4.魔力の性質
師匠が魔法学院で学ぶことを望んでいてくれていたのなら、精一杯学ぼうと思ったサルジアは、心を弾ませながら午後の授業に臨んだ。
アマリアの言っていた通り、魔力と聖力の測定が主な目的で、一年生全員が演習場に集まっていた。
「ご覧になって、あの悪魔、アマリア様にべったりよ」
「まあ、なんて図々しいのかしら」
「お優しいから、断れないのね」
こそこそと聞こえてくる陰口にフードを被りたくなるが、そんな声など聞こえていないかのように振る舞うアマリアを見て、サルジアは伸ばしかけた手を戻した。
「では、みなさん、二、三人でグループを作って、測定道具の前まで進んでください」
演習場には等間隔に透明な壺のような物が置かれており、その測定具に対して一人の教員が配置されていた。
「こんなにいっぱい先生がいるんだね」
「そうね、普段は研究室に籠っている先生も駆り出されるって聞いたわ」
アマリアがこっそりと教えてくれた。
「どの先生にする?」
「ふふ、それは任せて」
アマリアは迷うことなく、足を進める。
「ごきげんよう、ラケニア先生」
「アマリア様!お久しゅうございますね。預言の館の主就任おめでとうございます」
「ありがとうございます」
いたのは、二十代後半くらいの男だった。やや長めの髪はくるりとカーブしていて、どこかだらしない印象を受ける。服もくたびれた白衣だったが、赤い目は生き生きとしていた。
「アマリア、この方は?」
「ラケニア・カウスリー先生よ。昔からお世話になっているの」
「初めまして、サルジア様。大地の館の主就任おめでとうございます」
「あ、りがとうございます」
ばっと立ち上がって礼をしたラケニアに、サルジアは思わず一歩引いてしまう。
敬称をつけられたことにも驚いたが、ラケニアの瞳は、サルジアを捉えた瞬間、よけいにぎらりと輝いたからだ。
「先生、サルジアが怖がってしまいます」
「ああ、失敬。いやしかし、紫の瞳をした人間なんて珍しいじゃないですか!」
紫の瞳を厭われることはあっても、こんな興奮したように見つめられることはなかった。サルジアは思わずアマリアの後ろに隠れる。
「先生」
「失礼、失礼。大丈夫、大丈夫、怖くないよ~」
大人しく椅子に座ったラケニアを見て、サルジアも元の場所に戻る。
いきなりの予想外の反応に驚いただけで、別に怖いわけではない。そんな年でもない。
「ちょっと変わった方だけど、実力はあるのよ」
「はいもちろん。実力だけが取り柄ですからね!
とはいえ、怖がらせてしまったみたいなので、先にアマリア様お願いできますか?」
「はい」
アマリアは壺を挟んで、ラケニアの向かいにある椅子に座る。
「先に聖力の方から測りましょうか」
「お願いします」
ラケニアは懐から杖を取り出し、壺に魔法陣を描いていく。魔力によって描かれたそれは、完成後に光を放つと、すっと消えていった。
「では、計測具の表面に手を当ててください」
アマリアが指示に従うと、無色透明だった壺がゆるやかに色を変えていく。添えられた手からじんわりと金の色が広がっていった。壺全体が染まりきると、空だった壺に徐々に水が溜まっていく。
「はい、いいですよ」
ラケニアが止めた時には壺いっぱいの水が溜まっていたが、アマリアが手をはなした途端水は消え、色も元に戻って行く。
「流石アマリア様、溢れ出んばかりの聖力ですね。では次に魔力です」
「はい」
再びアマリアが壺に手を添えると、今度は壺の色が濃い黄緑に染まっていく。そして今度は壺の八分目ほどに水が溜まり、手をはなすと元の空の無色透明な壺に戻る。
「これで問題ございません。ふむ、まずは見方を説明した方がよさそうですね」
ラケニアは目を丸くしたままのサルジアを見て言った。
「この計測器具は、付与する魔法によって色々なものを測ることができます。よく使われるのは魔力や聖力の測定ですね。
壺の中の水は量を、色は性質を表します。聖力であれば金に近いほど純度が高く、魔力であれば濃い程強い威力を持ちます。色は緑から黄緑の間となり、一般的に聖力の多い方ほど黄緑に近い色になります」
「そうなんですね」
周りを見れば、色とりどりの壺が出来上がっているが、アマリアほど色が濃い、もしくは金に近い壺も、水の溜まった壺も見つけることができない。
「アマリア様は特別ですよ。
聖力も魔力もこの壺の半分ほど水を溜められれば多い方ですし、誰しも二割ほどは水を溜められるだけの力を持っていますから」
慰めるように言うが、彼の目は依然とぎらぎらとしたままだった。
「では、サルジア様、どうぞ」
アマリアと代わって席に座り、目の前の壺に手を当てる。
そっと目を閉じ、しばらくして開いたが、そこには無色透明空っぽの壺があるだけだった。
「お、おっと、これは珍しい事象ですね」
想定外だったのか、ラケニアも目を瞬かせている。
「いえいえ、私の魔法陣が無効になっただけかも……魔力の方を測ってみましょうか」
きっと魔法が効いていないだけだと言い聞かせるようなラケニアだったが、今度は壺一杯の水が瞬く間に現れた。
「あ!待って待って!離して離して!」
慌ててサルジアが手を離すと、壺の中からふっと水が消える。
「危ない、あの勢いで溢れてしまったら、私も整備が厳しいですからね」
ラケニアは周りに水が零れていないことを確認してから、興奮しきった顔をサルジアに向ける。
「とんでもない魔力量ですね!それに、一瞬だけでしか見えませんでしたが、色も初めて見るものでしたよ!」
「先生、声を落としていただけますか?」
いつの間にか、サルジア達の元に注目が集まっていた。
「さっきの、見ました?」
「あの一瞬で、壺を満たしましたわ」
「やはりルドン・ベキアの弟子というのは本当なのでしょうか」
どこか感心したような声がしていたのもはじめの内だけだった。
「見ました?聖力の計測で、これっぽちも水が現れませんでしたわ」
「色だって全く変わりませんし、やはり神に見放された悪魔なのでは?」
声の主は入学してすぐに聖水をかけてきたプラリアとその友人だった。
サルジアと視線が合うと、すぐに逸らす。
「サルジア、気にしないで。
聖力を使う授業もあるけれど、卒業には影響しないから」
「聖力を使う授業があるの?」
ここにラナンがいたら、それくらい知っておけ!と言われてしまうだろう。
「魔法以外にも習うことはいくつかあるの。聖力を使った予言であったり、魔獣の騎乗法であったりね」
「そうなんだね」
「そうがっかりしないで。お茶会の礼儀作法の時間は、本格的なお菓子も食べられるのよ」
「本当?!」
美味しいものは大歓迎である。サルジアの瞳が輝いたのを見て、アマリアはほっとしたように微笑んだ。
「サルジア様、私の研究室では美味しいお茶菓子をご用意できますよ」
「ラケニア先生、研究室への勧誘は冬になってからですよ」
「ああ、ついうっかり」
ラケニアは壺を磨きながら棒読みで言った。
「しかし、先ほどの魔力計測の時、濃い緑だったのが気になりますね。どんなに黄色が薄くても、光に当たった草より色が暗くなることはなかったのですが……」
「そんなに変ですか?」
「いいえ。緑には変わりありませんし、今までなかったので珍しくはありますが、決して変ではありませんよ」
ラケニアは笑顔ではっきりと否定したが、サルジアの心の中はすっきりとしないままだった。
続きます。