40.大地の記憶の声
様々な調査について、進展は特にないまま休日を迎えた。
大地の館には戻らず、学院で過ごすことになっている。部屋でゆっくりとしていたサルジアを、アマリアが外に誘い出してくれた。
外とは言っても学院内で、休日のお昼前、人の少ない食堂だった。
「今日はラナンの話を聞いてみたくて」
そう言ったのはアマリアだった。横に座っているラナンは困った顔になる。
「アマリア様……僕でお役に立てるかはわかりませんよ」
「いいじゃない、偶にはお話ししましょう」
「それは、まあ、アマリア様とご一緒できるのはありがたいですけど……」
ラナンはちらりと向かいに座るロメリアを見る。
「何でしょうか?」
「いや、別に」
ロメリアは笑顔を浮かべてはいたが、声に棘がある。ラナンはさっと顔を逸らした。
「二人は何かあったの?」
ロメリアの横で二人を見ていたサルジアの疑問に、二人が動きを止める。
「二人は入学当初、色々と意見を交わしたみたいなの」
サルジアの前にいたアマリアが言葉を濁しながら答えてくれたが、その言葉で二人が勢いよく立ち上がる。
「アマリア様、あれを意見を交わした、と言われるのは心外ですわ!」
「この女が突っかかってきただけです!」
二人はお互いに心外だといった顔になって、顔を突き合わせた。
「突っかかる?あなたが、身の程もわきまえずにサルジア様を貶めるような発言をしたから、窘めただけです!」
「窘める?!窘めるのに魔法を使う奴があるか!」
「あなたの態度が酷すぎたのですよ!
アマリア様にサルジア様は相応しくないだとか言って!一度止めたのに、聞きもせずに話し続けるからですわ!」
「あんなの止めたに入らないだろ!それはどういうことですか、って言われたら詳細を話すに決まってるだろ!」
「ええ、それが酷いと言っているのですよ。自身の発言を見直すことなく、得意げに続きを語るなんて、本当にキュリエルのご子息なんですか?!
サルジア様に品位がないだとか適当なことを言って、品位がないのはどちらです?!」
「う!それを言うなよ……あの時は色々と、誤解してて……」
「誤解?そもそも、館の主を軽んじるような発言をされること自体が問題だと、わかってらっしゃらないのですか?」
ラナンは返答できないようだった。
最初にサルジアの前に現れた時も、そのことをアマリアに窘められたいた。
「ラナン、あなたの負けね」
「ロメリア、落ち着いて。そのことはラナンからも謝罪があったから」
「この件に関してではない、のではないでしょうか?どうせ、サルジア様の前でも失礼な発言をされたんでしょう」
ロメリアは鋭かった。
「本当に、申し訳ないと思っている。今は、感謝だってしてるくらいだ」
ラナンが萎れたまま言ったので、ロメリアはそれ以上言わないことにしたようだった。
「それでアマリア、どうしてラナンを?」
「最近、私達で大地の持つ記憶について話をしたでしょう?ラナンはそういった話にも詳しそうだったから」
アマリアが言っているのは、サルジアの幼い頃の大地の記憶が消されてしまったことについてだろう。
「そう言えば、大地は記憶を持つと言われているから、過去の声も聞こえることはあるだろう、って言ってたこともあったね」
大地は記憶を持つ、というのは大地の魔法の呪文にも入っているが、多くの人は大地の魔法を使えない。その呪文を知っていたというわけでもないだろう。
「別に詳しいわけではないですよ。
あれはただ、そういうおとぎ話みたいなのを読んだことがあるってだけです。大地の持つ記憶についてではなく、そういった記載があったんです。
誰かを想う心があれば、精霊が大地の持つ記憶の声を、風に乗せて届けてくれるって」
「そうなんだ」
「光の精霊が、ということかしら」
アマリアは自身の研究もあってか、ラナンの話に興味を持ったようだった。
「ただ精霊、とだけありましたが、僕の読んだ物は北にある本ですから、その可能性は高いと思います」
「その本は借りられるかしら?」
「はい。重要な資料とかではないですから、今度お持ちします」
「ありがとう」
アマリアの言葉に、ラナンは照れ臭そうに微笑んだ。
「ラナンって、何でも知ってるんだね」
「何でもってわけじゃない。あんたが知らなすぎるだけだ」
言ってから、ラナンはアマリアとロメリアの顔色を伺った。ロメリアはすっと目を細めていたが、特に何も言わなかった。
