35.預言
功績の発表も終われば冬中月に入る。冬中月は神殿での集まりがあり、そこへ向けての準備もある。加えて大勢の使用人が来ることになった大地の館(主にカシモア)は大忙しだった。
次々とやってくる使用人の部屋を割り振り、仕事を引き継ぎ、サルジアの教育を行う。サルジアの身の回りの世話はロメリアが担当するとはいえ、彼女もまだ大地の館には慣れていない。カシモアの助けは必要だった。
「申し訳ございません、私がもっと早く仕事を覚えられればカシモア様のご負担も減らせるのに……」
「ロメリアさん、気にしないでください。あなたが経験者も選んでくださったので、負担は減っていますよ」
カシモアの言葉にロメリアは救われたような表情になるが、同時に何とも言えない硬さもある。
彼女自身はカシモアに呼び捨てられる方が気が楽なのだというが、カシモアは折衷案として様ではなくさんをつけている。それがまだ慣れないのだという。
「サルジア様、私精一杯頑張りますけど、お役に立てるでしょうか?不安です」
「ロメリア大丈夫だよ。十分に役に立ってるから」
ロメリアは自身の働きに自信が持てていないようだが、特にカシモアからの指導も入っていない。彼の中で合格をもらえているのだろうとサルジアは思う。
そしてサルジアにも不安に思っていることがあった。
食後のお茶の時間は、使用人が入った後も続いていた。サルジアを世話するロメリアはこの間に自身の支度を済ませるので、食堂にはサルジアとカシモアだけになる。
「カシモア、気になることがあるんだけど……」
「何でしょうか?」
お茶を飲んでから話を切り出すと、カシモアは疲れた様子も見せないでそう答えた。
「カシモアは私に使用人を選ぶように言ったけど、それでよかったのかな?
もちろんカシモアの負担は減らしたいけど、もう少ししたら師匠の子どもが来るんだよね?」
もともと、サルジアは仮の主として大地の館の主となった。
――自分が死んだ後、この館を子どもに譲る。だが、子どもは館を引き継ぐには一年足りないので、それまで弟子を館の仮の主としたいと。
それがカシモアの語ったルドン・ベキアの遺言だった。
「使用人は館に仕えるからそのまま引き継がれることになると思うけど、師匠の子どもが来るならその子に合わせた使用人の方が良かったんじゃないのかな?」
カシモアは息をゆっくりと吐いてから口を開く。
「その子どもはいくら待っても来ませんよ」
「え?」
「ルドン・ベキアに子どもはいません」
カシモアはきっぱりと言った。
「館は自分の子どもにしか引き継ぐことはできません。アマリア・ウェルギーのように養子となれば引き継ぐことはできますが、仮の主は所詮仮です。けれどその仮の主を立てるには相続の意志が必要です。だからルドン・ベキアは自身の子どもに引き継がせるという意志を言葉にしたのです。
一年足りないというのは、あなたに仮の主を引き受けてもらうために私が勝手につけたものなので、気にしないでください」
「そうしたら、結局、この館は私で終わりになってしまうの?」
「ええ。ルドン・ベキアはこの館があなたの手に渡ればそれでよかったのでしょうかね、私にはわかりません」
カシモアはどこか悲しそうな瞳になる。
「けれどサルジア、あなたもこの館を残したいでしょう?」
「うん、それはもちろん」
サルジアが生き続ける限り、もしかしたら館を継続させることはできるかもしれない。それでもそれで終わってしまうのは嫌だった。カシモアもそういった想いでこの館に残ったのだろうか。
「でしたら、褒美の杯を目指しませんか?」
「褒美の杯……」
「ええ、今年は預言の館でしたね。大地の館が賜っていてもおかしくなかったでしょうが、今は置いておきましょう。
褒美の杯を賜れば王に望みを告げることができます。そこではこの館を自身の館として望むことができるのですよ」
「そんなことができるの?」
「ええ。館の功績とはいえ、結局は主の働きが認められているわけですからね。仮の主が館を望むとなれば、元の館は後継者なしとなり廃館となります。その館を新たに褒美の杯を授かった者の館とすることができるのです。ここでの違いは、仮の主の子どもは館の後継者になれませんが、そうして改めて館を賜れば自身の子どもを館の後継者とすることができる点でしょうか。
あまり良い印象はありませんが、前例もありますから問題ないはずですよ」
「そっか、それなら大地の館をこの後も残していけるんだね」
「はい」
カシモアの言葉にサルジアはほっとした。今後自身に子どもができるかはわからないが、少なくともこの館を残し続けていく道が残っているということだ。
「褒美の杯を賜るには、当然今まで以上に大変ですよ。ただ功績を立てればよいだけではありませんからね」
「うん、わかってるよ。それでも私は目指したい」
「あなたがそう望んでくれるのなら、私は全力で支援します」
カシモアの言葉はサルジアにとってとても心強いものだった。
*
冬中月の上旬に、神殿での儀式が執り行われる。
神殿は北にありサルジアにとっては初めての場所だった。冬の間は雪で地面が覆われるため、辺りは白一色だ。神殿の庭には雪に埋もれて木々が生えていたが、その中からちらりと光って見えるものがある。
「あれが光石です。この時期になっているのは石の方ですね」
「この時期?」
「果物の光石も石の光石も、同じ木になるんです。正確には、果物の光石の取れる木で、稀に石の光石がなる木があるんですよ」
先を行くカシモアが丁寧に教えてくれる。
神殿の近くに魔獣を入れることはできず、また魔法での移動もよくは思われないため、サルジア達は北の入り口に魔獣を預けて徒歩で神殿に向かった。流石に距離があるので途中で宿を取りつつ進んで、ようやくたどり着いたところだった。大地の館の馬車は二人までしか乗れないので支度を手伝ってくれたロメリアは留守番だ。
