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36.シンリーからの贈り物

 食事会など後にしてカシモアと話を進めたかったが、それはできなかった。


「サルジア、少しいいかしら?」


 預言の発表が行われた場所に戻ると、アマリアが一人で立っていた。


「うん、大丈夫」


 アマリアの金の瞳はサルジアの急いていた気持ちを宥めてくれる。

 預言についてはともかく、サルジアの胸を最もざわつかせているのは、自身の瞳の色が生まれつきではなかったかもしれないということ。過去の話は今急いだところで何も変わらない。


「この前の王都でのこと、ごめんなさい。本来なら褒美の杯は大地の館が賜るべきものだったわ」

「アマリア、別にいいよ。そんなこと気にしないで」


 今は褒美の杯の獲得に向けて頑張ることになっているが、以前はサルジアの頭にもなかったものだ。それに褒美の杯がどの館に与えられるかなどアマリアが決められることでもない。


「あのあと、話ができていなかったから……ええ、私、褒美の杯がどうとかではなく、サルジアに嫌われてしまったんじゃないかと思ってとても怖かったの……」


 先程まで儀式の進行を務めていたとは思えないほど、アマリアの声は弱々しかった。気丈に振る舞うことが得意な友人は、褒美の杯を賜るために壇上に上がる時も、不安な気持ちを押し殺していたのかもしれないとサルジアは思った。


「アマリア、私、アマリアを嫌うことなんてないよ」

「ええ、サルジア。あなたはきっとそう言ってくれると思っていたわ。けれど、今その言葉を聞いて私はやっと友を失わずに済むと安心できるの。こんな友達、面倒じゃない?」


 サルジアは不安からか指先の丸まったアマリアの指をほぐし、そっと自身の手で包み込む。


「面倒なんて思わないよ。私の言葉でアマリアが安心できるなら、いくらでも言うよ」

「サルジア……ありがとう。私、とても幸せだわ。こんなに優しい友人がいるんだもの」


 それはサルジアも同じだが、今はアマリアの言葉を受け止めることにした。


「そうだわ、館の継続が決まって大地の館にも使用人が増えたと聞いたけれど、館はどうかしら?」

「忙しそうだよ、主にカシモアがだけど」

「いえ、そんなことはありませんよ。ロメリアさんが優秀な方を集めてくれましたから」

「まあ」


 アマリアは自分のことのように嬉しそうに微笑んでから、何か思い出したように口を開く。


「そういえばサルジア、ロメリアさんへは何か贈り物をしたの?」

「贈り物?」

「ええ。特に決まりはないけれど、彼女はサルジアのためによく働いてくれたでしょう?」

「そうだね。何か渡すのもいいかもしれない」

「もし思いつくものがないのなら、ダンスパーティーでつけていた髪飾りをあげてはどうかしら?」

「髪飾りを?」


 そこでサルジアは、アマリアの言っていたことを思い出す。髪飾りを普段つけないサルジアが今回だけ使用するのはもったいないと言ったところ、彼女はそうはならないと思う、と言っていた。


「仕える主の物を譲り受けるのは信頼の証でもあるわ。ロメリアさんは髪を高い位置でまとめているから、髪飾りはとても映えると思うの」


 おまけにリボンは白色だ。彼女の藍色の髪とも相性が良い。


「アマリアが私に髪飾りを勧めたのはそういうことだったんだね。

 でもアマリアも同じものを持っているでしょう?」

「ええ。それでも、いいえ、むしろそれでいいと言うか……あまり気にしないで。私も普段からは身につけないもの。それに私はあなたと揃えた首飾りがあるから」


 アマリアとはデザインの似た黄色のネックレスを一緒に選んでいた。


「そうだね。ロメリアに贈ってみる。ありがとう」

「どういたしまして。

 引き留めてごめんなさい。食事をどうぞ楽しんで。雪と光のケーキもあるの」

「わあ、それは楽しみ」


 北の名物はアマリアが一度出してくれたものだ。

 一緒に行こうと手を引くが、アマリアはサルジアの手をそっとはなす。


「アマリア?」

「サルジア、北にいる間はあまり私達一緒にいない方がいいわ」

「どうして?」

「私、あなたを巻き込みたくはないの」


 ――今後一切アマリア様以外のウェルギーの前で何の話もしてはいけませんよ。


 カシモアの言葉がサルジアの頭の中で響く。カシモアは何も言わないが、それこそがアマリアの意見に賛成しているという証だ。

 預言の館の取り仕切る儀式であれば、当然アマリアの養父母が客をもてなしているはずだ。食事の用意もウェルギーの使用人が手伝っているだろう。どうしてカシモアやアマリアがそこまでウェルギーの者を遠ざけるか理解できていないが、功績の発表の場でのウェルギーの護衛の異様な視線を受けていれば、深く訊ねる気も起きない。


