと思うの。
カシモア様は、闇の神はサルジアと接触できるような場所に現れることは滅多にないって言ってたのよね?もしかしてこの予言は、ずっと昔、光の神と闇の神は同じ場所にいたということを示しているのではなないかと思うの」
サルジアと接触できる場所、つまり光の神の聖力に満ちたこの国を指しているのであるとするならば、もともと光と闇の神が接触できる場所があり、数百年ごとであっても現れることができるのも不思議ではない。
「でも、どうしてこの国には闇の神の話がないんだろう?」
「それは、私にもわからないわ。シンリー様が、闇の魔法についての本は、防魔の壁付近、民家があっただろう場所から掘り起こされたと言っていたから、もしかしたら闇の神について知る人たちはもういないのかもしれないわね」
寂し気にアマリアが言った。
「アマリア、教えてくれてありがとう」
「いいえ、あなたの役に立てばいいのだけど……」
「アマリアは、私と友達でいてくれるだけでいいのに」
失いたくない、大切な人。
吹く風はまだ冷たく、サルジアはそっとアマリアに近づいた。
「アマリア、私もあなたのために何かできるかな」
「どうしましょう、サルジア。私、あなたと同じ言葉しか返せないわ」
アマリアはぎゅっと、サルジアを抱きしめる。
「サルジアが友達でいてくれるだけで十分よ」
寒い中、二人はロメリアが呼びに来るまでそうやって身を寄せ合っていた。
会場に戻った後は、恐ろしく冷たい瞳をしたカシモアに手を引かれて、すぐに賢者の館を出ることになった。
リランやクライブにろくに挨拶もしないまま、馬車を呼んで東を抜け、中央に入ったところで、カシモアの沈黙に耐えられなくなったサルジアが転移の魔法を使った。
「サルジア様、三人一気になんて、無茶ですよ!」
「大丈夫だよ、ロメリア」
「すみません、サルジア。あなたに負担をかけてしまいました」
カシモアはサルジアがどうして転移の魔法で移動したのか、心当たりがあったようで、いつものようにサルジアを叱ることはしなかった。
「ロメリアさん、サルジアの支度をお願いします。体が冷えているでしょうから、お湯は少し熱めに」
「かしこまりました」
ロメリアは切り替えて、サルジアの世話に専念した。
温かいお湯はゆっくりと疲れを解いてくれる。食堂に戻る頃にはサルジアはリラックスできていた。
「カシモア、お茶ある?」
「はい。軽食も用意しましたが、いかがですか?」
「ありがとう、お腹空いてたんだ」
結局賢者の館では料理を食べられていなかった。
サルジアは小さく切られたサンドイッチを摘まんで、温かいお茶を飲む。
「リラン様とはどういったお話しだったの?」
いつもの席に座ったカシモアの体が固まる。
「ろくでもない、話でしたよ。あなたを連れていかなくて正解でした」
落ち着いたように見えていたが、カシモアはまだ動揺が残っているようだった。金の瞳は強い光を放っていて、手負いの獣のようにも見える。
「今更、何を言い出すのかと……理解し難い、したくもない話でした」
カシモアは立ち上がると、サルジアの横に立ち、身を屈めて彼女の右手に自身の右手を重ね、指の間に指を絡ませる。
「サルジア、大地の館から離れるだなんて、言いませんよね?」
サルジアの耳に自然と近くなったカシモアの声が響く。
「カシモア?どうしてそんなこと――」
右を向いたサルジアの顔のすぐ近くに、カシモアの顔がある。金の瞳は問い詰めるようでも、縋るようでもあった。
「私、ここを離れたりしないよ。この館は師匠が賜ったもので、私にとって大切な場所だから」
この館に来て直ぐは、大した思い入れもなかった館だ。師匠はサルジアをここに連れて来たことはなかったから。
それでも、大地の館の主として、この館の存続のために努力した。カシモアは常にサルジアを支えてくれて、今では優秀な使用人もいる。
「あの小屋にも今は行けない。ここを離れたら私の帰る家がなくなっちゃうよ」
「そう、ですね」
カシモアはゆっくりと手を解いて、椅子の裏側からサルジアを抱きしめる。
「あなたは、どうか、この館で笑っていてくださいね」
カシモアの長い髪がサルジアの肩に垂れる。くすぐったい感覚も、今は愛おしくて、サルジアは何も言わずにカシモアの腕にそっと手を添えた。
続きます。