神殿の中に入ると暖く、冷えた体がじんわりと解れていく。他の参加者もしばらく入り口で暖を取り、服を整えてから奥の部屋へと進んでいく。
冬中月、つまり新年に行われるこの儀式は、預言者が預言を受け、皆に発表することがメインで、基本的には預言の館が取り仕切る。冬上月の功績発表の場では隣にいたアマリアは主催者として壇上に立っていた。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。光の神からの預言がありますので、預言者から発表いたします」
人が集まったところで始まり、檀の奥に立っていた白い装束の女性が前に進み出た。四十代半ばの女性で、穏やかな空気を纏っている。
「皆様、光の神からの預言をお伝えします。
昨年の預言でもあった悪魔の到来は預言の館と大地の館によって、阻止されました。光の神はこのことをたいそうお喜びでした。
そして、召喚されていない悪魔の出現について、引き続き調査を進めるようにと仰られました。そうすれば、この国は魔物の苦しみから解放され、完全なる秩序が取り戻されるであろうと」
希望に満ちた表情の預言者は一息おいて礼をし、その場所をアマリアに譲った。
「光の神からの預言は以上となります。
遠くからお集まりいただきありがとうございました。ささやかではありますが、お食事をご用意しておりますので、お召し上がりください」
サルジアは儀式の短さに驚いたが、この冬の行事は、貴族同士の交流の場でもあって、この後の食事会も重要なものとなる。預言の発表があって、それぞれがどのように動くのかを探る場でもある。
サルジアも人の流れに従って移動しようとしたが、壇上から注がれる視線に気が付く。振り向くと、預言者がサルジアをじっと見ていた。そして目が合うと、視線で外に誘われる。
「カシモア」
「伺いましょうか」
カシモアも気づいていたようで、サルジアを外へと案内する。
最初に入った部屋に向かうと既に預言者はそこに立っていた。
「お初にお目にかかります、預言者のダイナと申します」
「ダイナ様、お初にお目にかかります、大地の館の主、サルジアです」
最初に預言者とサルジア、そして続いてカシモアが挨拶をする。
「ダイナ様、何かございましたか?」
「ええ、少し、サルジア様と個人的にお話しがしたくて」
サルジアの問いに、預言者は軽い口調で柔らかく笑って答えた。
「サルジア様はアマリア様と親しい仲と聞いておりますが、本当でしょうか?」
「はい、アマリアにはとても仲良くしてもらっています」
「良かったです。アマリア様は、私よりももっと預言者に相応しい方です。ご年齢のこともあってまだ予言者ですけれど、しばらくすれば預言者のお役目を引き継げます。そのことはとても楽しみなのですが、今まで親しいご友人のお話を聞いたことがなかったので心配だったのです」
預言者は母親のように慈愛のこもった瞳をしてそう告げたが、この話は前置きだったのか直ぐに表情が引き締まる。
「先ほどお伝えした預言についてですが、光の神は特にサルジア様にご期待されているご様子でした」
「私に?」
「ええ。預言は、昔はそうでもなかったのですが、神のお言葉を直接聞けるわけではないのです。ほとんどは予言のように夢を見るような形で、光の神から伝えられます。
私が見たものはお伝えした預言について、悪魔の到来を阻止した場面が見えて、光の神の喜んでいる様子――きらきらと輝く光が見えるのです――、その後悪魔の現れた場所が見えて、魔導士達の調査の様子が見えました。そして、魔物が消える様子、この国の全体が見えました。この時、珍しく直接お言葉をいただけたのです。完全なる秩序が取り戻される、と」
シンリーが予想していた通り、預言者は予言に近い形で神と交流をしていた。先ほどの預言もこのように読み解かれていたのかとサルジアは感心する。
「その後、サルジア様のお姿が三つほど見えたのです。
一つ目は、幼い頃のサルジア様、二つ目は防魔の壁を壊すサルジア様、そして三つめは真っ黒な影を引き出すサルジア様」
その言葉にサルジアの後ろに立っていたカシモアが息を飲んだ。
「預言でこれほど特定の人物が見えることはありません。光の神はサルジア様に大きな期待をされているのではないかと思うのです」
「それを教えてくださるためにこちらに呼んでくださったのですね」
「ええ。けれどここまで人を遠ざけたのにも理由があります。もちろん、預言でサルジア様が見えたことについてもそうですけれど、お伝えすべきことがもう一つございます」
「もう一つ?」
「ええ。先ほどサルジア様のお姿が三つ見えたと申し上げましたが、その内の一つ、幼い頃のサルジア様は今のように紫の瞳をしていなかったのです」
預言者は困惑しながらそう言ったが、言われた方のサルジアもその言葉に驚愕した。
「私の瞳が紫ではなかった?」
「ええ。御髪のように艶やかな黒色でした」
幼い頃のサルジアは自分の顔を見たことがなかった。顔を初めて見たのは孤児たちの集まりを追い出された後だ。そしてシネンの道具で過去を見た時も、幼い頃はサルジアの視点でのみ映し出されていた。
――誰かが、あなたの記憶、そして大地に残る記憶でさえも、隠しているということです。
シネンはそう言っていた。光の神だから、何者かに隠されたサルジアの記憶を見せることができたのだろうか。
「ダイナ様、ありがとうございます。光の神に応えられるよう、調査を進めます」
「いえ、わざわざお時間をいただきありがとうございます。良き結果が得られることを祈っております」
早鐘を打つ心臓と、冷や汗のような嫌な予感を隠しながら、サルジアは別れの挨拶をした。
ここから物語の後半となります。
作品に対しての反応や誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。
色々取っ散らかっておりますが、最後まで進められるように頑張ります。
続きます。