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41.冬下月の集い

 冬下月も終わりが近づいてきたが、サルジアについての調査は依然進展がないままだった。


「調べることが多すぎるので、一度、サルジアの発表について決めてしまいましょう」

「もう、ですか?」

「ええ。今わかっていることだけでも、十分な成果です」


 発表は春中月に行われるものだが、カシモアとしては先に準備を済ませてしまいたかった。


「悪魔について発表すれば、それなりの出来になるはずですよ。

 悪魔が魔物の完全体であること、紫の印があることと聖水が効かないことに関連があること。この二つだけで十分です」

「でもそれってほとんどシンリー様とシネン先生が発見したことじゃない?」

「あなた自身でそれ以外の発表材料を用意できるのであれば、何も言いませんよ」

「う……」


 カシモアの瞳は冷たかった。サルジアで準備を進めても決して手伝ってくれる雰囲気ではない。

 サルジアだって特に研究したいこともない。ここは大人しく従うことにした。


「シンリー様についてはあなた自身でお手伝いしていたでしょう?あなた自身の体験も踏まえてまとめれば問題ありませんよ」


 カシモアの助言通り、サルジアは自身の体験についても交えながら発表の準備を進めた。

 しかし別の方では何の準備もなく、サルジアはカシモアの言葉に首を傾げることになる。


「館の集いに出る?」

「ええ。本来もう出る必要もないのですが、杖の館から手紙が届きました。以前お話ししていた杖の設計書について、用意ができたので渡したい、と」

「ああ、あの時の……」


 ベイリーの起こした事件およびそれまでの態度について、杖の館から正式な謝罪として、杖の設計図をもらい受けることになっていた。


「正式な謝罪としたい、というのは本当だったようですね。他の館の者も集う場で渡すとは……」


 カシモアは感心しているようだったが、どこか気が進まなさそうにも見えた。

 しかしそれを断るという選択肢はなかったようで、サルジアは月末の休みに集いに参加していた。


「サルジア様、私、変じゃないでしょうか?」

「大丈夫だと思うよ」


 集いにはロメリアも参加することになった。カシモアは新しくロメリアの衣装を注文していたようで、彼女はサルジアと同じく、大地の館の紋章の入ったドレスを着用している。


「しかし、杖の館も何を考えているのでしょうか。よりによってこの集いで渡すだなんて」


 ロメリアがこっそりとサルジアに耳打ちする。


「偶然じゃない?スルフラン様と約束した後すぐの集いが、たまたま賢者の館主催だっただけだよ」


 今回は賢者の館での集いとなっていた。

 聖なる館での集いは大いに盛り上がるらしく、サルジアが初めて参加した集いよりも人が多い気がする。


「サルジア様、リガティー様に話しかけられても答えないでくださいね。今回は私が対応しますから」


 ロメリアはそのために連れられてきていた。

 表向きとしては、サルジアの侍女として経験を踏ませるためだが、カシモアはダンスパーティーの時のようにリガティーがサルジアを何かしらに誘うのを阻止したいようだった。ロメリアであれば、多少の無礼もまだ子どもだからと許されるだろうと見込んでいた。


(さすがに無礼を働くことはないと思うけど)


 ロメリアは初めての集いに緊張しているようだが、サルジアを守るという使命に燃えているようにも見える。彼女が暴走しないように、サルジア自身が気をつけようと誓った。

 集いの開始の宣言は館の主、リラン・フォリウムが行った。


「しばらくは東での集いもなかったので、今回我が館で開催しました。ちょうど、腕の良い庭師が入ったのです。まだ寒い季節ではありますが、ぜひ庭もご覧になってください」


 リガティーも庭を見に来ないかと誘ってきた。


(もしかしたら、本当に庭を見せたかったとか?)


