34.功績と使用人
冬上月の学期は短く、直ぐに終わりを迎えた。この月の終わりには、各館の功績の評価がある。館の関係者は学期が終わっても気が抜けず、慌ただしい日々を送ることになる。
サルジアは館に戻って、一通りの礼儀作法の確認を行い、カシモアとともに王都へと向かった。
「サルジア、そう緊張しなくても大丈夫です」
「でもカシモア、私本当に功績を立てられていたのかな」
「あなたの功績が評価されないというなら、この国の館は全て今年で終わりですよ」
そう言われても結果がわかるまでは不安が続くというものだ。サルジアは強張ったまま王宮へと足を踏み入れた。
館の関係者は大広間に集められた。すでに大勢の人がいたが、サルジアの入室には大きな注目が集まった。
「まあ、悪魔を倒したサルジア様よ」
「あの紫の瞳、間違いないわ」
「杖の館は、いつも来ていたご令嬢がいらっしゃらないわね」
「サルジア様を陥れようとしたんですってね」
サルジアは真っ直ぐ前だけを見て歩く。周囲の声に反応してはいけない。サルジアについてはまだよく思っていない人達もいる。間違って目でも合ったら面倒なことになる。
「聞いたか?元は孤児だというぞ」
「悪魔を倒したって、自分も悪魔なのにおかしなことを言う。もっとましな嘘をつけば良いものを」
「フォリウムの誘いを断ったとか。何を考えているのやら」
「し、カシモア様だ」
サルジアの後ろ歩いているカシモアの姿を見て人々は口をつぐむ。誰に声も拾っていないように見えるが、彼の金の瞳は冷たく光っていた。
「サルジア、奥へ行きましょうか」
カシモアは噂好きの人々を置いて先に進んだ。その先にはアマリアがいて、サルジアを見つけて微笑んでくれた。
カシモアとアマリアの挨拶が終わると、アマリアがサルジアに話しかける。
「サルジア、来たのね」
「うん。アマリアは神殿の仕事で忙しいかと思ってたけど、来られたんだね」
「ええ、流石に欠席するわけにはいかないから。けど、後処理の方はもう終わっているから、忙しさからは解放されてるのよ」
「そうなんだ、よかった」
顔色は悪くなさそうだが、サルジアを見つけるまで、アマリアはどこか暗い顔をしているようにも見えた。恐らくその原因は彼女の後ろにいる護衛だろう。まるでアマリアを監視するかのようにじっと見ている。アマリアは逆に彼の方を全く見ないので、サルジアから挨拶を持ちかけることもしなかった。
時折カシモアも会話に入りながら時間を潰していると、いよいよ功績の発表が始まると宣言があった。前方の檀に一人の男性が現れる。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。
柔らかな金色の髪に青い瞳の男性は、ローダン・ストレリチア。光の館の主であり、この国の王でもある。
見た目は三十代半ばのように見えるが、実年齢としてはカシモアと近い。魔法使いとしての実力も申し分ないが、聖力も多く宿し、予言者としても充分な素質を持っていると言われている。
「各館の功績について発表していきます」
館の成績は主の歴が長い館から順に発表されていく。歴が長いということは、それだけ安定して功績をあげられているということでもある。特に功績に満たない館はないまま進んでいく。
サルジアより少し早く館の主となったアマリア、預言の館の功績が認められ、いよいよサルジアの番となった。
「大地の館、サルジア」
ローダンはサルジアを見つけると、柔らかい笑みを浮かべた。
「君とアマリア・ウェルギーのおかげで、悪魔の到来を防げたと報告を受けています。また、それ以前にも今までに見たことのない魔物を退治していましたね。導きの杯を持つ館として相応しいと思います。これからも励んでください」
「ありがとうございます。これからもこの国のために力を尽くします」
サルジアは震えそうになる声を何とか抑えて、何度も練習した返礼をした。
「さて、では次に褒美の杯を授ける館を発表します」
褒美の杯は最も功績を挙げた館に送られるものだ。褒美の杯を受けた館は、王に何か一つ望みを告げることができる。次の褒美の杯は大地の館とも言われていたが、その時の主はルドン・ベキアだった。しかし今も、大地の館が褒美の杯を賜るのではないかと考える者も多かった。
「預言の館、アマリア・ウェルギー、前へ」
呼ばれたのは預言の館で、場内は騒然とする。
「預言の館?大地の館ではなく?」
「悪魔の到来を防いだのは確かに預言の館と大地の館だが、実際に悪魔を追い払ったのは大地の館では?」
「アマリア様の予言がなければ始まらなかった、当然だろう」
「またウェルギーの悪癖か?」
アマリアは一度驚いてはいたものの、冷静に返事をして壇上に向かう。アマリアの護衛も後ろに続き、一度ちらりとサルジアを振り返ると、見下したような笑みを浮かべた。