「私はたしかに何も知らないのかもね」
「東に行った時も、新鮮な反応だったものね」
特に落ち込んだ様子もないサルジアに、アマリアはくすりと笑って返す。だが、ラナンは不思議そうな顔になった。
「ルドン・ベキアは何も話さなかったのか?」
「何もってわけじゃないよ。魔法のことも、文字の書き方とかも師匠は教えてくれた」
「魔法使いの弟子には必要なことだよな……魔法学院についても知ってたのか?」
「聞いたことはあったから、存在は知ってたよ。
でも、魔法学院に入らないと魔法使いとしての正式な資格がないのは知らなかったかな」
「資格についても知らなかった?館の主を務めるには、絶対に必要だろう?」
「館についても、カシモアにあってから知ったの。王に認められた館に住んでいることは知っていたけど、それがどういうものかを聞いたことはないね」
「館についても?」
ラナンはサルジアに尋ねるのではなく、自分に問いかけるように呟いた。
「ラナン?どうかしたの?」
「いえ、大したことでは。
ただ、館の主を任せる弟子を育てていたのに、重要なことを教えていないなんてこと、あるかと思いまして……」
「もともと館の主にするつもりはなかったんじゃない?カシモアも、師匠が私の話をしたのは急だったって言っていたから」
「それは、そうかもしれないが……いや、そうだな」
ラナンは無理やり納得した。
「話が逸れましたが、アマリア様、僕は大地の記憶に関してはお役に立てません」
「ラナン、そんなことはないわ。私も興味を持てるお話しだったし」
アマリアはちらりとサルジアを見た。
「誰かを想う心があれば、つまり師匠を想っていれば、大地の記憶を見ることができるかもしれない。それを知れただけで十分だよ」
「ただのおとぎ話だぞ」
「それでも、いいの」
今までは大地の持つ記憶を探そうとしていたが、そんな落とし物を見つけるような話ではなかったのかもしれない。
(師匠の声が聞こえた気がした時も、私は師匠のことを思い出してた)
師匠について想いを巡らせることが大切だったのかもしれない。サルジアはそう思った。
「ラナンは、師匠についても詳しかったよね?」
「詳しいわけじゃない。ルドン・ベキアについてなら、あんたの隣にいるやつの方が詳しいさ」
「私にはロメリア、という名前があるのですがね」
ロメリアははあっと大きく溜息をついた。
「けれどサルジア様は、ゴート村の調査の際にも、ルドン・ベキアについて調べられてましたよね?」
「うん。師匠の功績は何となく知ってるの。けど、ロメリアが話してくれたような話が知りたいんだ」
「私が?」
「そう、師匠のしたこと、よりも、師匠がどんな人だったのか」
「そういうことですね」
「ああ、そうだ、ラナンは私のことを庶民だとは思わなかった、って言ってたよね。師匠の弟子だから、姓がなくても貴族だと思ってたって」
サルジアの言葉にロメリアの表情が硬くなる。
「ロメリア、僕は――」
「サルジア様、どうかそのことは誰にもお尋ねにならないでください。
ルドン・ベキアを慕う者には話せませんし、ルドン・ベキアを疎む者にはその件について語らせたくもありません」
ロメリアも事情を知ってはいそうだが、彼女の言葉は重みがあって、サルジアが頼んでも教えてくれそうな雰囲気はなかった。
「でも、もしかしたら、サルジア様には必要な情報なのかもしれませんね」
「もしそうでも、私自身で探してみるよ。人伝じゃなくて、大地の持つ記憶を探ってみる」
「不甲斐ない従者で申し訳ございません」
「謝らないで、ロメリア。あなたは私のためも思って言ってくれてるんでしょう」
彼女自身の想いもあるだろうが、それだけでサルジアに他の人に尋ねないようにと警告するような人間ではない。きっとそれは、サルジアにとっても良くない結果を招くことなのだろう。
「ラナンも、変なことを聞いてごめんね」
「いや、大丈夫だ」
「アマリア、ラナンを連れてきてくれてありがとう。師匠のことを知る手掛かりがつかめたよ」
心配そうに成り行きを見守っていたアマリアだったが、サルジアがそう言ったことによって安堵の笑みを浮かべる。
「それなら良かったわ」
丁度お昼の鐘が鳴って、食堂に学生たちが集まり始めた。
サルジア達は彼らに席を譲るためにも、その場で解散した。
続きます。