「サルジア、もしかしたらただ庭に案内したかっただけなのか、なんて呑気なことを考えないでくださいね」

「はい」


 カシモアには考えがすぐにばれてしまった。サルジアはもう一度身を引き締め直した。

 乾杯の合図があると、直ぐに人々の声で満たされる。


「いつぶりでしょうか、聖なる館での開催など」

「いやあ、流石賢者の館、食事も美味しいですなぁ」


 明るい声の間を縫って、一人の男がサルジア達の前に現れた。


「こんばんは、サルジア様」


 金色の髪に黒い瞳の男は、杖の館の紋章の入った服を身にまとっていた。


「こんばんは、ブランカ様」


 ブランカ・ロリエ――杖の館の主には、サルジアが応える必要があった。カシモアが一歩引いて、サルジアの横に立つ。


「先日は、我が館の者が大変な無礼を働き、申し訳ございませんでした。

 ここで、改めて謝罪をさせてほしい」


 ブランカが深く頭を下げて詫びた後、その後ろからスルフランが現れる。手には書箱を持っていた。


「こちらは、我が館が持つ最も新しい杖の設計図だ。ぜひ、受け取ってほしい」

「ブランカ様、もう過ぎた話ではございますので、どうかお気になさらないでください。

 こちらはありがたくいただきます」


 スルフランが差し出した書箱を、カシモアが受け取る。


「ありがとうございます、サルジア様」


 ブランカとスルフランは揃って礼をして、その場を後にした。

 周囲の人びとは息を飲んで事の成り行きを見守っていたが、無事に話がまとまったのを見ると、また会話を再開し、楽し気な雰囲気が戻る。


「はあ、何とかなったね」

「サルジア、お疲れ様です」

「カシモアも、ありがとう。書箱は一度置きに戻る?面倒だったら転移魔法で館に送るけど」

「そう簡単に転移魔法を使おうとしないでください。

 もう用は済みましたから、館に戻りましょう。丁度いい口実ですよ」


 ロメリアもうんうんと頷いているので、サルジアは美味しそうな料理に別れを告げることにした。


「サルジア、もう帰るのか?」


 聞き覚えのある声に思わず振り返ると、クライブが立っていた。


「先生、」


 サルジアが何か言う前に、カシモアがサルジアとクライブの間に立つ。


「クライブ・カファリー。挨拶もなしにどういうつもりです?」

「カシモア、お前に話しかけたわけではないのだが……サルジアとはそれなりに親しい仲だと思うが?」

「果たして本当にそうでしょうか?」


 二人の間に冷たい空気が流れて、サルジアもロメリアも思わず足を引いた。


「こんばんは、サルジア様」


 新たな声は、カシモアが警戒していたリガティーのものだった。


「こんばんは、リガティー様。

 大地の館に仕えるロメリア・アルステーと申します。サルジア様になにか御用でしょうか?」


 ロメリアはすかさずサルジアの前に出た。リガティーはロメリアがついているとは思わなかったのか、次の言葉がすぐには出なかった。


「こんばんは、サルジア様」


 リガティーの言葉より先に、また新たな人物が彼の後ろから姿を現す。


「我が館のもてなしには、ご満足いただけているだろうか?」


 リガティーと同じ、金の髪に緑の瞳。リラン・フォリウムだった。

 流石に館の主は無視できない。カシモアはクライブの相手を切り上げて、すぐにサルジアのそばに控えた。


「こんばんは、リラン様。

 とても素敵な時間を過ごしております」

「ああ、それはよかった」


 リランは笑みを浮かべると、視線をカシモアに移す。


「カシモア様、クライブ様には我が息子の教育をしていただいているのですが、お二人はお知り合いでしたね?」

「ええ、そうですね」


 カシモアは貼り付けたような笑みで返す。


「ぜひお話ししたいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか?」

「それはありがたいお話ですが、杖の館より重要な書類を預かっておりますので」

「リラン、私の使っている部屋に置かせてもらうぞ――大地はひと続き、記憶を持つ。種は風によって運ばれる」


 カシモアの断りも気にせず、クライブはカシモアの手にあった書箱を転移の魔法で運んでしまった。


「あなた、何するんですか」

「私の部屋は私以外入れない。そこなら安全だろう?」

「あなたの手にあるというだけで信用なりませんよ」

「それならリランが保証する」


 大地の館の主の名を出されてはカシモアも口出しできないのか、ぐっと言葉を堪えて黙り込む。


「それではサルジア――」

「カシモア様、ぜひこの三人だけでお話ししたいのです。

 サルジア様のお相手はリガティーが務めます」

「いくら館の主とはいえ、それは横暴では?」

「いいえ。きっとカシモア様だって、不要な話はサルジア様のお耳に挟みたくないでしょう?」


 リランの言葉に、カシモアは笑顔の仮面をはぎ取った。


「脅しですか?」

「いいえ、そのつもりはありません。けれど、そう捉えられても構いません」


 金の瞳に睨まれても、リランは退かなかった。


「わかりました。書箱も人質に取られていますから、向かいます。

 ロメリア、頼みましたよ」

「はい、カシモア様」


 カシモアは心配そうにサルジアを見つめてから、リランの後に続いて部屋から出て行った。

続きます。

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