「サルジア、わかっているでしょうけど、今後一切アマリア様以外のウェルギーの前で何の話もしてはいけませんよ」
「……わかった」
あの護衛の立場をサルジアは知らないが、明らかにサルジアを認識して、かつ意識していた。今回の孤児である過去を知られた時のように、またサルジアの何かしらの事情がサルジアを貶めるために利用されるかもしれない。
結局ざわつきは収まらず、混乱と疑念の中功績の発表の場は幕を閉じた。
アマリアとはその後話せないまま、サルジアは大地の館に戻ることになった。
「サルジア、まずは大地の館の存続おめでとうございます。あなたが新しい主となって、この館が続いていけることを嬉しく思います。
改めて、大地の館の主を引き受けてくださり、ありがとうございました」
カシモアの言葉をサルジアは素直に受け取った。
「私も、ありがとう。私を大地の館の主として問題ないように教育するのは大変だったでしょう?」
「いいえ、とんでもない。あなたはとても素直で、素晴らしい人間でした。ルドン・ベキアがそれまで育てていたのですから、当然ですよね」
サルジアの予想と違って、カシモアは柔らかい笑みを浮かべてサルジアの頭を撫でてくれた。
「カシモア……」
「私の主は、ご自身で思っているよりとても努力家ですよ。館の主の子でも、その跡を継ぐには何年も学ぶ必要がありますし、功績を立てようと思えばそれこそ魔法学院での勉学が必要になります。いくらルドン・ベキアの弟子とはいえ、たった一年で素晴らしい功績を立てられるほどになったのは、あなたの努力のおかげです」
カシモアとしてもこの結果は想像以上だった。
ルドンの下で学んでいたのであれば魔物を倒すことはできるかもしれないと思っていた。魔物の出現が多くなった今ではある程度の数を倒せられれば、ぎりぎり功績として認められるかもしれない。そういうつもりでいたが、彼女はアマリアの持ちかけた悪魔の到来を阻止するために動いた。館の主としての礼儀作法も学びながらのその活動は、ふつうの子どもにできるものではない。
「さてサルジア、せっかく館が存続できることになったのです。そろそろ使用人についても考えてみてもよいのではないですか?」
「あ、それなら……」
そこでサルジアはずっとカシモアに伝えられていなかったことを思い出した。ロメリアとの約束や彼女の集めてくれた使用人候補について話をする。
「ほう、ロメリア・アルステーですか。西のアルステーに仕えていただけるのは西にある大地の館としても良いことですね。
彼女の集めた使用人についても、問題のある人は見当たりません。悪魔の到来の阻止を知ってからすり寄ってくる連中は信用なりませんから、先にこういった候補があるのはありがたいことですね。それに人のバランスもとても良いです」
カシモアもある程度人を調べていたのか、ロメリアからもらっていた候補者リストを見て納得しているようだった。
「こちらの方々へはそれぞれ招待状を送りましょう。サルジアに挨拶が済んでいるのであれば問題ありませんから。あとは、一番の功績者に会いに行かないといけませんね」
ということで、急遽ロメリアに会いに行くことになった。
都合の良いことに、ロメリアはシンリーの家で館の継続結果についての速達を待っているという。先にカシモアが鳥を飛ばして、シンリーから了承の返事が来たので転移の魔法で向かう。
「急にすみません、シンリー様」
「いいさ、今日はめでたい日だからね」
シンリーは上機嫌でサルジア達を迎えてくれた。
「サルジア、今回は館の継続おめでとう。努力が報われたようで何よりだ」
「ありがとうございます」
「サルジア様、カシモア様、大地の館の継続おめでとうございます」
シンリーに続いてロメリアも祝いの言葉をくれる。その声が少し震えているのは、サルジア達がどうしてここに来たかを知っているからだろう。
「ありがとう、ロメリア」
「ロメリア様、ありがとうございます。
そしてサルジアに聞きましたが、大地の館に仕えていただけるというお話は本当でしょうか?」
「は、はい!!」
いきなり本題に入るカシモアに、ロメリアは上ずった声で答えた。
「カシモア、先を急ぎすぎじゃないか?」
「すみません、我が館の人手不足は深刻なんです。特に主の世話は私では十分にできませんから。直ぐにでも仕事のお話をしたいくらいですよ」
「まったく、しょうがない子だね」
シンリーは呆れていたがどこか嬉しそうでもあった。
「あのサルジア様、本当に私で良かったのでしょうか?
結局、悪魔の到来の阻止には大したこともできませんでしたのに……」
「ロメリアがいいんだよ。悪魔の到来についても色々と一緒に調査してくれたし、館の使用人まで探してくれていたでしょう?
私はロメリアが大地の館に仕えてくれるならとても嬉しいよ」
「サルジア様!ありがとうございます!!」
ロメリアは黄色の目に薄い涙の膜を浮かべながら微笑んだ。
続きます。