「わかった。学院なら大丈夫?」

「もちろんよ」

「それじゃあアマリア、また学院でね」

「ええ」


 寂しさの滲む笑顔を見て、サルジアもきゅっと胸の奥が痛くなる。

 カシモアに促されて、サルジアは食事の間へと進んだ。



*



 神殿での儀式は、食事会も通して穏やかに終えることができた。

 いつからかサルジアに興味を持った人が話しかけてくることもあったが、学院でのダンスパーティーとは違いカシモアがいたので、サルジアは焦ることもなく美味しい料理を堪能できた。当然のことなのか、賢者の館、フォリウムからの接触はなかった。

 冬中月の残り半分はあっという間に過ぎていく。もうそろそろ学院に行く準備もしなければいけなくなり、サルジアとロメリアは荷物の整理をしていた。ロメリアが研究室で使うものを借りるためにシンリーの家に行くというのでサルジアも一緒に向かっていた。


「シンリー様、ありがとうございます!大事に使います」


 ロメリアは年季の入った杖を大事そうに抱えてお礼を言った。


「いいのかい?最近新しいのも手に入ったのに、そんな古いので」

「そんな高い物、持っているだけで汗が止まりません。古いと言っても、中々手に入るものではないのですから、お借りできるだけでもありがたいことです」

「借りるだなんて、持って行ってもいいのに。私からの贈り物、ってことでさ」

「きちんと扱えるだけの力を得てからでないと、いただけません」


 ロメリアはきっぱりと断っていたが、それでも杖を眺める瞳はきらきらと輝いていた。


「ロメリア、それならこれは受け取ってくれる?」


 サルジアは予め持って来ていた箱をロメリアに差し出した。

 アマリアに勧められた通り、ロメリアに髪飾りを送ることにしたのだ。包装は服でもお世話になっているアイラに頼んでいた。渡すタイミングを失ってしまってサルジアの部屋で少し眠っていたのだが、学院への準備の際に渡してしまおうと決意したのだった。


「サルジア様、これは……」

「開けてみて」


 ロメリアは杖を丁寧に自身の鞄にしまうと、サルジアの渡した箱を手に取り、そっと包装を解いていく。中から現れた白いレースの髪飾りを見て、直ぐにこれが何だったのかに思い至ったようだった。


「サルジア様!よろしいのですか?」

「うん。ロメリアが良ければ。ロメリアはとても良くしてくれたから」

「ああ、サルジア様、私、とっても嬉しいです!」


 瞳を潤ませながらもはちきれんばかりの笑顔を浮かべるロメリアを見て、サルジアは渡してよかったと思った。


「良かったねえ、ロメリア。

 サルジア、私も君に渡したい物があるんだ」

「私に?」


 シンリーは一つの棚から箱を取り出し、蓋を開ける。

 中には細い鎖のついた小さな水晶が入っていた。首飾りにしては大きいようにも見える。


「これは特別な水晶でね、大地の持つ記憶を見ることができるんだ」

「大地の記憶を……」

「それほど高性能じゃあないから、運よく記憶を拾えれば、の話だがね」

「それでも……良いのですか?きっと貴重なものですよね?」

「そうだね、この世に二つとないだろう。けど、これを使うには大量の魔力が必要でね。使える人も限られてる。転移魔法を移動手段にする大地の館の主なら、持ち主としてぴったりだろう?」


 半分からかわれながらも、サルジアはありがたく水晶を受け取った。シンリーは鎖の端をサルジアの後ろで留めてくれた。重みはあるものの、負担に感じるほどのものでもない。

 これがあれば、サルジアは大地の記憶を探ることができるかもしれない。もしかしたら、急な別れとなってしまった師匠について、もっとたくさんのことを知ることができるかもしれないのだ。


「シンリー様、ありがとうございます」

「礼は要らないよ。悪魔の到来の阻止のためでもあるが、私に協力してくれただろう。その対価さ」


 シンリーは軽く言ってのけるが、サルジアにとってはとても対価とは思えないほど、ありがたい贈り物だった。

続きます。

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